20・飛んだり跳ねたり日向ぼっこして
毎週、金曜日の26時
(土曜日の午前1時)に更新します。
日本・とある都心のマンションの一室―――
「ねーねーねー、ナヴィ」
部屋の主人である女神・フィオナが、お目付け役である
ナヴィ(猫Ver)に声を掛ける。
「何でしょうか、フィオナ様」
後ろ足で頭をかきながら、彼女の問いに返事をする。
「何かアタシのPC、
何度落としても勝手に起動するんだけど」
その言葉に、お目付け役は彼女の机に飛び乗って、
状況を自分の目で確認する。
「便利ですね」
「くじけねぇ」
PCの不調を訴える女神とその現物および現象を
前にしながら、1人と1匹は会話を続ける。
「まあ動いてはいるわけですし―――
そのまま、直し方とか検索すればいいのでは」
「やっぱりそうなるかなあ。
ナヴィはPC苦手だっけ?」
困ったようなため息を付き、お目付け役は応える。
「私はせいぜい、『アンカー』に意見を求めたり
あちらから接続して見るくらいですよ。
詳しいわけではありません」
「ん? でもそれにしては、以前アタシを
履歴とかで脅してきませんでしたっけ?」
3章2話での出来事を思い出し、確認する。
その問いに対するナヴィの答えは―――
「ああ、そういう知識はある程度、
ア ル フ リ ー ダ 様 か ら
ご教示頂きましたので」
「ウン今なんて?
何か今ものすっごいパワーワードが
聞こえた気がするんですけど」
無表情になったままの顔で、女神はお目付け役に
問い質す。
「ですから、申し上げた通りです。
『ぴいしい』『ねっと』の基礎知識やマナーは
ご主人様から―――」
「えーっと……
その知識でアタシのPC調べたりした?」
フィオナの問いに、顔を左右に振って否定の
意を示すナヴィ。
「ですから、いくら何でもプライバシーに関する
事はしませんよ、私は」
「そ、そうよね!」
ホッとした表情のフィオナを前にして、ナヴィは
考え込む。
(……時々、アルフリーダ様がフィオナ様の
『ぴいしい』を触っている事については
黙っておいた方がいいかも)
「?? 何か言いました、ナヴィ」
「いえ、別に。
それではそろそろ本編スタートしましょう」
│ ■ミイト国・首都ポルト │
│ ■バーレンシアご一行・宿泊施設ロビー │
バーレンシア侯爵一行と、トーリ家姉妹は―――
恋人役がどうして一緒にいるのか理解出来ず、
その光景に戸惑いを隠せずにいた。
その状況を打開すべく、ナヴィの方から
おずおずと身を沈め、語り始める。
「こりぇは、バーレンシア侯爵様―――
そちらはトーリ家の方々でしょうか。
お初にお目にかかりましゅ、ナヴィと
申しましゅ」
つられるように、慌ててポーラも身をかがめる。
「は、初めまして。
ポーラ・ネクタリンと申します」
そして、もう一人の恋人役も―――
「バーレンシア侯爵様でいらっしゃいますか?
