131 ナンパはつきものです
休憩がてらドリンクを買いに行って帰ってきたら、真昼が男性二人に絡まれていた。
(だから目を離したくなかったんだよなあ)
平日とはいえフードコートで並ぶので周が買いにいったのだが、案の定声をかけられている。
人目があるので無理に連れて行くという事はないだろうが、彼氏としては面白くない。
真昼は迷惑そうな顔も隠していなかった。見知らぬナンパ男に振り撒く天使の笑顔はないようだ。
きっちりとラッシュガードの前を合わせてにこりともしない表情で隙を見せていない真昼に、周はそっとため息をつく。
(……迷惑がってるの分からないから、女の子を引っかけられないと思うんだけどな)
ちなみにモテる樹曰く「相手の反応も構わずにナンパして個を押し付けるやつはほんとモテないし見てて痛々しい」との事で、思わず周も頷いてしまう。
そもそも、男物のラッシュガードを着ている時点で察せないのだから、読み取る力を欠いているのかもしれない。
真昼は約束していたベンチに座っていて、恐らく周がくるまで動けないから彼らから逃げられないのだろう。
待たせて申し訳ない、と後で謝罪する事にして、早足で真昼に近付いた。
「おまたせ」
両手にドリンクを抱えてベンチで待っている真昼に声をかけると途端に真昼の顔が輝くので、彼らに絡まれて迷惑だった事がよく分かった。
別人のような表情を見せた真昼に彼らはぽかんとどこか虚を突かれたような表情を浮かべ、それから周を見る。
周の姿をじろりと眺めた彼らが微妙に優越感をにじませたのは、本日の周が例の男スタイルではないからだろう。
ワックスを着けてくる訳にもいかないのでそのままアイロンで整えたのだが、やはりワックス使用時よりは地味な雰囲気に仕上がっている。
「悪いんですけど、彼女俺の連れなのでお誘いはご遠慮してくださいな」
別に侮られたり蔑まれたりするのはよくある事なので、視線の質には気にせず他人用の笑顔を浮かべると、更に男達の笑みの質がよろしくないものになった。
「あんたの連れとかマジで言ってんの? 似合わねー」
「お前みたいな陰キャがこんな子連れてるなんて……なあ」
陰キャで悪かったな、とは思ったものの、実際見掛けが地味なのは事実なのでそこに反論する気はない。
ただ、似合う似合わないという問題なら確実に相手方の方が真昼には相応しくない。見た目からして上品且つ清楚で儚げな真昼にナンパして歩き回っているようなチャラい男が合う筈がないだろう。
面倒なので相手を怒らせない程度に反論しようかと悩んでいたら、真昼が「ふふっ」と小さく笑った。
急に笑いだした真昼を見れば、口許を押さえて上品に隠している。
「確かに、陽か陰で言えば陰ですものね」
「笑うなよ……」
「彼が明るくないのは知ってますよ。静かで落ち着きを持った人ですので」
真昼が何を言いたいのか分からずに見守っていたら、真昼が初めてまっすぐに彼らを見る。
そこに好意はなく、どこか冷たさすら感じさせるものだった。
(……もしかして、怒ってるか)
周が馬鹿にされる事を嫌う真昼なら、彼らに好感を抱く筈がない。というか、本気で忌み嫌いそうなものである。
「で、仮にそれが陰キャだとして何が悪いのですか?」
真昼が放った言葉は、怒っている風には聞こえなかった。
ただ、本当に何に問題があるのか分からないといった響きで、ナンパ男達も「は?」とどこか唖然としている。
「私は彼が好きですから、陰だろうが陽だろうが関係ないです。彼の性格も見かけも雰囲気も全部引っくるめて好きになったんですから、属性なんて些事です」
きっぱりと言い切った真昼がこちらににこりと笑いかけてくる。
彼らにはまず向ける事のない親愛と好意に満ちた笑顔に、胸が熱くなる。こんなに堂々と好きと言われるなんて思っていなくてつい恥ずかしくなってしまうが、やはり嬉しさの方が先に来てしまう。
「いつかお兄さん達もそんな風に思える素敵な女性と出会えるといいですね」
いつも周に向ける、蜂蜜とチョコレートを溶かして混ぜたようなとろけた甘い甘い笑みではなく、完全によそ行きの天使の笑みを浮かべて締めくくった真昼に、彼らは呆けたように真昼を見つめている。
ほんのりと頬が赤いのは、あまりにも真昼の笑顔が眩しすぎて焼かれているのかもしれない。
「あ、いや、その……」
「なあ兄さん方。あれ」
言い淀んで真昼に手を伸ばそうとしていたので、それを然り気なく払いつつ、ある場所を指で示す。
釣られたように男達が周の指差す場所に視線を移動させると、そこには見張り台からこちらの様子を見ている男性が居る。
