33・デキる女だって、わかってもらいますわ
家に帰ってラストスパートしようとする時に
限って仕事にトラブルが起こるのは仕様です
それではよい旅を(#・ω・)
日本・とある都心のマンションの一室―――
女神・フィオナと、そのお目付け役・
ナヴィ(人間Ver)が、とある事のために
スタンバイしていた。
「準備はよろしいでしゅね、フィオナ様」
「お、おっけーです」
『時々は眷属に個人的に連絡を取りなさい』
そう、両親から注意されたフィオナは、第一の
眷属に神託を繋ぐ。
『狂信化』の確認と、眷属となった後の悩みなどが
あるか、ケアするためである。
「……もしもし、アルプ。聞こえますか?」
(あっ、フィオナ様ですか?
何かありましたでしょうか?)
寝た後の夢の中でも神託は繋がると聞いて、
これならプライバシーも守られるとの配慮から、
彼の就寝時に神託が行われた。
「今、あなたは眠っています。
アタシがそこに神託を繋げているんです。
ですから、ここで話す事は誰にも聞こえませんし
わかりません」
(そ、そんな事が……
何か重要なお話でも)
緊張するアルプの声を察して、ナヴィは
必要以上に砕けた態度でフィオナに先を促す。
「あ、別にしょんな心配する事じゃないでしゅ。
ホラ女神、はよ言え」
「え、えっとですね。
ただアタシはアルプが心配で……」
(?? 僕が?)
一息ついて、なるべく変に気負わせないように
言葉を選びながら、フィオナは話を続ける。
「……アルプは、アタシの初めての眷属なんです。
一緒にいた時間もそれなりに長いですし、誰よりも
信用しています。
ですから、その……アタシがファジー君や
ポーラさんを新たに眷属として増やすのって
アルプ自身はどう思ったのかな、とか……」
(それは、フィオナ様が必要だと判断されたの
ですから―――
眷属である僕が口を出す話では……)
おずおずと語るアルプに、ナヴィがさらに
本音を促すために割って入る。
「遠慮しぇずに気にくわないところがありゅのなら
どんどん言ってやっていいんでしゅよ?
目と耳が2つあって鼻が1つあるところとか」
「基本的なパーツ数はどうにもならないん
ですけど!?
ていうかナヴィは普段からどんだけ
アタシに不満持ってるんですかー!!」
主従のいつものやり取りに気がほぐれたのか、
苦笑しながらアルプはやっと重い口を開く。
(そうですね……
ファジー君が新たに眷属になった事に関しましては、
正直、不安と期待が半々、という感じでした。
眷属が僕だけじゃなくなってしまう、という
不安というか……
同時に、僕一人だけでフィオナ様を支えられるのか、
という心許なさも常にありましたので)
「ふみゅう。では今は?」
言い難い事なのか少し間が開くが、
申し訳なさそうに彼は話し始めた。
(個人的には、非常に助かったと言いますか―――
あの、これは言わないで欲しいんですけど……
おじい様とおばあ様の事です)
「?? ボガッド夫妻がどうしたの?」
予想外の人物の名が出てきた事で、思わずフィオナが
聞き返す。
(えっと、僕がその、ボガッド家の跡継ぎに
なったとはいえ、過分な贈り物やお世話に
お母さんも少し困っていて……
贅沢な悩みではありますけど。
そこにファジー君が来てくれたおかげで、その、
量が二分されたといいましょうか)
「あー、目標が2つに増えたからでしゅか」
「目標ってアータ」
お目付け役の分析を肯定し、眷属は話を進める。
(言葉は悪いですが、その通りです……
お母さんもミモザさんが来てくれたおかげで、
最近は少し楽になったと言ってましたし。
ですから個人的にはその、眷属を増やして頂いて
非常に助かりました)
「ふみゅ。初孫アタックが緩和されたと
いう事でしゅね。
まあ、アルプ君としては結果的に
良かったという事で」
「そ、それじゃアルプ、今後ともよろしく
お願いしますね。
では、そろそろ本編スタートしましょう」
│ ■ミイト国・高級ホテル『ドーセット』 │
│ ■バーレンシア侯爵一行 応接フロア │
「……まさか、本当にいらっしゃるなんて。
えーと、トーリさんと……」
「レイシェン・シッカです。
ミイト国の子爵家の娘です」
「バトラコス・ギュウルフだ。
シッカ子爵令嬢と同じく、ミイト国の貴族―――
男爵家の者だ」
予め聞かされていたとはいえ、マルゴットは
『新貴族』の2人を前に動揺を隠せないでいた。
トーリ家の屋敷での騒動の後、ポーラの提案で―――
『ある事』のためにここに集まる事にしたと、
そう聞かされたのは夕刻、『ドーセット』に
彼ら一行が戻ってきた時だった。
「えっと……ネクタリンさんの提案で
来たんですよね?」
「おう。こんな物が必要っていうんで、
一応持ってきたが」
「領収書や領内での経費等の書類です」
決して薄くは無い書類の束がテーブルの上に
置かれ―――
ポーラはそれをパラパラとめくって目を通す。
それを横目にマルゴットはバートレットの肩を
叩き、不安そうに質問する。
「でもいいの?
