36・え? 何? これ僕のせい?
ていうか100話が見えてきた(;・∀・)
こんなに続くとは。
今回は4章最終話。
次回から5章に続きます。
│ ■ミイト国・首都ポルト │
│ ■高級ホテル『ドーセット』正門前 │
「あの……これはどういう……?」
目の前の光景に、バーレンシア侯爵はただ困惑の
声を上げた。
あれから数日経過し―――
トーリ姉妹との挨拶も済み、ミイト国から帰国する
日になり、ホテルから出るバーレンシア侯爵一行が
見たものは……
主人に忠誠を誓う騎士のように片膝をつき、
右手を胸につけ頭を下げる、レイシェンの
姿だった。
「シッカ子爵令嬢、その―――
そこまでの儀礼は必要ないのではありませんか?」
侯爵と同じく貴族であるバートレットが、彼女に
注意と共に真意を質す。
「―――これくらいさせて頂かねば、
気が済みませぬ。
この度、代々の忠義が王家に認められ、
近く謁見の場まで設けて頂けるとの事……
これも、バーレンシア侯爵様の口添えが
あっての事です!」
「は?? い??」
レイシェンから名指しで感謝された当人は、さらに
混乱を加速させる。
「ちょ、ちょっとお待ちください。
侯爵様はわたし達とずっと一緒におりましたよ?
口添えなんて、いつどなたに―――」
ポーラの疑問に応えるように、レイシェンは
ゆっくりと立ち上がった。
「失礼いたしました。
実は先日、ディーア公爵様が屋敷に
来られまして……」
―――レイシェン回想中―――
│ ■シッカ子爵邸 │
「これは―――公爵様。
どうして我が子爵家へ……」
40を少し過ぎたと思われる、グレーの短髪の
その男性は、レイシェンを前にしてその威厳で
座りながらにして彼女を圧しているように見えた。
「(本当に、どうして……
『枠外の者』、『新貴族』と親交があるのは
隠し通してあるはず―――)」
表情には出さないものの、心中は穏やかではなく、
早く時間が過ぎ去るのを祈るように待つ。
「いや、そうかしこまる必要は無い。
突然の訪問で失礼しているのはこちらだ。
ただ、良い話というのは早い方がいいと
思ってね」
「……?? 良い話?」
ディーア公爵の言葉で緊張が和らぎ、しかしその意図が
読めずにレイシェンはキョトンとした表情を返す。
「……君が、『枠外の者』、『新貴族』と
交流を持っているのは知っている」
その内容に、緩んだ気が一瞬で硬直し、
そのままレイシェンの全身を固定させた。
しかし、続けて出てきた公爵の言葉は、
彼女の理解をまた遠ざける。
「別にその事で責めに来たわけではない。
法で禁じられている事でもなし―――
むしろその事についてはこちらが詫びるべき
だろう―――そう仰られてね」
「い、いえ。お恥ずかしい限り―――
……詫びる?
どなたがそう仰られて……」
混乱する中でもいったん謝罪の意を示し、
その上で状況の把握に努めようと聞き返す。
「もちろん、陛下だ。
『代々、変わらぬ忠誠を尽くしてきた
家があるというのに、それに対し王家は
何を報いてきたのか―――
不逞の輩がのさばるのも当然……
全ては余の不徳の致すところである』
そう仰られ―――
シッカ家の長年の忠義を認め、近いうちに
必ず報いる場を設ける、との事だ」
驚きを通り越して目が点になり、放心に近い形で
硬直しているレイシェンを座らせたまま、公爵は
立ち上がった。
「それでは、これで失礼するよ。
―――シッカ『伯爵』令嬢」
その声に彼女はハッとなり慌てて立ち上がる。
そして、放置出来ない言い間違いを指摘する。
「あの、こ、公爵様?
