151 おうちデート
先日のおでかけ中に抱いた不安は的中した。
「雨だなあ」
「雨ですね」
しとしと、ではなくざーざーと激しく音を立てて地面を打つ水滴の群れに、周と真昼は顔を見合わせてしみじみと頷いた。
天気予報の時点で予想はしていたのだが、残る滞在期間を考えておでかけすると決めた日から数日間雨続きなのは何とも言えない気持ちになる。
幸い警報が出る程ではないので、既に両親達は仕事に出かけていた。
「おでかけは不可。まあ濡れ鼠覚悟ならありかな」
「私も周くんも風邪引きかねないので却下ですね」
「だな。ま、家で寛ぐか」
お互いにどちらかといえばインドア派なので、家に居る事は苦ではない。出かけるのがなくなったのが残念なだけで、家でも悪くはない。
二人きりの家で、とりあえず真昼の手を引いて自室の床に置いてあるクッションに座る。
とりあえず部屋に置いてあった小さなテレビを座って眺めつつ、手を繋いだ真昼の様子を横目で確認する。
真昼はデートが駄目になってもさほど気にした様子はなさそうで、テレビにうつる猫の可愛いCMを眺めて瞳をきらきらさせている。
猫好きなのは真昼も周も一緒なので、いつか猫を飼えたらな、と思いつつ小さな手を擽るように撫でた。
さすがにこそばゆかったのか、ほんのり責めるような眼差しを向けられる。口には出さなかったが「もう」と言いそうな彼女に小さく笑って、真昼を引き寄せて足の間に座らせた。
そのまま小さな肩に顎を乗せながら腰に手を回すと、耳まで真っ赤になる。
「……あ、あの、周くん」
「いいだろこれくらい。別に、変なところは触ってないし」
触れているのもお腹と背中、肩くらいなものだ。
ちなみに、デートは一応中止……というよりはおうちデートに切り替えになったが、周にあの時の服を見せたかったのか、真昼はストライプ柄のオフショルダーワンピースを身に付けている。お陰で顎の乗った肩はむき出し状態なので、滑らかな肌の感覚が伝わってきた。
そっと下を見れば、オフショルダーが故にデコルテが晒されているので、こんもりとした盛り上がりや服に隠しきれていない谷間が覗いている。
絶景ではあったが、あまり見ているとよからぬ思いが浮かんでくるので視線を戻し、真っ赤になっている耳に口付けた。
「ひゃっ……」
「その服、似合ってる」
「っみ、耳元で囁くのやめてくれませんか……凄く体に悪いんですけど」
「体に悪いとは」
「……ぞわっとするというか」
「寒気を感じると」
「そ、そうじゃないんですけど……その、なんというか、ぞくぞくするというか……」
「ふうん?」
ふぅ……っと耳に息を吹きかけると、勢いよく振り返ってくる。
真っ赤な顔で今度は強く睨まれた。あんまりやり過ぎると拗ねそうなので、周は「ごめんって」と優しく囁いて、真昼の体を包み直す。
「……周くんが意地悪です」
「ごめんごめん、もうしないから。……それにしても、すごく似合ってる。人に見せるのがもったいないくらいだから、家でゆっくりしててよかったかも」
正直真昼は大抵の服は着こなしてしまうのだが、例に漏れずこのオフショルダーワンピースもばっちり似合っていた。そこらのモデルよりずっと自分のものとして着こなしている。
滑らかな肩や無防備なデコルテが晒されているので、正直あまりこの姿を他人に見せたくない。
たゆまぬ努力によって磨かれた肌を他の男に見せるのは、嫌だった。吸い付きたくなるような白磁の肌を眺めつつ、ちょっぴり台風に感謝してしまった周である。
「……ほんとに似合ってますか?」
「似合ってるよ。可愛い。真昼のすらっとした体のラインを綺麗に見せてるし肌も綺麗で、ほんと似合ってる」
「……それならよかった。周くんに見せたくて、買っちゃったので」
「ならもっとよく見たいかな」
今は背後から抱えるように抱き締めているので、前は見にくい。一応部屋に入る前にも見ているが、もっと至近距離から眺めたかった。
周の一言に、真昼はおずおずと体ごとこちらに向けて、そのまま胸に体を預ける。
恥ずかしそうにしている真昼の背中と膝裏に手を回して脚の間に横向きに座らせると、一層頬が赤く染まった。
「これで見やすくなったな」
「……今日の周くんは、大胆です」
「デートだからな。おうちの、だけど」
デートの場合は男性がリードすべき、と昨日散々修斗に言われたのだ。結局出かける事はならなかったが、家でするデートには変わりがないので、周が主導権を握っておくべきだろう。
頬をくすぐるように撫でれば、真昼は赤らんだ頬を緩めつつも恥じらいに瞳を伏せている。
「……いつもこんなにぐいぐいこられると、しんじゃいます」
「日頃からした方が……」
「だ、駄目です。……私の心臓がもたないですし」
「そんなにどきどきする?」
「……します」
そう言って真昼は周の手を掴んで、ちょうど真ん中の辺りに誘う。
手といっても手の甲であるが、それでも柔らかさと温もりはしっかりと伝わってくる。いつもよりかなり早いであろう、大きな鼓動も。
布地が薄い分鼓動もしっかりと感じられるし、柔らかさも強くはっきりと感じる。
息をつまらせて真昼を見れば、視線が合う。途端に彼女のカラメル色の瞳は恥じらいに潤みつつも、訴えかけるように強くこちらを見据えていた。
「……周くんもどきどきしてくれなきゃ、不公平です」
「……すごく、してるよ」
「本当に?」
真昼が周の胸に顔を埋める。
羞恥を隠すためでもあるだろうが、周の心臓のリズムを聞きにいった真昼は、周自身でも分かるくらいの鼓動の高鳴りに「ほんとだ」と少し嬉しそうに呟いた。
「……彼女にこんな事されてどきどきしない訳がないというか」
「だって、最近周くんはこう、余裕があるというか……ずるいです」
「逆に、余裕がないのはカッコ悪くないか?」
「そんな事ないです。周くんはいつだってカッコいいですよ」
「……それはどうも」
そういう事を言われると余裕がなくなるのが分かっていて言っているのか、と言いたくなったものの、おそらく真昼は素で言っているので飲み込む。
代わりに、胸にくっつく真昼を抱き締めて頭を撫でておいた。
可愛いなあちくしょう、と小声で洩らせば真昼が顔の上半分だけ周の胸から上げて、小さくはにかむ。それだけで無性に愛おしさが込み上げてくるのだから、惚れ込んでいるなと自分でも思った。
落ち着きを取り戻すように無心で真昼の頭を撫でて可愛がっていると、真昼も恥じらいが薄れてきたのか気持ち良さそうにされるがままになっている。
真昼は元々頭を撫でられるのが好きらしいので、落ち着くのだろう。
「……なあ真昼」
「はい?」
「これがデートだけど、いいのか? なにもしてないけど」
「いいんですよ、幸せですから。天候や場所なんかより、誰と過ごすか、ですから」
健気な事を言って見せた真昼がぎゅっと周にくっつくので、周も優しく包みつつ「そうだな」と小さく笑った。
長くなったので半分に分けました。
それからレビューいただきました、ありがとうございます(´∀`*)