118 天使様とお昼ご飯
「周くん、ご飯どうしますか?」
午前の授業が終わると、真昼が二人分のお弁当が入ったバッグを携えて席まで寄ってきた。
昼食はいつもの面子で食べるつもりではあるが、もしかしたら迷惑をかけてしまうかもしれないので微妙に躊躇している。
ちなみに最近話すようになってきた九重と柊とも食べる事はあったが、彼らには「独り身で流れ弾をこれ以上食らいたくない」という理由で昼食を共にする事は固辞された。休憩時間にやらかしてしまっているので否定しきれなかったのが悲しいところである。
「んー。樹達がいいなら一緒に食うけど」
「むしろ俺らが拒むと思ってるのか」
財布を持った樹と千歳、門脇も周達に近付いて苦笑をこぼしていた。
「んな水くせえ事言うなよ。いつも通りだろ」
「樹……」
「そもそもお前らストッパー居ないと色々と被害でかいから俺らがいた方がいい気がする」
「……複雑な心境だ」
今日の自分達の迂闊さを考えれば樹の言う事も分かるのだが、立場が逆転し始めているのはやはり複雑だった。
流石にもう朝や休み時間のような事をするつもりはないのだが、周か真昼のどちらかがうっかりでやらかしかねないのも事実だ。樹の懸念もあってしかるべきだろう。
「ま、どうあれ、俺達はいつも通りだよ」
「私としてはむしろまひるんはおせおせで居てほしいからいいぞもっとやっちゃえーって気分なんだけどね」
「周りが困ると思うけどね、流石に。あの仲むつまじさをみせつけられたら……ねえ」
「門脇まで……」
「見てるこっちが頬熱くなっちゃうからね。幸せそうで何よりだけど」
純粋な祝福の笑顔に何も言えなくなった周に、門脇は「まあちょっとは自重しないと当てられる人が居るから気をつけてね」と付け足す。
それは九重や柊の反応を見れば分かるので、周は真面目に頷いてみせる。
「……で、食堂でいいんだよな? つーか俺は弁当じゃなくて食堂だし」
「おう」
「じゃあ行くかー。今日の日替わり何だったかなー」
「確か唐揚げだったと思うよ」
「お、やりぃ。うちの学食の唐揚げは衣薄くてうまいんだよなあ」
へらりと笑って財布を振りつつ歩き出す樹に内心感謝しつつ、周は彼の後をついていった。
「……はい周くん、お弁当どうぞ」
食堂で五人分の席を取って食堂組が自分のご飯を買ってきたところで、真昼がバッグからお弁当を取り出して周に差し出す。
周の分は後から取り出された真昼のお弁当箱より一回りは大きいもので、比較的量を食べないとはいえ女子よりはかなり多い男子高校生の食欲を満たせるサイズだ。
「ん、ありがとな」
「まひるんのお弁当いいなー」
「渡さんぞ」
「けちー」
ぷー、と可愛らしく頬を膨らませてみせた千歳に真昼が「私のと少し交換しましょうか」と申し出ており、すぐに頬の風船は萎んでいく。
子供っぽい仕草だが千歳の屈託ない笑顔や立ち振舞いにはぴったりの表情で、眺めている樹も微笑ましそうだった。
周も女子二人のやりとりを見つつ、弁当の蓋を持ち上げる。
中には昨日の残りのチキンのトマト煮込みやほうれん草とコーンのバター醤油ソテー、茹でたブロッコリーやミニトマトにきっちりタコの顔と形を模したウインナー、それから周の好物であるだし巻き玉子などが詰まっている。
やや主菜が多いのは周の食欲を考慮しての事だろう。
基本的には何でも食べるし野菜も好きではあるが、お肉があると食欲も増す。それ以上に好物なだし巻き玉子があるので、周はテンションが上がるのを実感していた。
「周くんの分はだし巻き多目ですけどよかったですか?」
「だし巻きがあるだけで午後頑張れそうな気がする」
「大袈裟な」
「いやほんとに」
卵料理が好きな周にとっては肉よりも活力剤なので、だし巻き玉子増量は望むところだった。
早速「いただきます」と食物と真昼に感謝しつつ、真っ先にだし巻き玉子に箸を伸ばす。
口に含めばしっとりとした食感、噛めば優しく口の中に滲んでくる出汁の味とほんのりとした甘味のハーモニーに自然と口が緩んだ。
すぐに飲み込んでしまうのがもったいないくらいに美味しいのでゆっくりと咀嚼しつつ、舌で味わっていく。
よく噛むのは 大切というのもあるが、やはり長く楽しみたいという気持ちが大きい。
相変わらずうまい、とご満悦な表情も隠そうとせず口を動かしていると、その姿を眺めていた門脇がほうとどこか感嘆の声を漏らした。
「……藤宮ってうまそうに食うよなあ」
「実際うまい」
「それは知ってるけど。ここまで美味しそうに食べてもらえると、椎名さんも作り手冥利に尽きるだろうな」
門脇が周を微笑みながら見守っていた真昼に声をかけると、真昼はほんのりと頬を染めて「そうですね、いつも美味しいって言ってもらえてありがたい限りです」と微笑む。
「作り甲斐がありますよ、本当に」
「作ってもらってるし本当にうまいからなあ」
「周くんの好みも掴めてきましたし、もっと精進したいところです」
「このままでもいいけど」
「折角なら周くんの好みに完璧に合わせたいですし」
「俺は真昼好みでもいいけど。真昼のならなんでもうまいし」
とりあえず真昼から離れる予定は全くないので、自分に合わせるだけでなくて真昼の好みの味も食べたい。
全部こちらに合わせるのではなくて、二人でほどよいすり合わせをしていきたいし、真昼の好みに合わせたいという気持ちもあった。
ゴマで可愛らしい顔を表現されたタコウインナーを口に放り込みつつしみじみと頷くと、真昼は困ったような笑顔を浮かべて肩を縮めた。
頬が内側から淡く色付いているのを見て思わず周囲に視線をやると、樹の呆れた目が見える。
「……止める前にいちゃつかれるとどうしようもないんだが?」
「……いちゃついてない」
「だとさ、ちぃ」
「えー。つまりこれは序の口でいちゃいちゃレベルではないと」
「お前らなあ」
「教室のやり取りよりは控えめだからそういう意味ではいちゃついてないかもな。ま、ある意味アピールにはなっただろ。入り込む隙間は微塵もないですよーって」
その言葉に身内から周囲の席に視線を移せば、同級生や先輩らしき男子がこちらに目をやっている事に気付いた。
地味に殺意のこもった眼差しを向けられたものの、真昼がちらりとそちらを見れば慌てて目を逸らす辺り分かりやすい。
周囲の生徒に聞かれていた事を恥ずかしく思えばいいのか、牽制出来た事を喜べばいいのか。
ひきつった笑みを浮かべる周に、門脇は「てっきりわざとなのかと思ってた……」と呟く。
「……ほんと、仲むつまじいのはいいんだけど、二人の世界に入りやすいから気を付けた方がいいんでは?」
今回は功を奏してるけど、と付け足されたものの微妙に呆れたような声音で、周はきゅっと唇を結ぶしかなかった。