このお見合い、破談にするって言ってたのに、
ここに集まっても―――」
それを聞いたシンデリンが、伯爵よりも先に
説明する。
「あのお2人は、私の付き添いという事に
なっていますから大丈夫です。
侯爵様への『返礼』のため、ホテルに向かう
私の『監視役』として―――」
姉の後に、今ひとつ状況を理解しきれていない
ベルティーユとネーブルが、つぶやくように語る。
「……ん……
それにしても……何をしようと……?」
「税金対策でしょうか?
でも、それくらいでしたら、とっくに何らかの
手は打ってあると思うのですが。
お2人とも貴族ですし」
彼らの言葉に、気の無い返事のような反応を
男爵と子爵は見せる。
「あー……」
「ええとですね……それは」
気まずい空気が流れ、それを今度は2人の貴族が
引き継ぐようにそれぞれ口を開く。
「有能な会計士や財政顧問を雇えれば、確かに
それなりの対策は出来るのですが……」
「知ってる?
人を雇うのってタダじゃないんだよ?」
伯爵、そして特に思うところがあるのか
涙目になりながら侯爵は絞り出すように話す。
「……ビューワー伯爵様の財政は私が相談に
乗っておりますし……
侯爵様は今はボガッド氏がもろもろの顧問を
やっておりますから―――
信頼のおける御用商人の1人でもいないと
厳しいでしょうね」
マルゴットが商人の立場から実情を説明し、
沈黙が部屋に戻ってくる。
1人、会話の輪の中に入らず黙々と書類に
目を通していたポーラは、一通り見終わったのか
トントン、と紙の束を立てて整えた。
「―――では、ナヴィ様。
フィオナ様との神託をお願いします」
「了解でしゅ。
フィオナ様、準備は完了していましゅね?」
│ ■バクシア国・首都ブラン │
│ ■高級青果店『パッション』応接室 │
「―――はい。全員揃ってます」
そこには店長(跡継ぎ)のシモンを始め、アルプ、
メイ、ボガッド氏、ポーラの父シオニムも席に
ついていた。
(ソルトはボガッド家屋敷で留守番後に情報共有)
「すまないね、娘がここを指定したので―――」
(ごめんなさいシモン君。
このお店しか思いつかなくて)
眷属の父が頭を下げ、続いてミイト国から
彼女の謝罪が届く。
「まあ、徴税官サマにご来店されるのは
精神衛生上良くはねーけどよ。
ただこの店によく来るお得意様の父親で、
ボガッドさんも重要な取引先の祖父にあたる
人だからなあ……
来店しても何の不自然もねえ。
確かに集まるならこの店だ」
│ ■バーレンシア侯爵一行 応接フロア │
「なるほどでしゅ。
さすがポーラさん、優秀でしゅね」
シモンの評価にナヴィが賛同し、周囲も同意した
ように頷く。
「いえ、フィオナ様の眷属として、これくらいは
出来なければ……」
(私も優れた眷属がいて、鼻が高いですよ、
ポーラさん)
主人である女神からお褒めの言葉をもらい、
彼女は恭しく返礼する。
「もったいないお言葉……
必ずや、ご期待に応えられるようにいたします。
(フフ……ウフフフフ……
これで未来の妻としてのアピールはバッチリ……!
シモン君に会計だって税金対策だってデキる
女だって、わかってもらいますわぁああ……!)」
│ ■高級青果店『パッション』応接室 │
「!?」
背筋に悪寒が走り、思わずシモンは周囲を
キョロキョロと見回す。
「シモン君?
どうかしました?」
「いや何か急に寒気が。
すまねえ、続けてくれ」
メイが心配そうにシモンを気遣うと、彼は
事の続きを促した。
(じゃあお父様、ギュウルフ男爵様の方から
いきますね)
「ああ、読み上げてくれ」
│ ■バーレンシア侯爵一行 応接フロア │
1時間ほどして―――
書類や資料の精査が終わった。
減免や経費扱いについてシオニムとローンが、
国家間の商法の差についてはシンデリンと
ベルティーユがサポートし、それをポーラが
まとめ、結果として―――
「……ふぅ。
これで納税額の3割ほどは戻ってくると
思います、ギュウルフ男爵様」
「マジかよ!?」
ポーラの報告を聞いて、彼は飛び上がらんばかりに
全身で喜びを表現する。
「あと、シッカ子爵ご令嬢様の方ですが……
1割くらいしか戻らないかもしれません。
普段から質素倹約されているようですので……
あとやはり、私兵の多さ、その維持費が問題
かと―――」
「それだけでも戻ってくれば、感謝しても
し切れないくらいです」
深々と頭を下げ、感謝の意を捧げる。
「でもねえ―――
言ってみればその私兵は、忠誠の証でも
あるんだろう?