わたくしは『子爵』でありますが……」
「正式に発表されるのはまだ先だが、シッカ家は
子爵から伯爵に陞爵された。
恐らく謁見の場で―――
陛下から拝命する事になるだろう」
喜びと驚きと混乱が脳内を一通り駆け巡った後―――
レイシェンの口からは、ようやく感謝を伝える言葉が
形成された。
「み、身に余る光栄です。
ディーア公爵様……!」
片膝をつき、騎士としての礼を持ってその恩に
応える。
そして彼からの返答は―――
「―――礼なら、今この国に来ているバクシアの
バーレンシア侯爵に言う事だ。
高潔な人格で有名な御仁だが、その彼が
『ミイト国にも忠義に厚い人物がいる』と、
シッカ子爵家の名を出したのだからね」
「……バーレンシア侯爵様が……」
―――レイシェン回想終了―――
「……という訳で、この国を離れる前にどうしても
侯爵様にお礼を伝えたくて―――」
そう、尊敬と感謝と恩義の入り混じった視線を
向けられた当人は、倒れそうになる自分を支える
人たちに小声で質問を向ける。
「(え? 何? これ僕のせい?)」
「(こ、侯爵様のお言葉がきっかけになったのは
間違いないかと)」
「(取り合えず、何か声をかけてあげれば
いかがでしゅか?)」
マルゴットとナヴィがアドバイスし、
バーレンシア侯爵は体ごと視線をレイシェンの
方に向ける。
「いやいや、別に―――
君のためとかそんなんじゃなくて……
話の流れで名前を出しちゃったかも知れないけど。
ホラ、侯爵って言ってもバクシアの人間だし……
あんまり関係無いと思うし?
だから恩に感じる必要は無いよ」
*・゜゜・*:.レイシェン脳内補正(美化率300%)・*:.。.
「―――買い被り過ぎだ。
僕はどの権力にも特定の地位にも肩入れする
つもりは無い―――
しょせんは他国の一貴族……
君に感謝されるような覚えはないさ―――」
彼の言葉(脳内補正)を聞いて、彼女は感謝を示そうと
なおも食い下がる。
「そ、そうですか……
ではせめて―――
許されるところまで、お見送りさせて
頂けないでしょうか」
「でもいいんでしゅか?
さっき、伯爵になるって言ってましゅたが、
そんな時期に国を留守にしゅるのは」
ナヴィの疑問に、こちら側の伯爵が答える。
「それは……大丈夫だと思います。
陞爵の手続き、ましてや国王との謁見の準備に
数ヶ月は要するでしょうから―――」
問題は恐らく、その場にバーレンシア侯爵も
絶対呼ばれる事でしょうが……
という予想を、伯爵は口には出さず飲み込んだ。
「まあ、そうだね。
じゃあ、適当なところまでお見送りを
お願いするよ」
侯爵本人も同意し、一人加わったところで
帰りの馬車に一行は乗り込んだ。
│ ■バクシア国・首都ブラン │
│ ■ボガッド家屋敷 │
「……それで、バーレンシア侯爵様は?
もうフラールに行かれたのですかな?」
数日後―――
アルプを通じて帰りの連絡を受けていたボガッド家で、
ミイト国から戻って来た一行と、フラールも交えて
報告が行われるはずだった。
しかし今回の件の中心人物が現れず―――
家主であるローン・ボガッドを始め、留守番組は
不思議そうに一行の顔を見渡す。
│ ■フラール国・アルプの果樹園 │
│ ■アルプの家 │
「侯爵様はどうしたんだい?
お腹でも痛くなったか?」
「ミ、ミモザ姉っ」
フラールでも、眷属の姉が侯爵の不在を
疑問に思い、口に出す。
│ ■ボガッド家屋敷 │
「どゆ事?
彼はどうしちゃったんですか?」
「ポーラ姉さま?
侯爵様は、バクシアまで帰ってきた事は
帰って来たんですよね?」
「そうなんですけど、侯爵様の館は今
混乱というか何というか……」
女神、そして妹の問いに、眷属は上手く説明出来ない、
という体で返す。
「なんつーか、話がよく見えないな」
「帰国前のご神託では、万事いい方向で
話は収まったって聞いてたけど?」
ソルトとシモンが率直に感想をもらし―――
バートレットとマルゴットが顔を見合わせる。
「ええとですね……」
「シッカ『伯爵』令嬢様が―――
バーレンシア侯爵様の館までついてきて
しまいまして」
その言葉に―――
バクシア・フラールで待機していた全員が
『は?』と同時に声を上げた。
―――バートレット説明中―――
「……ははあ、なるほど。
侯爵家の方々が、バーレンシア様が
婚約者を連れて帰ってきたと勘違いしたと」
「それで大騒ぎになっちゃったのね」
老夫婦は納得したように、大きく息を吐く。
「レイシェンしゃんも否定したのでしゅが、
混乱したのか積極的に反論出来なかったん
でしゅよ」
「それがさらに騒ぎを加速させて……
