127 天使様の水着姿
プール当日、微妙な緊張を抱えながら周は更衣室で着替えていた。
既に真昼と郊外にあるレジャー施設を訪れており、着替えのために別れたのだが……入る前から男達からの視線を浴びていたので、水着姿に男達が魅了されてしまう事は想像に難くない。
こんな時に千歳が居たらうまい事カバーするだろうが、今日は二人きりで来ている。二人で行きたいです、と上目遣いに言われたら断れる訳がない。
俺が何とか他の男の魔の手から守らなければ、と決意しつつ、水着に着替えラッシュガードを羽織り、更衣室を出る。
約束の待ち合わせ場所について真昼がくるのを待つのだが、やはり遅い。
これは不満というよりはああやっぱり、といったものだ。
女性の着替えは男より時間がかかるだろうし、更衣室の混み具合も違うだろう。
女の子も大変だなあ、としみじみ感じながら目印である照明の太い支柱にかるく体を預ける。
今日は夏休みとはいえ平日で人が少ない方ではあるが、人で溢れているのは変わらない。
水着姿の老若男女が通りすぎて行くのをぼんやりと眺めていたら、人の隙間から見慣れた亜麻色の髪を見付ける。
「周くん」
予想通り自分の愛しの彼女がこちらに向かってきていた。
ただ、真昼を連れてきたのは間違いだったかもしれない、と思ってしまったのは、こちらに向かってくる真昼を追いかけるように数多の視線が移動してくるからだ。
普段はあまり意識した事がないが、真昼は極上といってもいいほどの美貌だ。雑誌に載っているモデルと遜色がない、それどころか真昼の方が整っているまである。
そんな真昼が水着姿なのだ、人目を惹かない訳がない。
「お、お待たせしました。更衣室が混んでて」
「お、おう」
水辺なので走らないように早足できた真昼が淡い笑顔を浮かべて周の目の前に立つ。
正面から見た真昼の水着姿は、非常に目のやりどころに困るものだった。
日焼けすると赤くなって痛むタイプらしい真昼は人一倍日焼けに気を使っているので、水着だけの姿だとその白さが顕著だ。
日光に照らされた肌は染み一つない乳白色で、日本人らしからぬ白さを誇っている。
その日焼けを知らない皮膚で構成された肉体は、見事の一言に尽きる。
元々華奢なのは知っていたが、本当に細い。
その癖、出るところはきっちり出た体型で、フリルで縁取りされた白地のビキニで隠された胸部は勾配がきつく、ふっくらと柔らかなラインを描いていた。
着痩せするとは思っていたが、まさかここまであるとは思っていなかった。それでいて不自然なまでに大きいという訳ではなく、ほどよく手に収まる理想的な大きさだ。
まさかあの慎ましい真昼がビキニを選ぶ事に衝撃を受けたが、いやらしさがあるかといえば否だ。大きめのフリルに縁取りされているお陰で胸の谷間がほどよく隠されているし真昼の顔立ちもあり、品と清楚さすら感じさせた。
真昼の水着姿に、視線が泳ぐ。
漫画雑誌に載るグラビア程度しか見ない周には、彼女の水着姿というのは目に眩しすぎた。
「……どうですか?」
触れられる距離まで近寄ってきた真昼が、やや恥じらうように胸元に手を添えて問いかける。
身長差的に、フリルに隠れがちな果実が寄り合って作られる陰影が見えてしまい、生唾を飲み込んでしまった。
「周くん?」
反応がない周を不審がるように真昼がそっと腕に触れてきたので、ようやく硬直がとける。
「……に、似合いませんか?」
似合わない訳がない。むしろ似合いすぎていて、色々と視線の流し方に困る。
「そんな事はないよ。二人きりならよかったなって思うくらいには、似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
