139 アルバム
移動に疲れていたのか、両親達の言動に疲れていたのか、起きたら朝とはあまり言えないような時間だった。具体的に言うなら、一時間もすれば正午になる。
起き上がっていつの間にか床に落としていたタオルケットを拾い上げて畳みつつ、くぁ、と大きなあくびを一つ落とす。
(……今日はまだ予定いれてなかったよな)
真昼の希望で四人で出かけたいというものがあったが、まだそれは両親には伝えていないし、帰省して数日は体を休めるために家に居るつもりだった。
だから昼近くに起きても問題はないのだが、夏休みといえどだらけすぎている気もする。
のそりと起き上がってゆっくり着替え、身仕度を済ませてリビングにたどり着くと、当たり前だが既に真昼は居て修斗や志保子と一緒にテーブルを囲んでいる。
何やら大きな本のようなものを覗き込んでいて、真昼が瞳を僅かにきらきらさせていた。
「おはよう。何見てるんだ」
「あ、おはようございます」
眠気なんて欠片も見当たらない表情で朝の挨拶を済ませた真昼は、またそれに視線を落とす。
何なんだと周も同じように視線を落として、それから掌で顔を押さえた。
「……あのさあ、本人抜きになんでアルバム見てるんだよ……」
何やら見覚えのある子供が泥だらけになっている写真を見て、呻く。
両親は記念写真を撮る方だし思い出を大切にするタイプなので、アルバムがある事自体はなんらおかしくない。それを真昼に見せているという事が問題なのだ。
大きく開かれたアルバムには、幼い頃の自分の姿が写っている。今と比べれば可愛げがあるあどけない自分の、大体何かしらドジをしている所が写真に納められていた。
泥まみれで半べそをかいている自分の姿に舌打ちしたくなりつつ、和気藹々といった雰囲気で見せびらかしていた志保子を睨む。
「え、自分の可愛い写真見たかったの? それなら早く言ってほしかったわ」
「ちげえよ無断で見せんなって言ってるんだよ」
「……見ては駄目でしたか?」
「駄目じゃないけど、こう、恥ずかしいだろ」
「可愛いですよ」
「男に可愛いは褒め言葉じゃないからな」
カッコいいとかならまだしも可愛いは間違いなく褒め言葉ではない。
子供のいとけなさが可愛らしいという意味だとは分かっていても、嬉しいものではない。
ぷいとそっぽを向けばきっちり三人分の笑う気配がした。
「あらいいじゃない。真昼ちゃんは周に夢中よ?」
「それ絶対微笑ましいという意味でだからな」
「い、今の周くんあっての、ですから」
「椎名さんは本当に周が好きだねえ。親としてはこんなしっかりした子が周の側に居てくれて嬉しいけども」
修斗の言葉に視界の隅で真昼が瞳を伏せて縮こまっていた。
恐らく褒められて恥ずかしがっているのだろうが、知らない間に黒歴史を暴露された挙げ句ドジをしている写真ばかり見られているこちらの方が羞恥は上である。
不服だと示すようにどっかりとソファに腰かけた周に、両親二人の笑みが向けられる。
「拗ねないの。どんな周でも受け入れてくれるいい子が側に居てくれるってのは事実だろう?」
「……それはそうだが」
「まあ、少し悲しいのは私達に報告がなかった事かなあ」
「うっ」
志保子づたいに聞いたのか、真昼から直接聞いたのかは分からないが、修斗も周が真昼と交際しだした事を知っているようだ。
「……一々付き合ったとか言うのは恥ずかしいだろうが」
「それでも言って欲しかったんだけどね。まあ察してたけど」
「だって周が女の子を実家に連れてくる時点でねえ。そもそもあなた達分かりやすかったし」
「うるせえ付き合ってるよ悪いか!」
「素直じゃないわねえほんと。こんな子でいいのかしら、真昼ちゃん」
「その、周くんは照れ屋さんなので……そんな周くんも好きですから」
「あらあらまあまあ」
「仲睦まじくて安心だね」
微笑ましそうに真昼を眺めつつこちらにも同じような視線を投げてくる両親に、周の疲弊度は高まるばかり。もう反応する気も起きなかった。
(……実家なのにすげえアウェーだ)
両親の性格上こうなるのは予想していたが、やはり息子としては非常に居たたまれないし居心地が悪かった。実の息子より真昼の方が歓迎されているし馴染んでいるので、精神的に安らげない。
はー、とため息をついて、やけくそ気味にアルバムを膝に乗せてめくる。
真昼が楽しそうに見ていた写真達は、やはり周の失敗をおさめたものが多い。単純に記念で撮っているものもあるが、子供特有のやらかしを撮影したものの方が多い。
女装写真なんかもあってげんなりしてくる。
成長が遅かった中学生の半ばまではどちらかと言えば幼い顔立ちをしていたので、志保子に遊びで女性ものの服を着せられる事があった。
二年生からぐんと身長伸びたのでそうはいかなくなったが、陰で女顔と言われていたのを聞いたのは苦い思い出である。
(……なつかしいな)
かつて周と親しくして、袂を分かった彼らの事も、自然と思い浮かぶ。
彼らを避けるように地元を離れたが、今ではよくも悪くも、過去の事と割りきっている。感傷に浸るつもりもない。
ただ、地元で進学した彼らにもしかしたら会うかもしれないのはやや嫌だな、と思うくらいだ。
煩わしい思いを断ち切るようにぱたりとアルバムを閉じて顔を上げると、真昼がこちらを窺っているのが見えた。
「……あ、あの、怒ってますか……?」
「何でそうなったんだよ。単に懐かしいなって思ってただけだから」
機嫌悪そうに見えて不安だったらしい真昼に肩を竦めて、アルバムをテーブルに戻した。
真昼に心配をかける訳にもいかないし、両親の生暖かい眼差しを受けるのは癪であるがそっと手を伸ばして頭を撫でておく。
一度大きく瞳を開けるが、すぐにへにゃりと細まって心地よさそうに緩む。
案の定志保子は微笑ましそうにしていたが無視して、不安げな真昼を宥めるように優しく頭を撫でた。