(というか、彼女もまんざらではない顔を
していましたけど)」
ナヴィとポーラが、状況を説明し―――
バートレットとマルゴットがそれを引き継ぐ。
「一応、彼女は剣を教えてもらう『弟子』だと
いう事になって、落ち着きましたが」
「侯爵家の『ミイト国との良縁を絶対逃がすな!!』
という圧力がすごいようです……」
│ ■フラール国・アルプの家 │
「しかも当初聞いていた『商人の娘』ではなく、
『伯爵家の令嬢』ですものね」
「そりゃあ、家の人たちも必死になるわな」
アルプの家で待機していた、母親と情報屋の男も
ウンウンとうなづく。
│ ■ボガッド家屋敷 │
「それ、どうやったら収拾がつくの?」
さすがにフィオナも不安の色を隠せずに聞くが―――
「まあ、いつまでもフラール国代官の仕事を
放置は出来ないと思いますので……
その頃には彼女もミイト国に戻るでしょう」
伯爵が女神の心配に一区切りつけるために、
楽観的な予想を語る。
「僕、皆さんが帰って来たら、一緒にフラールに
戻ろうと思っていたんですけど―――」
「さすがに今回は仕方なかろう……
侯爵様の馬車は後で用意させよう。
『女神の導き』をフィオナ様に拝謁させる
準備もあるだろうし―――
アルプも、ソニアと早く会いたいのではないか?」
義理の孫の心情に配慮し、ローンが帰国をうながす。
「そうですね。
ナヴィ、ポーラ―――お疲れ様でした。
他の方々も……
アタシも、彼らと会うための準備をしたいと
思います」
女神の言葉に、その場にいる全員が頭を下げる。
「(……ちなみにフィオナ様。
準備とは何をするつもりでしゅか?)」
「(え? アタシとナヴィでこの世界で活躍した
記録を、一大感動巨編にして、演劇でそれを
再現して上演しようかと―――
もちろんアタシがヒロインで、恋人役は
ナヴィにアルプにシモンにファジーに、
伯爵侯爵あとえーとえーと)」
「(しないでしゅよ?
やらないでしゅよ?
させないでしゅよ?)」
誰にもわからないフィオナとナヴィの不毛なやり取りが
いくらか行われた後、一行は解散となり―――
アルプ・バートレット・マルゴットはフラールへ、
ポーラ・メイはバクシアへ留まり、いつものように
シモンの店に通う日常へ戻った。
トニックはボガッド家に呼ばれ、ソルトと合流し―――
しばらくはバクシアを中心にミイト国の『女神の導き』
との連絡役を務める事に、
アルプの家にいたファジー、ミモザはそのまま、
アルプの母ソニアの下、『女神の導き』との会合が
決まるまで滞在、果樹園を手伝う事になった。
なお、バーレンシア侯爵はこの後間もなく、
代官としてフラールに戻る事になるが、
同時にレイシェン・シッカ伯爵令嬢も帰国し、
脳内補正された侯爵を本国で褒め称え触れ回り、
さらには剣の腕を見込まれ、レイシェンたっての
願いで、ミイト国・王族直属の騎士団の師範と
なる事を、彼はまだ知らない。
│ ■ミイト国・首都ポルト │
│ ■シンデリン(トーリ)家屋敷・応接室 │
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう、ネーブル」
トーリ家にも日常が戻り、シンデリンは執事である
ネーブルが淹れてくれたお茶に口をつける。
「どうでしょうか、お味は」
「ん……味はいつものより何か酸味が……
香りも何か薄いというか……
新しいのを仕入れたの?」
カップをテーブルの上に置き、率直に感想を述べる。
「いえ、ちょっと茶葉が古くなって
おりましたので。
ああ良かった、ベルティーユ様やお客様に
出す前で……」
「その『良かった』に私は含まれないの!?
ていうか自分の主人を事前調査に使わないで
くれる!?」
「だってもったいないじゃないですか。
切り詰められるところは切り詰めて
いきませんと」
「あれーおっかしいなー。
ウチってミイト国でも有数の財閥のはず
なんだけどなー」
いつものやり取りをしている主従の部屋に、
ノックの音が響く。
ネーブルが返事をして扉を開くと、彼の主人の
妹が現れた。
手に一通の手紙を持って―――
「あら、ベルちゃん。どうしたの?」
「……『枠外の者』関係者からの……お手紙……」
その出された手紙を見ながら、主従は顔を
見合わせる。
「え?? また?」
「何でしょう、お見合いはきちんとお断りした
はずなのですが」
封筒がベルティーユからネーブルに手渡され―――
慣れた手付きで彼は手紙を開封した。
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在2856名―――
―――5章へ続く―――