100 天使様の膝枕(オプション付き)
「じゃあどうぞ周くん」
夕食が終われば、ご褒美タイムが始まる。
当たり前のようにソファの端に座って膝をぽんぽんと叩きながら微笑みを向けられて、周は「うっ」と言葉を詰まらせる。
因みに、本日の真昼の服はショートパンツに黒タイツなので、布越しに膝枕は変わらないがその布が非常に薄くて感触もよく分かりやすいものだ。
おまけに、今日は帰宅して先にお風呂に入ったらしく、全体的にいい香りがしている。
この状況で膝枕からの耳掻きなんて、周的に自殺行為だろう。
「……いやあの」
「嫌なら別にしなくても……」
「し、して欲しくはあるけどな?」
「じゃあ遠慮なくどうぞ。するって約束ですし」
再度膝をぽんぽんと叩く真昼に、周はごくりと生唾を飲み込んだ。
大分暖かくなってきたので、タイツは薄いものになっている。
ぴんと張ったタイツの布地からはうっすらと肌色が透けて見えて、何とも扇情的に見えてしまう。
タイツに覆われながらも、腿は周を誘うように無防備に滑らかな脚線美をさらしていた。
本人に全くそのつもりはないのだろうが、今日の真昼は周を殺しにかかっている。
本来ならばなんとか断って心臓と精神の安寧をはかるべきだったのだが、ご褒美という名目と周の男としての欲求が、死地に向かう後押しをしてしまっていた。
恐る恐る、真昼の横に座って、腿に頭を乗せる。
以前にも体験したが、やはり柔らかい。以前よりも隔てている布が薄いために、感触や温もりがよく伝わってきて、周の心臓を責め立てる。
どこを見ればいいのかと一応上を向けば、真昼の笑みが見える。
ただ、その顔がやや隠れて見えるのは……道中に山があるからだろう。
五月というだけありやや気温も高くなってきたからか、真昼の着ているシャツも薄い。ついでにスタイルのよさを際立たせるように体のラインが分かるものだ。
布越しでも分かる、重力に従いつつも綺麗な形を保つそれに、周は上を向くのを止めた。
「じゃあ、耳掻きしますね?」
周の内心の叫びなんて露知らず、真昼は何だかわくわくといった雰囲気と笑顔でそう宣言して、テーブルの上に置いてある耳掻きとティッシュに手を伸ばす。
側頭部に、何か柔らかいものが降ってきた。
(!?)
言葉にならない悲鳴を内側で上げる周に、真昼が気付いた様子もない。すぐに耳掻きをとって体を起こしていた。
恐らく、真昼は気付いていない。周が、その柔らかな感触と質量を肌で味わったという事に。
心臓が騒ぎ立てる。
最早心の中は耳掻きどころの話ではないのだが、真昼が「じっとしててくださいね」なんてあやすような声で囁いて、周の頭を片手で軽く固定する。
耳の中を掃除するのだから動くな、という事なのだろうが、色々と転げ回りたい周は今ステイを強いられる事がきつい。
それでも暴れる訳にもいかないので大人しくしつつテーブルの側面をじっと見ていると、ゆっくりと耳の穴に硬いものが差し込まれる。
一瞬ぞくっとするのは、やはり皮膚の薄い場所は敏感になってしまうからだろう。
自分でやるとそう感じないのに真昼がすると妙な気持ちになるのは、恐らく自分の意思で出来ないからと……好きな女性にされている、という興奮がある。
真昼は性格的にも丁寧にするのは分かっているのだが、なんというか、優しく優しく耳を掃除されると、むず痒い。
心地好いと言い切るには少しもどかしさがあって、それでいて欲を駆り立てるような淡い気持ちよさがある。少なくとも、このまま耳掻きをされる事に抵抗はないくらいには、何とも言えないよさがあった。
「痛くないですか?」
「ん……痛くないよ。気持ちいい」
「そうですか、よかった。これ、男の人のロマンらしいですけど……ロマンが満たされましたか?」
「……多分」
「周くんも男の子ですねえ」
「男以外の何があるんだよ」
男でなければこんなに内心で悶絶してないし柔らかさに興奮もしていない。好きな相手にこうも甘やかされて密着を許されるなんて、うろたえずにはいられないのだ。
「ふふ、周くんは紳士さんですから。あんまり興味ないのかと思って」
「仮に俺が紳士だとしても、言動と内心はまた別だろ。お前は気を付けろよ、男なんていい顔しておいて一人になったら襲いかかるもんだぞ」
「その理論でいくと周くんは男ではないですねえ」
へたれと言われた気がしてうぐと唇を噛むが、真昼はそういう意図はないらしくのんびりと掃除を続けている。
「ほら周くん、逆向いてください。反対側したいので」
むっと眉を寄せつつも逆の耳を差し出すが、よく考えればお腹方向に顔を向けるという新たな苦行である。
下を向くとショートパンツとはいえ大惨事なので、大人しくお腹を見るしかない。
天国なのか地獄なのか分からなかった。
欲望に素直になれるなら恐らく天国なのだろうが、躊躇と葛藤の狭間でもがく周としては、地獄の方に片足突っ込んでいるようなものである。
