138 一日目の終わり
「真昼ちゃん、お風呂先に入ってらっしゃい」
夕食後の団欒を経てそろそろ入浴時間になったという時に、志保子は周の隣に座ってテレビを見ていた真昼に切り出した。
「私は後でも……」
「お客様なんだから遠慮しちゃダメよ? 一人で入るのが嫌なら、今なら周も貸し出すわよ」
「何馬鹿な事言ってるんだよ」
にっこりとした笑顔でとんでもない発言をしている志保子に自然と眉が寄る。
周を貸し出す、というのはつまり周と一緒に入浴するか、という事で、まず真昼が承諾するとは思えない。この間の水着姿であっぷあっぷだったというのに、全裸なんてまず考えられないだろう。
案の定、真昼は顔を真っ赤にしている。
視線が周をちらりとなぞり、それから更に顔を上気させている。恐らく周の体を想像して余計に恥ずかしくなったに違いない。
周も深く想像したら恥ずかしさに悶えそうになるので、あまり考えないスタンスでいなくてはならなかった。
「さ、さすがに、その、裸は……」
「あら、タオル余分に用意しましょうか?」
「け、結構です……」
「あらあら。別に恥ずかしがらなくていいのよ? 私と修斗さんはしょっちゅう入ってるし」
「そ、それは……」
「真昼、あんま真に受けんな。まあ父さん母さんは二人で入る事が多いと言えば多いけど、俺達までそうしなくていいから」
志保子はからかいだけで提案しているという訳ではない。
両親はいつでも仲睦まじい。一緒に出歩けば必ず手を繋ぎ微笑み合い、寝る時も同じベッドという徹底ぶり。
どこからどう見ても相思相愛の二人は、息子からしてみればやや恥ずかしいがこの辺りでは有名なおしどり夫婦だ。
夫婦円満は二人で過ごす事が欠かせない、と一緒に入浴する二人なので、志保子的には別にからかいというよりは仲良くするためにという提案に近いのだろう。
(どちらにせよ俺らには余計なお世話だが)
お湯を赤色に染めかねない周としては、一緒の入浴はきつい。
「あら青少年、それでいいのかしら」
「いいも何も、実家でそんな事してたまるか」
「向こうではする事も視野に入れているって聞こえるけどねえ」
「……そこは真昼と応相談だ」
応相談が便利な言葉というのは先日のプールで真昼が発言していて痛感していた。
真昼が恥ずかしそうに視線を泳がせているのは見えたが、本心として入りたくないとはとても言えないので誤魔化しておくしかない。
正直、青少年としては恥ずかしいと分かっているしお互い色々な理由でしにかけると分かっていても、ちょっぴり憧れがあった。恐らくする事はないだろうが。
「ほら、母さんなんかほっといて入ってこい」
「は、はい。お風呂いただきますね」
「つれない子ねえ周は。じゃあいってらっしゃいね真昼ちゃん」
いつまでも引き留めそうな志保子を抑えるように真昼を送り出して、周はリビングに戻る。
話をにこにこと聞いていた修斗は、周のひきつった顔を見て僅かに苦笑の形に唇を歪める。
「志保子さん、あまり二人をからかわない」
「はぁい」
修斗にかかれば志保子もあっさりと大人しくなるので、本当に修斗には感謝しきりである。
「……まあそれはそれとして、良いものだよ?」
「父さんまで勘弁してくれ」
修斗もからかわなければの話であるが。
一気に疲れたような顔をした周に、修斗はくすくすと穏やかな笑みを浮かべた。
真昼がお風呂から帰ってくれば、今度は周の番である。
単純に両親は二人で入るし浴槽で仲良くいちゃいちゃするため、周がさっさと入らなければならない。
すれ違った湯上がりの真昼にドキリとしつつ、周も手早く入浴する。
浴槽に長く浸かっていられなかったのは、つい「真昼と同じ湯に入ったのか……」と考えてのたうち回ってのぼせかけたせいであったりする。
周が上がれば両親も入れ替わりに浴室に向かったので、リビングで真昼と二人きりの状態だった。
「な、仲睦まじいですね」
志保子の腰を抱いて浴室に行った修斗の背中を見届けた真昼が、思わずといった声で呟く。
「俺が物心ついた時からあんなんだったからなあ。慣れっこだよ」
「……いいご家族だと思いますよ」
「そりゃどうも。たまに胸焼けするけどな」
「ふふ」
胸の辺りをさすってベロを出してみせると、真昼はくすくすと口許を抑えて控えめに笑う。
「……聞くけど、ここで過ごすの大丈夫そうか? 疲れないか?」
「大丈夫ですよ。お二方、とてもよくしてくださいますし……その、本当の娘のように接していただいて……」
「まあうちの両親娘欲しがってたからなあ。こんな可愛くていい子がやってきたなら可愛がりたくなるだろ」
「は、はい」
両親共に娘を希望していたとあって、真昼の存在は彼らには非常に快く受け入れられている。
勿論真昼の性格のよさが一番の要因であるし、真昼だからこそあんなに志保子が気に入って構っているのだ。
真昼は可愛いという言葉に照れたのかうっすらと頬に赤色をつけている。
「なんならうちの親に甘えてくれても構わないんだぞ。うちの親、俺がでかくなってから甘やかす事に飢えてるから。欲しいものとか連れていって欲しいところがあったらねだっとけよ?」
両親、特に志保子なら真昼が何か希望したら満面の笑顔で叶えそうである。
「さ、さすがにそういうおねだりは。……でも」
「でも?」
「み、みんなでお出かけは、したいなって……」
家族とお出かけに憧れてるので、と吐息にすらかき消されそうな、本当に小さくか細い声で付け足された言葉に、周は一瞬胸が締め付けられた。
家族との折り合いが悪い真昼にとって、志保子と修斗とのふれあいは擬似的な家族のように思えるのだろう。
いっそ本当にそうしてしまえたらと思うが、それはまだ周の独断では決める事が出来ないので、口にはしない。
「そっか。母さんに言っとくよ。つっても、行く場所とか分かんないだろうから母さんが好きに決めると思うけど」
だからこそ、周はそれには触れず家族で真昼と一緒に過ごすと決めた。
「どっかレジャー施設とかショッピングモールとかかなあやっぱ。行きたい所とかあるんだったら希望しておかないと変な所に連れていかれるぞ?」
「ふふ、周くんやお二方と行くならどこへでも」
「そう言ってたら妙な所に連れていくんだぞ母さん……」
周の言葉に楽しそうに笑う真昼に周はひっそりと安堵して、昔あった珍妙な外出先を口にして真昼の笑顔を更に引き出すのだった。
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