初めまして、シンデリン・トーリ様の従者―――
ネーブル・ヒッツと申します」
うやうやしく礼をする3名に、ようやく目の前の
彼らは我に返った。
同時に、ナヴィとネーブルも互いに今回の件の
当事者だと理解し、ポーラも加わり頭を下げる。
「……失礼しましゅた。
トーリ家の方でしゅたか」
「き、気付きませんで……」
「いえ、こちらこそ―――
バーレンシア侯爵様の関係者の方とは知らず」
互いの一礼が終わると、今度はそれぞれの
主筋にあたる貴族と商人が、口を開く。
「あ……ネーブルさん、ですか。
どうも、ナヴィさ……ナヴィがお世話に
なっていたみたいで」
「えっと……ナヴィさん? でしたっけ。
どうしてその、ネーブルと一緒に?」
2人―――バーレンシア侯爵とシンデリンはまず、
状況の確認のために説明を求めた。
「ちょっとしたトラブルを、未然に防いで
いたのでしゅ」
「詳しい事は後でお話ししますが―――
可愛いお姫様の落とし物を、拾ってあげた
だけです」
その言葉に、きょとんとした表情を返す一同。
ただ、シンデリンとバートレットは意図を解したのか、
苦笑して口元を歪めた。
そして、会話を再開しようとしたバーレンシア侯爵を
先回りするかのように、シンデリンが声を発する。
「―――そうでしたか。
お見送りはここまでで結構ですわ。
それではごきげんよう、バーレンシア侯爵様。
正式なお見合いの日まで、また」
続いて、従者、そして妹も一礼し、ナヴィとポーラは
その場に残って、侯爵と伯爵、商人と一緒に訪問客の
後ろ姿を見えなくなるまで見守った。
「あの、どういう……?」
「まあ、部屋に戻ってからお話ししましゅ」
バーレンシア侯爵の疑問の声に、ナヴィはまず
部屋へ帰る事を勧め、一同は階段へ向かった。
│ ■バーレンシアご一行・宿泊施設 ナヴィ部屋 │
部屋に到着した彼らは、どこから質問したらいいか
模索しているようだった。
その心労に配慮してか、ナヴィの方から口を開いた。
「まずでしゅね。
彼女―――ネーブルしゃんについては、全くの
偶然で出会ったんでしゅ」
「たまたま、着席したテーブルにあの方が
いらっしゃったんです。
意図的なものは無いと思います」
ポーラも、みんなの心配を払拭するかのように説明する。
「何かトラブルがちょっとあったような口ぶり
だったけど……
それはナヴィ様が?」
侯爵の質問に、ポリポリと頭をかきながら返答する。
「小さな女の子がいたんでしゅが、その子から
アクセサリーを盗んだ男がいたんでしゅ。
ネーブルしゃんは捕まえようと言ったんでしゅが、
騒ぎにしたくなかったので、彼女と協力して―――
あの子に返しただけでしゅよ」
「……!
なるほど、しかしよく取り戻す事が出来ましたね?」
バートレットの言葉に、現場にいたポーラが
状況を語る。
「何をしたのか、私には見えませんでしたけど……
とにかく、ナヴィ様が男から何かを取り戻し、
それを女の子に渡したのは事実です」
「それで騒ぎは最小限で済んだ、という事ですか。
それなら、気にする事はないかも知れませんね」
マルゴットの言葉にようやく安心したのか、
バーレンシア侯爵の口から大きなため息が漏れた。
それを見ながら―――
ナヴィは思った事を口に出すのを止めた。
(しかし、あのネーブルという女性……
何か同類というか、私と同じ匂いが
したのでしゅが……)
│ ■シンデリン(トーリ)家屋敷 │
同日、夜も更けて―――
屋敷に戻った姉妹と従者は、改めて情報を
整理していた。
「しかし、あそこでドロボーさんが出るなんてねえ。
命がいらないのかしら」
シンデリンは出されたカップに口を付けながら
独り言のようにつぶやく。
「下手をすれば、我が国の王族も使う施設
ですからね。
まあ失敗した事はわかったでしょうし、
今後しばらくはあそこで悪さはしないんじゃ
ないですか?」
主人とは対照的に直立したままの姿勢で、少年は
個人的な感想を述べる。
「……捕まえなかったのも……いい判断……
……きっと、騒ぎになってた……」
ベルティーユも、彼の行動に賛同の意を示す。
「そういえばベルちゃん、頼んでいた調査は?
まだわからないの?」
「……ん……あのナヴィさんって人……
……出身地も……戸籍も……身分も……
ぜんぜんわからない、みたい……」
トーリ家の手の者で、すでに彼らの身辺調査は
行われており―――
それでも彼女(彼)の正体は当然ながら
つかめないでいた。
「少し接しただけですが―――
彼女は、只者ではないのは確かです」
姉妹は彼の言葉に少し驚きながらも、すぐに
表情を元に戻す。
「……ネーブルにそう言わせるなんてね。
貴方、トーリ家の中でも腕が立つ方なのよ?