女性の服装は褒めるべきであるし、可愛い彼女が一生懸命自分のために水着を選んでくれたのに感想の一つや二つ差し出せないで何が男だ、という事で感想を口にすると、真昼が安堵したように息を吐いている。
ただ、本人もやはりいつにもなく露出した姿が恥ずかしいのか、頬は内側から火照っているのが丸分かりだ。
恥ずかしいならもう少し布面積の広い水着でもよかったのでは、と思うものの、おそらく千歳に何か吹き込まれた結果であろうから真昼にもどうしようもなかったのかもしれない。
(それにしても)
ちらりと周囲を見れば、真昼の水着姿を凝視している男のなんと多い事か。
女性連れの男まで惚けたように真昼を見ていて、彼女と思わしき女性にはたかれている男も居る。
それだけ真昼が水辺の天使様になっているという証左であるが、彼氏としては面白くない。というか彼女の水着姿をじろじろ見られて不愉快だ。
「勿論、似合ってるけどさ」
「けど?」
「……だめだな」
自らが着ていたパーカー型のラッシュガードを脱いで真昼の肩にかける。
元々華奢な上小柄な真昼なら周のラッシュガードで腿のあたりまで隠れるので、視線避けには充分だろう。
勿論脚線美には視線を持っていかれるかもしれないが、脚までは隠せないのでやむを得ないだろう。
「着とけ」
「でも……周くんは」
「……あんまり他の男に見せたくない、って言ったら?」
これは本心だ。
出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、理想的な女性の体型を保持する真昼が視線を集めるなんて分かりきっているが、嫌なものは嫌だ。出来る事なら、独り占めしたい。
耳許で囁けば、真昼の頬が夏の日差しのせいとは言い難いほど赤らみ、小さく「……は、はい……」と返事する。
いそいそと前のファスナーまで合わせれば周囲から残念そうな吐息が漏れている。人の彼女によこしまな目を向けてくる男達からの視線を防げてほっとしつつ、やはりだぼだぼで袖をめくってやっと出てきた真昼の小さな掌を握る。
「ほら、行くぞ」
「はい」
微かに頷いた真昼が掌を握り返したので、彼女を伴ってゆっくりと歩く。
どちらにせよ水辺なので転ばないように手を取って歩くつもりではあったが、今回は牽制の意味合いも大きい。
真昼の隣をなるべく堂々と歩きながら浅いプールを目指していると、隣の真昼が「……周くん」と囁きながらこちらを見上げる。
「ん?」
「……二人きりなら、水着姿、たくさん見たのですか?」
「二人きりならたくさん見たかもしれないし触ったかもしれないなー」
まあ流石にじろじろ見たり体に触ったりするのは危ないのでほどほどにだろうが、茶化すようにわざと大袈裟に言ってみれば、真昼がなにやら思案顔。
たっぷり十秒ほど悩んだらしい真昼が、手を繋いだまま更に距離を詰める。
距離を詰める、というよりは、腕に密着する、が正しいだろう。
ラッシュガード越しにふくよかな柔らかい感触を感じて今度はこちらの頬が赤くなる番だった。
「真昼、当たってるんだけど」
「……こういう時、当ててるのよと言うのが正解なのでしょうか」
「真昼の中の天使が仕事しない」
「女の子は好きな人の前では天使にも小悪魔にもなります」
どうやら今日の真昼は小悪魔のようである。
その割に本人もめちゃくちゃ恥ずかしそうに震えてるし顔も真っ赤なのだが、離れる気だけはないようでわざと周の腕に胸を当てていた。
丁度肘の部分が当たっているので、不用意に右手を動かせない。曲げれば真昼の胸に肘を埋めてしまう。
「……くっつくのは別にいいけど、堪能するぞ」
「そ、それを改めて言われると恥ずかしいですけど……はい」
「……ばかやろう」
まさか正面から受け入れられるとは思わず呻いた周は、言葉とは裏腹に腕に当たった柔らかな感触を意識しないように必死に脳内で円周率を数え続ける羽目になった。