10 天使様は(ゴミの)掃討大作戦総指揮官
再び自宅を訪れた真昼は、先ほど会った時の服装とは違い、白のロングTシャツにカーキ色のカーゴパンツといった姿だ。
体にぴったりと沿うようなTシャツは、華奢ながらしっかりとした起伏のある体を浮き彫りにしている。
長い髪は器用に真ん丸のお団子にしてまとめあげていて、白いうなじが見えているのが妙に居心地悪かった。
普段ワンピースやスカート姿ばかり見ている身としては、何だか新鮮に見える。
こういったボーイッシュな服装はあまり合わないんじゃないか、なんて思ったのは間違いだった。
美人は何でも着こなすし似合う、というのを痛感させられた。
ただ、確かに動きやすそうではあるが、普通に外を出歩ける格好だ。それが汚れていい服装なのかは分からない。
「汚れていいのかそれ」
「どうせ近々捨てる予定があったので、別に汚れてもいいものですよ」
と言いつつエプロンを身に付けている真昼は、改めて周の部屋の惨状を眺め、そっと嘆息。
「言っておきますが、徹底的に、しますよ?」
「……分かってる」
「分かってるなら早速しましょうか。私は甘くないですよ、妥協なんてさせませんから」
いいですね、と有無を言わさぬ声で問いかけられたので、周は「ハイ」と従順に返事をするしかない。
こうして、天使によるお掃除大作戦が幕を開けた。
「取り敢えず服は洗濯かごに放り込んでおきましょう。本来は掃除は上から下の順でするのですが、これは掃除機かける以前の問題です、折角のフローリングが物で隠れてるし。服は洗うにしても小分けがいいですね、多すぎます。あとこれ着ているもの着ていないもの区別つくんですか。全部洗っていいですか」
「もう好きにしてくれ……」
当たり前と言えば当たり前だが、掃除機をかけようにも床の上が物だらけなので先にそれを片付けるところから始まった。
「……下着とか落ちてないですよね?」
「それは流石にタンスに入ってる」
「ならよろしい。取り敢えず服は後回しでいいでしょう、洗って干すにしても掃除で埃がたちますし場所的に干しきれないでしょうから。急ぎでないなら掃除終わってからでいいです」
「ハイ」
「……で、雑誌ですけど、基本的に処分です。集めているならまた別ですけど、この扱いだとそうでもないでしょうし。必要ならそのページをスクラップにしてあとは処理。束ねて廃品回収に出しましょう」
早速掃除に取りかかっている真昼は、周には落ちている服を洗濯かごに入れる事を指示しつつ、雑誌を片っ端から積み重ねている。
必要な雑誌があるなら今の内に申し出る事、と言われて特に必要としていないので首を振る。真昼はそれを見て持参したらしいビニール紐で手際よく束ねて結んでいた。
「服を集め終わったら他の雑貨類の取捨選択お願いします。落ちている雑貨類も同様に必要なものとそうでないものは分別してゴミに。いいですね」
「……おう」
「采配に不服があるなら速やかに述べてください」
「いや、ないけど……テキパキしてるな、と」
「しないと時間ないでしょう。ぐちゃぐちゃなんですから」
「ごもっともです」
休日とはいえ、時間は限られている。掃除機をかけるなら近所迷惑を考え日中にするしかない。
その掃除機をかける前段階でかなりの労力がかかると分かっているので、真昼はなるべく急いで片付けに取りかかっているようだ。
ここまでさせてしまって申し訳ない、と思う反面、真昼の采配によってみるみる内に足場が出来ていくのだから、本気で感心もしていた。
「椎名教官……」
「師と仰ぐならまず倣ってください。あなたの私物の仕分けは私には出来ないんですから必要なものだけでもちゃんと分けておいてください」
「イエッサー」
「私を男にしないでください」
さりげなく突っ込んだ天使様は、真顔のまま鮮やかな手さばきで出来うる範囲のものの分別及び断捨離を行っている。
どうしても物を取っておく癖のある周には、真昼の潔さがありがたく、羨ましかった。
他人の部屋ではあるが遠慮なく片付けていく真昼は、実に家庭的で最早主婦並みの動きをしている。
真昼一人でも余裕でこの部屋は片付けられそうなほどに手際がよい。
ただ、急いでいるが故に、足下が疎かになったのかもしれない。
これは間違いなく周のせいなのだが、置いてあった服を踏んでしまったらしく、そのまま真昼はバランスを崩した。
真昼の口から「あ」と声が漏れた瞬間、周は反射で真昼が落ちるであろう床に滑り込んでいた。
ふわりと香る甘い匂い。それにかすかに混じってくる埃の匂いは、慌てていたせいで埃がたったからだろう。
尻餅をついたせいで地味に臀部が鈍痛を訴えているものの、許容範囲だ。こちらにもたれかかる真昼の重みを感じながら、軽く呻くだけで済んだ。
咄嗟に受け止められたのは幸いだろう。
「……藤宮さん」
真昼が顔を上げて、微妙に呆れたような視線を向けてきた。怒ってはいないようだが、色々と物言いたげな様子だ。
「転んだ私が悪いのは認めますが、こういう事があるから片付けをするべきだと」
「誠に申し訳ありません、反省しております。……怪我はしてないな?」
「平気です。わざわざ受け止めてくれてありがとうございます。こちらこそすみません」
「いや俺のせいだし……」
ただでさえご飯を分けてもらっていてあまつさえ掃除も手伝ってもらっているというのに、それが原因で怪我でもさせたら目も当てられない。
というか申し訳なさすぎて顔も合わせられなくなるだろう。
望むなら土下座まで視野に入れているのだが、真昼は転んだ事については責めるつもりはないらしい。
まったくもう、と可愛らしい声で小さな悪態をついているのは仕方のないことだった。
「こんな事がないように片付けるんですからね?」
「存じてます。本当に、申し訳ありません」
「……いやそこまで言わなくてもいいです。私が勝手に手伝ってるだけですし」
ちょっとだけ慌てるようにこちらを見上げてくる。
図らずももたれたような体勢から至近距離でのやや不安げな上目遣いとなっていて、周としては非常に落ち着かない。
ただでさえあまり女に縁がない周にはこういった距離は心臓に悪いというのに、美少女と密着しているのだ。
いくら双方に恋愛感情がないとはいえ、なんというかとてもよろしくない気がした。
真昼がこの体勢を意識していないようなので、周はそっと肩を掴んで彼女を剥がし、顔に羞恥がのぼる前に立ち上がった。
「……続き、するか」
「そうですね」
幸いな事に、真昼は周の動揺には気付かなかったらしく、周が差し出した手を素直に掴んで立ち上がる。
真昼はくっついていた事は全く意識していないようで、いつも通りの表情を見せていた。
周としては、まあ真昼のような数多もの男に好意を寄せられてる少女がこれくらいで動揺する筈もないか、という事で納得は出来たのだが。
平然としている真昼に苦笑して、周も真昼に任せきりでは悪いと気合いを入れて掃除を再開するのだった。
「……びっくりした」
周も慣れない掃除に四苦八苦していたからだろう。
小さく呟かれた言葉と、色素の薄い髪に隠れてほんのりと耳が赤くなっていた事には、ついぞ気付かなかった。
気付いたら朝日刊二位にいてびびりました。(昼の更新は分かりませんが)
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周への感想にめっちゃ笑いました笑
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