このプールは安全管理もしっかりしているので至るところにこうした見張りが居る。基本的に水辺でのおふざけを注意したり水難から守ってくれる人達ではあるが、もちろん不審者が居ないかどうかも見ているのだ。
先程から真昼が困っているのが見えていたらしく、様子をちらちらと見ていたのだ。
見張り台に居る職員の視線の先が自分達だと気付いた二人は、バツが悪そうな顔を浮かべてそそくさと退散していく。
如何にも男連れっぽそうな高嶺の花に声をかける割にそういうところは小心者なんだな、とつい笑ってしまったのは悪くない。
ようやく二人になったので、周は真昼の隣に腰かける。
「遅くなってごめんな」
先に謝らなければならないだろう。
真昼を一人にしてしまったからナンパが起きて不快な思いをさせてしまったのだから。
「いえ、混んでたでしょう? これは一人だとよくある事ですし」
「……そうかもしれないけど、一人にさせたのは俺の過失だから。怖かったろ」
「お話が分かってくれる方達でしたからそうでもないですよ」
(あれは話が分かったというか、結局人目が気になる手合いだっただけな気がする)
おそらく職員が居なければもう少しやり取りは続いていただろう。途中で面倒になって真昼の手を引いて立ち去るつもりではあったが、向こうから去ってくれたなら言う事はない。
真昼ご注文のオレンジジュースを手渡して、周も自分の頼んだサイダーをストローで吸う。
「……怖くなかったか?」
「怖いというより、せっかく気分よかったのにだいなしだなあって」
「ごめんな。ご機嫌を直してくださいな」
「周くんのせいではないですけど……そうですね、じゃあ、周くんのそれ一口ください」
周が飲んでいるサイダーを指差して「それで手を打ちましょう」と悪戯っぽく笑うので、周は「真昼には敵わないな」と苦笑してカップを渡す。
あまりこちらに罪悪感を抱かせないようにわざとこうしてお茶目に言ってみせたのが伝わってきて、申し訳なさやら思いやりをじんわりと感じた。
真昼は先程の事はもう何も言わず、周からサイダーを受け取ってちゅうっと吸って……思いきり眉を寄せた。若干涙目にすらなっている。
確かに炭酸はややきついが、そこまで過剰反応されるようなものでもない。現に周は普通に飲んでいたのだが、真昼はそうはいかなかったようだ。
「え、変な味だったか?」
「……いえ、炭酸ってほとんど飲んだ事なくて……こんな口がイガイガするものなんですね」
舌への刺激が強かったのか微妙に瞳を潤ませた真昼に、そういえば真昼はいつも飲み物は水かお茶、珈琲、あって果実を絞ったジュースを飲むくらいで、炭酸を飲んでいるのは見た事がない。
真昼は辛いものはそこまで苦手ではないらしいのだが、こういう刺激は得意ではないようだ。
「炭酸初心者にきつめの炭酸飲料は無謀だと思うぞ……何で飲みたがったんだ」
こうなる事も予想出来ていそうなものだが、と真昼からサイダーを受け取って頭を撫でていたら、刺激に潤んだ瞳がこちらを見上げる。
「……周くんと一緒の味、楽しみたかったから」
小さく呟かれた言葉にサイダーを落としかけたものの、なんとか大惨事を防ぐ。
(……俺の彼女が一々可愛い)
一々というと貶しているように聞こえるかもしれないが、実際はかなり褒めている。そして悶えている。
ただでさえ外見も仕草も可愛らしくて辛いというのに、同じものを共有したかったなんて事を言われてしまえば、周も唸りの一つくらいあげたくなるのだ。
とりあえずあんまりに可愛かったので、顔を見ていられず、ただ真昼の手だけは握ってそっぽを向けば、真昼が腕を絡めてこちらに寄りかかってくる。
「……俺も、あとで一口オレンジジュース」
「ふふ、はい」
微かな笑い声を上げた真昼の方は見ないでベンチの肘置きに肘をついて余所見をする。
だから、接近に気づかなかったのだろう。
「へいそこの可愛いお嬢さんとへたれの坊っちゃん、オレ達と遊ばないかーい」
聞きなれた、しかしここでは聞く事のないと思っていた軽い声が、二人にかけられた。
活動報告にエイプリルフールネタ上げてますー(告知したのが翌日だからどうなのかと思いつつ)
それから私事ですが、拙作『腹ぺこな上司の胃をつかむ方法~左遷先は宮廷魔導師の専属シェフ~』が書籍化する運びとなりました。
カドカワBOOKS様から5月10日に発売予定です。
お隣の天使様が好きならこちらの作品も好きなんじゃないかなという男主人公によるヒロインを可愛がるお話です。甘さ的にはお隣の天使様≧腹ぺこくらいです。
完結している作品なので、ご興味があればこちらも読んでいただけたらなあと思います|ω・)チラッ
以上宣伝でした!
どちらの作品も応援いただけたら嬉しいです(´ワ`*)