私の護衛兼執事なんだから」
「……ただ……バーレンシア侯爵が……
素性の知らない人間を連れている可能性は……
低い……と思う……
……引き続き、調査、する……」
(……しかし、あのナヴィさん……
どこか妙な感覚もあったんですよねえ……
……親近感?)
彼の悩みながらも、それを表情には出さず―――
主人の妹はカップに口を近付け、同時に姉は
テーブルの上にそれを置いた。
│ ■バーレンシアご一行・宿泊施設 ナヴィ部屋 │
同時刻―――
夕食を終えた一行は、改めてナヴィの部屋に
集まっていた。
相談、というほどの事は無いが、今後の対応を
確認がてら話し合う。
「しょれで、肝心のお見合いの日はいつに
なるんでしゅか?」
「今日、それについてのお話はありませんでした。
明日以降―――
正式な使いが来れば、わかると思います」
バーレンシア侯爵の言葉に、ナヴィは注意を込めて返す。
「あの、私に敬語も丁寧語もいらないでしゅよ。
多分、あちらも探りを入れてくるでしょうし―――
そんな言い方していたら、バレてしまいましゅ」
「う~ん、そうは言われてもねぇ……
恐れ多くて」
困り顔で返す侯爵の横で、もう一人の貴族が
商人と一緒に意見を出す。
「でも確かに、これから調査は活発になるかと」
「あちらも、ナヴィ様の正体はつかみかねていると
思いますし」
それを受けて、ポーラも自分なりの意見を述べる。
「では、ここに閉じこもるというのはどうでしょう。
それなら、情報が出る事も無いかと思うのですが」
ウンウン、と周囲がうなづく中―――
一人、それに異を唱える者がいた。
「それはどうだろうねぇ。
夕方のあの一件を聞く限り、ここもそんなに
安全とは思えない。
それに、僕が用件で外出する事もあるのに、
部屋から決して出てこない同行者がいたら―――
僕なら怪しいと思ってしまうよ」
バーレンシアの言う事は正論に思え、誰もが
同意するようにうなづく。
「……そうですわね。
侯爵様の言う通りかも知れません」
「では―――ナヴィ様はポーラさんと一緒に、
適度に買い物にでも行かれてはどうでしょうか。
返ってその方が自然で、目立たないかも
知れません。
理由は『主人の命令で』という事で―――
人口は多い国ですし、人混みに紛れれば
探りを入れてくる連中の目もごまかせる
でしょう」
マルゴットが感想を述べ、続いてバートレットが
具体的な提案を進言する。
「そうでしゅか。
ではお願いしましゅ、ポーラしゃん」
「えええっ、は、はい。
私などで良ければ―――」
ひとまずの合意と対応策を得て―――
一同は胸をなで下ろした。
│ ■シンデリン(トーリ)家屋敷 │
「……それで……どうするの……?
シンデリンお姉さま……」
その頃、もう一組のお見合い相手の方も、
方針を決めようとしていた。
「そうね―――
ネーブルは案外早く顔を見られちゃったし……
屋敷で大人しくしていた方がいいかしら?」
「そうですねえ……」
主人の言葉に、従者は特に反対する事もなく
目を閉じる。
「……住んでいる場所も……
普通に調べたら……わかる……
ここは、むしろ逆に……
お外に出ていた方が、いい……」
妹の意見に、姉も耳を傾ける。
「そうかも知れないわね。
仮にも相手は貴族だし、不確定要素に対して
何らかの調査をしてくる事は考えられるわ。
ここは首都だし、人も多いし―――
適当に外で飛んだり跳ねたり日向ぼっこしてたら
いいんじゃないかしら」
「私は猫か何かですか……
つーかどうしてシリアスな空気を維持出来ないん
ですかね。
まあ、ご命令とあらば従いますけど……
確かに適当に外出していれば、まさか偶然
あの一行に出会う事もないでしょうから」
確実にフラグを構築しながら―――
トーリ家は今後の方針を選定した。
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在2785名―――