「……周くん、何かさっきからぷるぷるしてますけど……」
「気にしないでくれ」
この内心を話せる訳もない。そもそも、こんな事を言ってしまえば真昼に引かれる。
なので素直に耳掃除を受け入れて自分の欲求はひた隠しにするしかないのである。下心なく無邪気に甘やかしてくる天使様は末恐ろしいものであった。
真昼は周の態度に疑問を抱いていたようだが、周が真昼と視線を合わせないように真昼側を向いているので、追及を諦めて耳掃除に戻っている。
何とも言えない心地よさとくすぐったさを覚えつつ、周は瞳を閉じて終わるのを待つ。
目を開けると微妙に罪悪感があるので視界を閉ざしているのだが、これはこれで他の感覚が鋭敏になるため、真昼本来の甘い香りやシャンプーやボディーソープの香りも嗅ぎとってしまったり、膝の柔らかさを意識してしまって気が気でない。
この柔らかさを躊躇いなく堪能出来たなら、どれだけよかった事か。
「周くん、終わったら髪もふもふしていいですか」
「……好きにしてくれ」
すぐに逃げればこれ以上の葛藤を覚える事もなかったのだが、悲しい事に周も男で、膝枕を続けてもらえるなら続けてもらいたいと思ってしまうのである。
やめてほしいともっとやってほしいという矛盾に悩みつつ結局欲求に負けているので、自分は色々な意味で意志薄弱なのだと思い知らされた。
真昼は周の承諾に嬉しそうな気配を漂わせている。
「もう少しで終わりますからね」
そう言って丁寧に耳を掻いている真昼に、少しだけ「ああもう終わりか」と残念な気持ちになってしまって、また一人悶える事になっていた。もちろん、顔や仕草には出さないが。
わずかなくすぐったさを含んだ甘い心地よさは、真昼が耳掻きの棒を抜いた事で終わる。
代わりに真昼の指が髪にするりと通るので、別の心地よさを覚えるのだが。
「はい、終わりましたよ」
子供をあやすような優しい手付きの指櫛で髪をくしけずる真昼に、気恥ずかしさと身を委ねたい感覚を同時に覚えた。
どちらかと言えば後者が強い自分を理解して、声にならない呻きが口からこぼれそうだった。
真昼はご褒美という事でとことん甘やかすつもりなのだろうが、確実に駄目にされる。
宣言通り周をだめだめにする気満々な真昼に抗いたくても、心地よさがその気力すら根こそぎ奪ってしまうのだからどうしようもなかった。
(……駄目にされる……)
女性らしいよい香りと温もりをたっぷりと味わいながら優しい手付きで撫でられる、こう言うと大した事がなさそうだが、実際は堪らなく心地よいし幸福感を感じる。
こんな事を毎日されたら確実に駄目人間まっしぐらなくらいには、今の状況と体勢は色々な魅力に満ちていた。
はー、と息を吐いて体を弛緩させると、小さな笑い声が聞こえてくる。
「珍しく周くんはあまえんぼですね」
「……誰のせいだよ」
「私のせいですね」
真昼はくすくすと甘い笑い声を上げて、指の櫛を更に動かす。
「周くんは甘やかしたくなるというか、触りたくなります。周くんの髪は触り心地がよいんですよね」
「……そうか?」
「はい。さらさらつやつやです。何でこんなキューティクルばっちりなのか……」
「……母さんオススメのシャンプーだからかな」
志保子の「折角髪質がいいんだから傷ませるのはなしよ!」という全力押しで、今周が使っているシャンプーは美容院で使われるような髪に配慮したものになっている。
匂いも嫌いではないし髪を乾かした後の指通りのよさから使い続けていた。
「真昼こそすごくさらさらだよな」
亜麻色のカーテンを一房手に取ると、自分のものより柔らかくて滑らかな手触りがした。
さらさらつやつやと言うなら彼女の方で、周とは比べ物にならない。真昼のはいつまでも触っていたくなるような手触りだし、香りも強すぎず淡くシャボンの香りがして、男的にはたまらない。
「頭撫でたりしてる時にいつも思ってるけど、すごい手入れに気を使ってそう」
「……まあ、手入れを怠った事はありません」
「だよなあ。つーか普段から勝手に触ってるけどさ、いいのか? 髪は女の命って言うし」
「……周くんに触られるのは、好きです」
顔を見せていなくてよかった、と思ったのは、真昼の言葉に表情が面妖な事になっていたからだろう。
羞恥、歓喜、混乱、狼狽……自分でも言い表せないような様々なものが混ざり合って出来た表情は、恐らく見られてしまえば不審がられるものだ。
(そういう事を言うから調子に乗るんだぞ)
周は口には出せないまま、表情を元に戻そうと瞳を閉じたままため息をついた。
100話到達しました(´∀`*)
ここまで続いたのも皆さまの応援のお陰です、ありがとうございます……!
今後ともじれじれもだもだいちゃらぶを書いていけたらと思いますので、引き続き応援していただけたなら幸いです(*´꒳`*)





