125 夏休みの訪れ
「ひゃっはー! オレ達の夏休みがやってきたぜえええええ!」
「何でそんな荒ぶってるんだよ」
七月も後半、終業式と連絡事項を告げるホームルームを終え自由の身となった生徒達は和気あいあいと夏の予定を話していた。
樹はホームルームが終わった瞬間ハイテンションで、見ている周としては暑苦しくて仕方ない。
「何でって当たり前だろ、地獄の授業が終わりを告げて天国……楽園がやって来たんだぞ……!」
「お前が勉強好きでないだけで俺は別に嫌いではないし」
「インテリはおだまり。周だって椎名さんといちゃつける時間が増えるんだぞ」
「いちゃつくって……あのなあ。四六時中いちゃついてる訳じゃねえぞ」
むしろ話さないでそれぞれ好きに過ごしてる時間の方が多いくらいだ。
一緒の空間で過ごす時間の内、互いに勉強したりそれぞれ家事をしたりが多く、いちゃついてばかりいる訳ではない。
真昼は勉強は当然だが健康と美容のために運動したり体の手入れをしたりもしている。周も合わせて走ったりトレーニングしたりしているので、常にべたべたしていると思ったら大間違いである。
「……ぶっちゃけお前らの意識的にいちゃつくのハードルが高いだけで無意識にいちゃついてるんだよなあ」
「どこが」
「たまに目を合わせて笑ったり腕に寄りかかったり手を握ったりしてそう」
否定出来なかった。
真昼とは抱き締め合う事はあまりないが、そういったささやかなスキンシップは日常的に行われている。
いちゃつくのラインが難しいので周はそれをいちゃつくに入れてなかったが、一般的にはそれがいちゃつくらしい。
「ほれ見ろ。見てるだけで熱くなるくらいにお前らいちゃついてるんだよ。なあ優太」
「あはは、そうだね。なんというか見てるこっちが恥ずかしくなるし」
「門脇まで」
「まあ、そのお陰で割り込んでくる人とか少ないから悪いとは言わないけどね」
確かに、想定していた嫌がらせやいちゃもんつけ、それから真昼を奪おうとする動きをする男子は少なくとも同学年にはあまり居ない。
真昼が周を好きなのを隠そうともしていない態度というのが大きいだろう。周以外に目もくれないので、諦めたようである。
それでも文句を言われたり嫌がらせは覚悟していたのだが、むしろクラスメイトに至っては何故か見守る雰囲気が出来上がっている。正直解せなかった。
「ぶっちゃけなにもされないのは椎名さんの圧力もあるけどな」
「圧力?」
「圧力ってか牽制? いや体育祭の時のあの様子見せられたら、そりゃ何も出来ねえよ。椎名さん、周が何かされたら確実にキレそうだからな」
「キレるって……想像つかない」
「オレもつかないけど、でも絶対怒るだろ。椎名さんは容姿端麗なのは勿論教師達の信頼も厚いから、敵に回すと怖いってのはあるぞ」
ああいういつも優しい人間は怒らせると怖いのは定番だ、と付け足した樹に、周もそこはひっそりと同意する。
(多分、怒らせちゃいけないタイプなんだよなあ)
口にもしているが、怒っている所はあまり想像がつかない。
しかし、怒らせるとまずいのは分かる。
いつも穏やかな笑みを浮かべていてちょっとやそっとの事では怒らない分、沸点を超えると笑顔で相手を正論で叩きのめしていきそうな気がする。体育祭の時の事を考えればあり得なくはない。
怒らせる予定はないし周が何かすれば怒るより先に悲しみそうなので、なるべく真昼には心穏やかに居てもらおうと決意した。
「……私を怒らせる予定があるのですか?」
内心で誓っていると、千歳と一緒に真昼がこちらに歩み寄ってくる所だった。
「椎名さん。いやオレじゃなくて、もし周が何かされたら怒るだろって話」
「それは当然ですけど……キレたりはしませんよ。ちゃんと正面から分かっていただけるまでお話し合いします」
にっこりとした笑みに若干樹が体を震わせている。
恐らく、宣言通り真昼は言葉を尽くして相手に理解してもらうだろう。笑顔に正論を武器にして相手を追い詰めて承諾してもらいそうな辺り、やはり敵に回したくはない。
周の敵に回る事はまずないと信じたい。
「周、まひるん怒らせちゃ駄目だよ?」
「怒らせるような事する訳ないだろ。むしろ何したら怒らせるんだよ」
「……浮気とか?」
「すると思ってんのか」
「まずないと思ってるよ? 周の性格的にあり得ないでしょ。周は一度懐に入れたらとことん大切にするタイプだろうし」
「……そりゃどうも」
真正面から褒められると気恥ずかしいものがある。
「まあ、大切にしすぎてへたれてるんだけどさ。頬にキスで留まるのはへたれだと思うけどな」
「真昼」
「ち、違います、不満がある訳では……その、痕の事を聞かれたから」
「よし忘れよう」
痕の事を聞かれて事の顛末を話したというならもうそれは周としては触れない方がいい。
「あ、やっぱあれはキ」
「樹」
「へいへい。我が親友殿は照れ屋さんですなあ。あれくらいオレらも普通にするのに」
なー千歳、と呼び掛けて千歳といちゃいちゃしだす樹に、周は内心で「二人みたいに大人の階段登ってねえんだよ」とこぼす。
交際して二年は経っている二人は当然周達がまだ至っていないところまで至っているし、それなりに樹から話も聞いているので、別に驚きではないが何となく気恥ずかしさは感じてしまうのだ。
真昼も千歳から聞いているのかぽふっと顔を赤らめているので、想像した事はお互い同じなのだろう。
(……当分先だろうけどな)
唇にキスするのすらまだなのだから、体の結び付きなんて夢のまた夢だろう。今すぐしたいという欲求もないので、ゆっくり互いのペースで歩み寄っていくしかない。
真昼と視線が合うと余計に顔を赤くして俯くので、周も無性に恥ずかしくなって真昼から目をそらした。
さくさく夏休みに入っていきます。