国は何か、配慮とかしてくれないのかい?」
バーレンシア侯爵の問いに、静かに彼女は
首を左右に振る。
「……ですから、時代遅れなのですよ。
何代も前の先祖の誓いを守って、
報われない負担をし続ける―――
王家とて、その誓いを覚えているか
どうか……」
その表情に影を落としながら、レイシェンは微笑む。
自らに言い聞かせるように―――
「その『神託』とやらがどんな仕組みかは
わからねえが……
まあ何だ、とにかく世話になったな。
何かあったら情報を流してやる事くらいは
出来るぜ」
「もし内密に相談したい事があれば、ご連絡を。
『枠外の者』も『新貴族』も、簡単に裏切る
事は出来ませんが―――
このレイシェン・シッカ―――
必ずや恩義を返しますれば」
2人がほとんど同時のタイミングで頭を下げ、
そして視線を戻すと、男爵と子爵令嬢の視線は
1人に向けられた。
「あと、最後に1つだけ―――」
「聞きたい事があるのですが」
何の事かと周囲に疑問の空気が形成され、
顔を見合わせる。
「そこにいるお嬢さんは、その、何だ」
「結局―――
女性なのですか? 男性なのですか?」
その問いに、まず女性陣が吹き出し―――
つられて侯爵と伯爵も苦笑し始めた。
│ ■高級青果店『パッション』応接室 │
「これで一通り終わりかな?」
(ありがとうお父様、お疲れさまです。
フィオナ様もアルプ君もボガッドさんも―――
シモン君もありがとうございます)
一段落した彼らは、互いの安堵のため息をつき
ポーラは皆をねぎらう。
「しかし、横で話を聞いていただけだが―――
ポーラってすげぇ有能だったんだな。
さすが、フィオナ様に選ばれただけの事はあるぜ」
「当然です!
フィオナ様のなされる事はいつも正しいのです!」
シモンの言葉をアルプがそのまま賞賛し―――
そして信仰対象の女神に目をやると、
「ふふふ……それほどでもあるんですけどねでも
そろそろグロッキーかなねえアルプお屋敷に
帰る時はアタシおぶってって欲しいなーとか」
「フィオナ様!?」
神託で力を使い果たしたのか、疲労困憊した
彼女がアルプの目に入り、そのまま神託を
終える事になった。
│ ■高級ホテル『ドーセット』ロビー │
10分ほど後―――
階下ロビーに、トーリ姉妹と子爵と男爵を見送り、
一息つく5人の姿があった。
「はー……
やっと終わったね」
「お疲れ様でした、侯爵様」
伯爵がフラフラになった侯爵の健闘を称え、
取り合えず大きめの丸テーブルに着席を促す。
「今後のご予定はどうなってますか?」
「一週間くらいは滞在期間があるけど、
思ったより早くコトが済んじゃったからなあ。
あの『女神の導き』とも挨拶くらいは
しておかないとダメだろうし」
商人の問いに侯爵は大きく伸びをしながら応え、
プレッシャーから解放された喜びを噛み締める。
「数日は残っているんですよね?
少し休息をしてもバチは当たらないと思います」
「今回は『新貴族』の2人に図らずも恩を売り、
『女神の導き』の存在、彼らとのつながりまで
得る事が出来ました。
来た意味は十分過ぎるほどあったかと。
ゆっくりお体を休ませてくださいませ」
ポーラとマルゴットもバーレンシア侯爵を
ねぎらい、さらに気が緩んだのか、彼は
テーブルの上に頬を擦り付ける。
「うん。もう何もないよね、きっと。
予定通りお見合いも断ったし、『新貴族』の2人も
上に悪いようには言わないだろうし……
あ、言い訳用に家族にお土産買わないと」
「ちょっと飲み物でも取ってくるでしゅよ。
皆さんは侯爵様をお願いするでしゅ」
ナヴィは席を立つと、侯爵ほか全員を気遣い、
彼はカウンターへと向かった。
「あ! おねーちゃん!」
「??」
不意に背後、腰下からの声にナヴィは振り向いた。
そこには、見知った少女の顔があった。
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在2844名―――