107 天使様と体育祭について
お砂糖は控えめだよ!
「真昼は体育祭の競技、何の希望出したんだ」
夕食後、冷凍庫からアイスを取り出しながら残り物をタッパーに詰めている真昼に問いかける。
本日の夕食であった筑前煮をタッパーに詰めた真昼は、スプーンを周に手渡しつつ「そうですねえ」と思い出すように視線を上向かせた。
「私はリレーと借り物競走ですね」
「お、被ってる。俺は玉入れと借り物競走希望」
希望が通るかは分からないが、玉入れは正直あまり人気がないので通ると思っている。
借り物競走は通るか微妙ではあるが、まあ第三希望の障害物競走になっても問題はない。
あれは純粋な脚力というよりはバランス感覚や柔軟性を問われるものなので、周の平均的な脚の早さでもチームの脚を引っ張る事はないだろう。
「徹底的に運動する気がないですね」
「餅は餅屋だ。俺はそんなに運動神経よくないし」
「……周くんは体育の成績は平均的でしたよね、確か」
「残念な事にな」
これで運動神経までよかったらもう少し積極的に取り組んだだろうが、生憎周は然程運動が得意ではない。
苦手と言いきるほど致命的に悪い訳でもないので、あくまで平均的という評価に落ち着いている。
まあ門脇や真昼といった努力と才能が組み合わさったような二人とは違い、文武両道なんて夢のまた夢だ。
「……正直、周くん体育祭嫌いですよね」
「おう。運動は嫌いって訳でもないが、強制されてする運動は嫌いだ」
二人でリビングのソファに戻りつつ、苦い思い出の冬季マラソンを思い出す。
体力がない訳ではないし授業でやるような距離なら走りきれるのだが、時間制限がつけられて距離も指定されるというのは正直面白くないのだ。
普通に自分のペースで自分の目標分走るには気持ちいいので、やはり強制というのは精神的によくないものだと痛感している。
渋い顔をする周がアイスの蓋を取っているのを見ながら、真昼は小さく苦笑する。
「分からなくもないですよ。私も誰かに強制されるのはあまり好きではないですから」
「だろ。だからまあ、適当に……というよりは普通にこなして貢献するくらいだ」
流石に手を抜きすぎれば非難が飛んでくるだろうし、周としても罪悪感がある。
なので、死にものぐるいは無理であるが、適度に実力を発揮出来るように頑張るつもりだ。まあ、希望した種目通りなら頑張る部分があまりないのだが。
「ふふ、活躍する周くんが見られないのは残念です」
「任せろ玉入れで活躍する……かもしれんぞ」
「かもしれないんですね」
「まあ地味な種目だから目立たないし」
何故高校生にもなって玉入れという可愛らしい競技が入っているのか分からない。今では廃れている高校もあるだろうに、我が校ではまだ続いている。
運動音痴に対する救済なのかもしれないが、それにしても玉入れは緊張感に欠ける絵面になりそうである。
「周くん割と物投げて狙うの得意ですよね。ゴミ箱にティッシュとか投げて外した事ないですし」
ものぐさですけど、と小さく付け足した真昼に周は苦笑いするしかなかった。
「ものぐさは許してくれ、ゴミ箱から外れてないから」
「まあ家だからいいですけどね。でも、ほんと周くん狙いは的確なんですよね」
「投げるのは割と得意だぞ。ダーツとかも割と得意。母さんに連れてかれてよくやった」
母親の息子つれ回しツアーは多岐にわたる。
サバイバルゲームや渓流下りといったアウトドアからダーツやらボウリングやらゲームセンターやらと様々な所に連れていかれて無駄に特技になっている。
今回はそれが役に立ちそうなので、一概に無駄とは言い切れないが。
「周くんってある種の英才教育受けてませんか」
「遊び方面では受けてるかもしれんな」
「ある意味すごいですね、志保子さんも」
呆れというよりは感心したように呟く真昼だが、つれ回され続けた周としては全面的に肯定する事も出来ない。
ただ、志保子に感謝しているのは確かだ。
色々な経験を積ませてくれた事もそうだが、中学時代、塞ぎ込んだ時も変わらず接してくれたお陰で、致命的なところまでひねくれずに済んだ。
それはそれとして、やはりつれ回して疲労させるのは止めてほしいが。
「……ま、種目が種目だし目立つ事はそうないと思ってる。それなりに頑張るよ。若干憂鬱だけどな」
そう結んで、ほどよく溶けてきたアイスにスプーンを差し込み、一口分掬う。
ちなみに今手にしているのはコンビニ限定の有名な高級チョコレート会社が出す甘さ控えめ濃厚なカカオ味のアイスだ。
ワンコインはする、市販品としてはお高めなものなので、一口一口大切に食べようと思っている。
「そんなに嫌ですか、体育祭」
「いや、ちょっと暑くなってきたのに体操着で外に半日居るって嫌だろ。テントがあるとはいえ」
「まあそう言われるとそうですけどね。でも頑張らなきゃだめですよ?」
「それなりにやるよ」
「もう」
唇を尖らせた真昼だったが、視線がスプーン、正確に言えばアイスに吸い寄せられているので、つい笑ってしまう。
甘いもの好きな真昼の分も買ってくればよかったな、と思いつつ、試しに真昼の前にスプーンを持っていけば、瞳がぱあっと輝いた。
昔に比べると本当に随分と分かりやすくなってきたなあ、とひっそり笑って真昼の唇に近付けると、真昼は飼い主に手ずから餌を与えられる子猫のごとく遠慮なくスプーンを口に含んだ。
へにゃっと瞳が細まる。
おそらく、美味しいのだろう。表情からして分かる。
周もそうだが、真昼の舌は人より敏感だし味の良し悪しをしっかり判断出来るタイプだ。彼女が美味しそうにしてるのなら当たりだろう。
「……これいいやつじゃないですか」
「分かるか」
「というかパッケージ見れば分かります。思ったよりも美味しいです」
「そうか。ほれ」
もう一口分差し出すと、素直にぱくりと食べて満足げな笑みを浮かべている。
室温に少しの間戻したアイスよりもとろけた表情に、内側の熱がじわじわと顔に上がってきた。
(……しまった、普通に食べさせていた)
なるべく真昼とは正常な距離感を維持しようとしていたのに、すぐこれである。
真昼は真昼で周の事を意識していたにも関わらずこうして油断した表情を見せているのでお互い様ではあるが、男にあーんされて喜ぶなんて、普通はない事だ。
「……真昼、全部やる」
「え?」
「俺、珈琲淹れるからいいや。やる」
困惑する真昼にアイスのカップとスプーンを押し付けて、周は逃げるようにキッチンに向かってコーヒーメーカーにやけくそ気味にフィルターとコーヒー豆を突っ込んだ。





