106 親睦を深める
「疑問なんだけど、藤宮って椎名さんと仲いいの?」
門脇主導によるファストフード店での細やかな交流会の際、静かにチキンナゲットを食べていた九重が思い出したように疑問をぶつけてきた。
周は、表情をなるべく変えないようにしつつポテトを頬張る。
騎馬戦に向けて……というよりは親交を深めようという思惑をもった門脇の誘いで四人でファストフード店に居るのだが、まさかあまり関わりのない人間からそんな事を聞かれるとは思っていなかった。
ちらりと門脇に視線を投げれば「俺は何も言ってないよ」と言わんばかりに表情で否定されたので、九重の純粋な観察眼によるものだろう。
周としては、なるべく表に出さないように努力していた筈だ。
「何でまたそう思ったんだ」
「君らは優太含めて五人で結構話してたりするけど、椎名さんの態度が何となく樹や優太に向けるものと違うし」
「そうなのか? 俺は全然気付かなかった」
意外そうにこちらを見てくる柊は純粋に驚いているようで、目を丸くしていた。
「一哉が鈍いだけ……って言いたいけど、多分気付いてるのは僕だけだよ。他は単に嫉妬の眼差し向けてるだけだし」
「それが怖いんだが……」
「で、その様子だと合ってるのかな」
どこか感情の読めない顔で問う九重に、周はどう答えたものかと門脇に視線を寄せる。
門脇は、彼らの事を信頼してるらしく問題はないと思うよ、という旨の眼差しを返してきたため、頬をかいた。
九重は確信を持っているようだが、あまり言い触らしたくはない。
ただ、門脇の人を見る目は恐らくよいし、九重の疑問は詮索というよりは純粋に気になったからというもので悪意があるようなものでもなかった。
「……まあ、仲がいいと言えばいい方だな」
「椎名さんの方から構ってるように見えるし本当だろうね」
「……そんな風に見えたか?」
「なんとなく」
恐ろしきは九重の観察眼である。
この分だと下手に誤魔化すよりはある程度真実を言った方が疑いを持たれないし交友があるという真実味が増すだろう。
「単純に、家が近所で話す機会があって親しくなっただけだよ」
「もしかして、二年生になる前から?」
「まあ。学校で交流するようになったのは二年からだけど、他人の振りしてたから」
流石にお隣さんで毎日真昼が家を行き来してご飯を作っているなんて言える訳がないし、あまりに現実的ではないので、ある程度の真実に触れるだけにしておいた。
周の説明に「優太は知ってたの?」と門脇に視線を向ける九重。
本人が言ったのだから隠す事はないだろうという事で門脇も頷くと、九重がそっとため息をついた。
「なんというか、お人好しって言うか」
「お人好し?」
「いやこっちの話。……優太、僕達に隠し事してたんじゃん」
「流石に藤宮が言うまでは言えないからなあ。一哉と誠が言いふらすとは全く思ってなかったけど」
「当たり前だろう。俺がわざわざ人に嫌がられる事をする訳がない」
「一哉はそういう実直なところが美徳だよな」
にこやかな門脇に、称賛を受けた筈の柊が首を傾げる。何を当たり前の事を、と言わんばかりの表情は、人の善意を疑わないものだ。
ある種の危うさがある気がしたが、善人という事は変わらない。
門脇とは別のベクトルで真面目で品行方正と名高い柊に若干あっけに取られつつ、やはり門脇の友人だな、としみじみ納得した。
彼の人の見る目はかなりよい。友人として付き合う相手としては、申し分ないだろう。
「つまり、俺は人に話さなければいいのだな」
「まあ一哉はあんまり嘘つけないだろうし、知らない振りをしておくのが一番だと思うよ。というか仮に仲いい疑惑があっても、わざわざ一哉に聞くよりは樹とか優太に聞きそうだからね」
「違いない」
くすりと笑った門脇に、周も安堵する。
「まあ、そうしてくれるとありがたい。俺はあいつに迷惑かけたい訳じゃないからさ」
むしろ隠しておきたい派なので、言い触らさないでくれるのはありがたい。
「あいつも、自分の交友関係であれこれ言われるの嫌だろうし。そっとしておいてほしいんだ。あいつのためにも」
バレればこっちに非難と嫉妬が飛んでくるのは理解しているし覚悟もしているが、真昼は真昼で悪意のない「何で藤宮なんかと?」という言葉が向けられるだろう。
それだけ、学校の人間にとって真昼はある種の天上人……とまではいかないが、特別な存在なのだ。
高貴な人間が一般庶民と交流する事に周りが咎めるように、真昼にも疑問の声が飛ぶ。
それは当然の疑問ではあるだろうが、真昼が恐らく不快になるだろう。人付き合いくらい自分で選ばせてほしい、と。
それに……おそらく、ではあるが、真昼は周が馬鹿にされる事に怒ってくれる、そんな気がした。
わざわざ真昼の心を乱すような事はしたくないので、なるべく秘めておきたい。
(……まあ、気のせいか公にしたがっている気がしなくもないが)
最近の接触から少しずつ距離を詰めてきている気がしているものの、気のせいだと思っておく。
「……あー、あー……」
「なんだ九重」
「……いや、何となく察してきた。苦労するなあ」
困ったような、というよりは呆れが些か強い表情でこちらを見てくる九重に、周としては首を傾げるしかなかった。
「優太、もしかしてこれ」
「そうだ」
「何だ、何の話だ?」
「多分一哉には分からない話だから気にしなくていいよ」
ばっさり切った九重にも、柊は気分を害した様子はなく「なら分からんままでいいな」と笑っている。これも彼らなりの信頼と友情がなせるものだろう。
何やら門脇と九重が訳知り顔で頷いているので、周は何を二人で理解したのか……とポテトを摘まみつつ困惑の表情を浮かべるのだった。