117 休み時間
周と真昼が付き合い始めた、というのはあっという間に学校中に広まった。
よくも悪くもおしゃべりなクラスメイトと登校風景で見せつけたお陰で、噂ではなく真実として周知されたようだ。
お陰で移動教室や所用で教室を離れて廊下を歩く度にひそひそと何かしら囁かれるので、非常に居心地が悪い。
「まあ数日で落ち着くんじゃないのかな」
騒ぎを一歩引いた位置で眺めていた九重の一言に、柊も「そうだな」と頷く。
「人間ずっと同じ話題を続ける訳ではないし、その内他の話題に埋もれていくだろう」
「そうだといいけどな。流石に毎日これだと困るし」
休憩時間の今も遠巻きに何か囁かれてるので、正直あまりいい気分ではない。
ちなみに前の休み時間にクラスの男子に散々問い詰められたので、もう体力が半分ほど削られていた。今日体育がない事が救いだろう。
「質問攻めに遭う事は少なくなると思うけど、今度は違う意味で群がられそうかな」
「違う意味?」
「良物件と思われるんじゃないかな」
「既に売約済みなんだが」
もう真昼に将来まるごと予約されているようなものなので、他に目を向けてほしいと言われても確実に不可能だ。そもそも仮に真昼よりいい条件の女性が居たとしても、真昼以外を選ぶなんてあり得ない。
目移りを期待されても困るし、そんな軽薄な男だと見られているなら心外だった。
「恋は理屈じゃない時もあるよ」
「む、誠がそういう事を言うのは珍しいな」
「失礼な。まあ、誰かの恋人だからって、好きになる気持ちは抑えられないんじゃないのかな。恋って衝動みたいなものだし」
勿論衝動を行動に移すのはダメだけど、と付け足した九重は、何やら固まって話をしている女子達を見てそっとため息。
「僕としては、どこをどう考えても君らの間に割って入るなんて無理だと思ってるけどね」
「それは同感だな。あれだけ見せ付けているのは牽制もかねてだろうし。まさか公衆の面前でああいった行為を取るとは思っていなかった」
「あれは忘れてくれ……!」
朝のやりとりを思い出して羞恥に襲われる。
仲良くしているという所を見せるのは牽制の意図であったが、頭を撫でたりほぼほぼ告白まがい、それも聞く人が聞けばプロポーズの予定があるという事を知らせてしまうつもりなんてなかったのだ。
幸い真昼は誤魔化せたものの、樹や九重は気付いていたらしく「お熱い事で」と呆れられたのだ。
「まあ、椎名さんがああいう表情を見せるのは藤宮だけってのも周知されたから、その点ではよかったんじゃないの?」
「……それはそうかもしれんが、それでも恥ずかしいもんは恥ずかしい」
「手を繋いで登校してきて何を今更」
「それとあれは違う」
意図したものと意図していないものは羞恥の度合いが違う。
「諦めなよ。まあ、ああやって見せ付けてくれた事で感謝してる人達も居るし」
「感謝してる?」
「椎名さん目当ての人達が他に目を向けると嬉しいのは女子達の方だろうし」
小さな声で呟いた言葉は、周も考えていた事だった。
真昼を特別視している女子達も一枚岩ではないらしく、やはり男子の視線を持っていく真昼には複雑な気持ちを抱いている子も中には居るらしい。
今までは誰にも好意を見せず高嶺の花としてずっと一人で居たが、周という特定の相手を作りそれ以外に見向きもしない態度を見せたため、一定層の反感が和らいだようだ。
真昼に「私もみんなに好かれている訳ではないですし、一部には陰で言われてると思いますよ」と苦笑と共に言われた時は女子って恐ろしいと思ったが、これでようやく真昼も安堵出来るだろう。
「大変だな、女子のあれこれ。まあ、それが解決したならあとは、真昼も一人の女の子って事が周知されたらいいな。天使って呼ばれるの恥ずかしくて嫌みたいだし」
「やっぱり嫌だったんだね」
「うむ。優太も王子様は微妙な顔をしていたし、想定内だな」
柊曰く門脇も王子様という呼び名は恥ずかしいらしいので、やはり真昼と同じ悩みを持っていた彼には内心で合掌しておいた。
いつか彼にも、真昼にとっての自分のような、理解者が出来て欲しいと心の底から思う。誰にでも分け隔てなく優しく気取らず、人のよい彼には幸せになってほしい。
「……何話してるのですか?」
門脇の幸せを願っていると、千歳と話し終わったのか真昼がこちらに向かってきていた。
話の内容までは聞いていなかったようだが、周の頬が朝のやり取りの指摘を受けて赤らんでいた事は気付いているらしく、周を含め三人を見る眼差しはどこか訝るようなものだ。
「ああ、椎名さんか。別に大した事話してないよ。椎名さんも一人の女の子なんだなって話」
「一体どういった流れでそうなったんですか……?」
「ああ、いや、その……真昼も天使じゃなくてただの女の子なんだなって周りが理解してきたよなって話だ」
朝の事は忘れる事にして、周達が話していた内容を軽くかい摘まんで話すと「なるほど」と納得したように頷いた。
「ある意味偶像化されていたのは自覚ありますので、確かにそうかもしれませんね」
声量を抑えた呟きに九重も柊も「やっぱり」といった顔をしている。
彼らは門脇と付き合いも長いそうなので、色々見てきているが故にほぼ同類の真昼の事も気にしていたのだろう。
「でも、私はもうそこまで言われる事は気にしてないですよ」
「そうなの?」
「はい。……私は、周くんにとってただ一人の女の子で居られたら、それでいいですし」
囁くような言葉を聞き取れたのは周と九重、柊だけだったろうが、破壊力は充分だった。
ほんのりと頬を赤らめてへにゃりとはにかむように笑った真昼に見とれたのは、周だけではない。
側に居る九重と柊からは息を飲む音が聞こえたし、たまたまこちらを見ていたらしいクラスメイトも真昼の表情にどこか呆けたように見つめている。
「……藤宮、君の彼女さんどうにかして」
周囲の被害が甚大なんだけど、と呻くように言われた言葉に内心で激しく同意しつつ、それでも周にもどうしようもないし、むしろ一番被害に遭っているのは周なので、跳ねる心臓を落ち着かせるのに必死だった。
「……ほんと、べた惚れだね」
呆れが含まれた九重の呟きに、真昼は頬を赤らめたまま肯定するように笑みを強めた。
(家に帰るまでに何話かかるのか)
活動報告で真昼以外三人のキャラデザイン公開してますのでよければご覧くださいー(´∀`*)
真昼さんは土曜日公開の予定です!