137 帰宅後の話
真昼と修斗が出かけてから数時間、志保子が夕食の仕度をそろそろしようとした辺りで、二人は帰って来た。
志保子と二人きりだと確実にからかわれるので、自室で荷物をほどいて暇潰しに参考書を解いていた周を、帰宅したばかりの真昼が訪ねたのだ。
今の家に家具は殆ど持ち込んでいるので大したものがない部屋だし、志保子が定期的に片付けているので見せて恥ずかしくはないので普通に招き入れたのだが、微妙に真昼がそわそわしている。
それが二人きりのせいか部屋のせいか、はたまた修斗とのお出掛けのせいなのかは分からないがとにかく落ち着かなさそうなので、床にクッションを置いて座らせておいた。
「お帰り真昼。疲れてないか?」
一度キッチンに行って麦茶を二人分持ってきて折り畳み机に置きつつ問いかければ、瞬きを繰り返した後頬を緩める。
「はい。移動時間もここでも座りっぱなしだったので、体を動かすのにも丁度よかったですよ」
「そっか。……んで、そんなにそわそわしてるのは父さんから何か聞いたのかよ」
どうやら図星だったらしく微妙に目をそらした真昼にため息がこぼれる。
真昼が悪いとは思わないが、修斗には色々と言いたい事がある。言ったところでのらりくらりとかわされるか逆にからかわれるかどちらかになるので何も言えないが。
「ったく、父さんめ……何話したんだよ」
「そう大した事ではないですよ。今の周くんの様子はどうだとか、子供時代の周くんが可愛かった事とか」
「……何を聞いたんだ」
流石に子供時代は何をしたかなんてうろ覚えで言われてまずい事があったかどうかすら分からない。
ただ、修斗がわざわざ真昼に言う事となれば確実に何かしらやらかした事だろう。親目線での可愛い笑い話をされたのかもしれないが、周本人からすれば子供の頃の失敗談を話されるのは恥ずかしくて笑い事ではない。
詳細を、と瞳を細めて真昼を見つめると、露骨に視線がそれた。
「そ、それはその……ですね?」
「何で目をそらすんだよ」
「周くんは可愛い、という事だけはよく分かりました」
答えになっていない返答に、周はこれ見よがしにため息をつく。
「な、なんですか」
「ちゃんと言わない悪い子にはこうだぞ」
側に居た真昼を引き寄せて足の間に座らせる。背中から包むように抱き締めた周は、そのまま真昼のお腹に触れる。
これには真昼も驚いたらしく、体をよじって周を振り返りつつ見上げた。
「あ、あの、周くん?」
「真昼って割とくすぐりに弱かったよな」
「……ま、待ってください。話し合いましょう」
「真昼が最初から白状してくれたらこうはしなかったぞ」
ゆるりと脇腹に服の上からなぞるように触れると、びくんと実に分かりやすく体が揺れた。
無駄な脂肪は一切ない細身を実感しつつ、滑らかなラインを描く腰を指でゆるゆるとさするだけで「ひっ」と小さく息がこぼれている。
あまりにも反応がよいので、ついついこしょこしょと指をこまめに動かして緩く肌を刺激していく。
なんというか、腕の中で悶えられると色々とまずい気分が湧き起こってくるのだが、今更やめられなかった。
「ふっ、ちょ、まっ……ふふっ、周く……」
「つーかほんとにくすぐりに弱くないか真昼」
本当に優しめに触っているのだが、鋭敏らしい真昼は膝を抱えるようにしてぷるぷる震えながらか細く息をこぼしている。
可愛いな、と思えばいいのか、強情な事に呆れればいいのか。
触れると理性的な意味で危ない場所には触らないようにしつつゆるゆるとくすぐっていると、我慢ならなかったのか急に周の方に体ごと振り返る。
ほんのりと上気した頬にくすぐったさからか潤んだ瞳で睨まれて、色々な意味で心臓が跳ねた。
「あ、周くんの、ばか。ひどいです」
「すぐに口割ってくれたらこうはならなかったぞ?」
「べ、別に大した事は話していません。周くんが小さい頃に自転車で電柱に正面衝突して大泣きした話とか母の日に志保子さんに『おかーたんだいすき』ってべたべたした話とか修斗さんみたいにかっこよくなりたくて勝手にワックス使ってトゲトゲヘアーにした話ぐらいしかしてません」
「最悪の漏洩だ!」
自分の記憶にないような恥ずかしい話をされていたと発覚して、思わず掌で顔を押さえる。
子供の頃の話はすると思っていたが、そういった恥でしかない話ばかりするとはどういった了見なのか問い詰めたいくらいだ。
親からしてみればほほえましい話なのかもしれないが、本人からすれば黒歴史である。
「か、可愛いと思いましたよ?」
「褒めてない。その話は忘れろ」
「……周くんがくすぐるから忘れません」
くすぐらなくても記憶に刻み付けるだろ、とは思ったものの、微妙に拗ねたような響きの言葉に周は流石にやり過ぎたかもしれないと反省して、真昼の背中に優しく手を回す。
「はいはいごめんって」
「……次くすぐったら周くんの耳元で教えてもらったお話を囁きますからね」
「精神攻撃はやめろよ……分かった分かった。ごめんな」
抱き締めて宥めるように撫でると、真昼は周の腕に素直に収まって周の肩口に顔を埋めた。
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