121 天使様の人気
「なあ樹」
「なんだ友よ」
「……真昼、付き合う前より人気者になってないか?」
教室で多くのクラスメイトに囲まれていてもにこやかに対応している彼女を見ながら呟いた言葉に、樹は「そうだなあ」と肯定した。
付き合いだしてから二週間経ったのだが、真昼の人気は衰える事を知らない。むしろ人気が増している。
元々学年一の人気者と言っても過言ではなかった真昼なのだが、更に周囲を囲まれるようになっていた。
男子というよりは女子の比率が多いのでいいのだが、男子からも熱烈な視線を受けている姿は見ていて微妙に複雑だったりする。
「まあ、椎名さんがより人気を増した理由ってのは分かるよ」
「というと?」
「何というか……今まではショーケースの向こう側に居たような感じなんだけど、今だと身近に感じられるんじゃないかな。触れがたく近寄りがたかった椎名さんが、周とくっついて一人の女の子って面を見せたからだと思うよ」
確かに、真昼は周と交際を始めてから、笑顔の質が変わった。
天使の笑みももちろんあるのだが、素の面を見せるようになってきた。繊細で儚げな笑みより、年頃の少女らしいあどけない笑顔を見せる事が多くなっていた。
少しずつではあるが、天使として振る舞わず自分を見せるようになった事を嬉しく思うが、同時に自分だけが知る笑顔が減ってしまった事に少しだけ複雑な気持ちになってしまう。
偶像ではなくただの女の子という事を知ってほしいと願いながらも、それを知られるともやもやするこの矛盾に自己嫌悪を覚えた。
「なんつーか、やっぱ複雑だな。極親しい人にしか知られてなかった素顔が公になるって。それを俺は喜んでいた筈なのに、なんかもやもやする。我ながら狭量な男だと思ってるよ」
「独占欲の表れですなあ。……まあ、今浮かべてる顔が全部って訳じゃないだろ。お前にだけ見せる顔がたくさんあるだろうし」
「それは、まあ」
触れた時に見せる恥ずかしそうでそれでいてうっすら喜びを滲ませた顔も、拗ねた時に見せる小さな風船を両頬に拵えた不満げな顔も、甘やかした時に見せる蜜を吸ったスポンジのようにふにゃふにゃとした甘い笑顔も、全部周だけが見られるものだ。
「それに、椎名さんを変えたのはお前で、お前あってのあの笑顔なんだからいじけてないで『俺の真昼は可愛いだろ』ってどんと構えとけばいいんだよ」
「……そこまで俺のもの主張は出来ないけど、妬かないようにはしとくわ」
「……何が俺のもの主張出来ないだよ。人前であんだけいちゃついておきながら」
「あっ、あれは……わざとじゃねえ」
「わざとなら剛胆だしわざとじゃなくても無意識でそんだけ好きって漏れ出てるんだよ。お陰で周りが当てられてるんだよ」
学習しろ、と額を小突かれて、周はぐぬぬと唇を結んだ。
最近のクラスメイトは周と真昼が側に居ると何故か頬を赤らめたり視線がうろうろしたりする人が居る。
別に特に触れ合ったり大した会話をしている訳でもないのに顔を火照らせているので、周としてはやや解せない。
一応嫉妬の視線をもらう事もあるが、増えてきたのは生暖かい質のものだった。クラスメイトの男子いわく「あそこまで仲良くされると何があってもこっちに脈は生まれないって分かるから諦められるわ……」との事。
真昼が自分だけを見ている、と他人からも言われて恥ずかしいが少し嬉しかったのも事実だ。
「ま、椎名さんは椎名さんでお前を取られまいとアピールしてるのもあるんだろうけど」
「俺が取られるって、ないだろ。真昼ほど突出してないし見向きされる気がしない。されても困る」
「……まあ突出してないが、平均ラインは高いぞお前。顔よし体型よし頭よし運動は……まあうん普通だが、多少口は悪いけど性格もよし、おまけに余所見をしない誠実なやつときた。そりゃ女子的には羨ましい物件なんじゃねーかな」
「お前にそこまで褒められるとなんか……気味が悪いぞ……」
「はい口悪い五十点減点でーす。さておき、お前は口が素直じゃないからツンケンしてるように見えるだけで、性格的にはかなり素直なんだよなあ」
「ひねくれてるの間違いだろ」
一番やさぐれていた時ほどではないものの、今でもひねくれて性格が悪いと自分では思っている。
性格がよくて素直という賛辞は門脇のような裏表のない好青年に相応しく、自分のようなやや斜に構えたような性格の男を捕まえて言うものではないだろう。
「オレとしてはすげえ分かりやすくて素直な性格だと思ってるぞ。ちぃも周って分かりやすいよねーって言ってたし」
「お前らな」
「何だかんだ、ひねくれてるひねくれてるって言いながら真っ直ぐだし相手思いなやつだと思ってるよ。口がちょっと悪いけどな」
「悪かったな口が悪くて」
そっぽを向けば、喉を鳴らして笑う樹がべしべしと肩を叩いてくるので、やり返すように軽く肘で小突き返して、小さく「ありがとよ」と呟いた。





