16・だから、そろそろ、ちょっと
日本・とある都心のマンションの一室―――
一人の女神と一匹のお目付け役兼サポート役の猫が、
一緒に遅めの朝食を取っていた。
「もぐもぐ」
「モグモグ……」
「そういえばナヴィ。
昨夜、夢を見たんですけど、
それがどうでもいい夢で」
「どうでもいい夢と言われましても……
返って気になりますよ。
どんな夢でしたか?」
ナヴィは率直な感想を述べ、その内容を促す。
「いえ、本当にどうでもいい夢だったんですよ?」
「そこまで言って聞かない方が余計気になりますって。
いいから話してくれませんか?」
「えーっとですね……
地球の世界で、近所のお祭りに行く夢です」
「フムフム」
「そこで、屋台で美味しそうなお好み焼きを
見つけまして―――」
「ほう」
「値段を見たらひとつ千円って書いてあって、
『うわ、高っ!』って思って」
「ふむむ」
「そこで目が覚めました」
その後、30秒ほどお互いの間に沈黙の時間が流れた。
「……本当に心の底から死ぬほど本気で
どうでもいい夢ですね」
「だからどうでもいい夢だと。
あ、そろそろ本編に入りますねー」
│ ■ルコルア国・ファジーの家 │
「―――さて、いよいよか」
アルプとファジーが、ラムキュールの屋敷で働くように
なって後、2週間が経過し―――
いつものメンバーがファジーの家の食卓に集まり、
いつもと違う雰囲気で気合を入れる。
「うぅ、行く前から緊張してきた」
ファジーが不安そうに声を漏らすのを、先輩眷属である
アルプが励ます。
「大丈夫だよ。
何も部屋の中に入る訳じゃないし―――
何より、今回はナヴィ様も協力してくださるんだから」
│ ■ボガッド家屋敷 │
「会議らしきものが始まったら、アルプ君か
ファジー君と『繋ぐ』でしゅよ。
こっちはギリギリまで待機しておくでしゅ」
ナヴィの周囲には、マルゴットとバートレット、
そしてローン・ボガッドとトニックがいた。
こちらもいつものメンバーだが、緊張感のある
空気が漂う。
「アルプからの情報では、本日、ラムキュールの屋敷で
何らかの会合が行われるという―――
つまり、連中の目的や動向をつかむ絶好の機会だ」
事の発端は3日前、アルプが庭で雑用をしている時、
従者や使用人が慌ただしく出入りしているのを発見。
それとなく聞いたところ、近日中にラムキュールが
客を招待するので、その準備に追われている、との
事だった。
それがファジーに伝えられると、ファジーもまた
その準備のために手伝う事になり、正確な日時を
探り当てた(というか教えられた)。
これらの情報を元に、フィオナを仲介した諜報作戦が
行われる事になったのである。
「アルプ、あまり危険な事はしないでね」
心配そうにマルゴットがアルプへ注意を促す。
│ ■ルコルア国・ファジーの家 │
「僕は屋外がメインですから、それほど危険な事は
ないでしょうけど―――
危ないのはファジー君の方です。
彼は室内なので……」
「ファジー、意識して聞き耳立てる必要は
無いんだからね?
それと立ち止まらない事、自然な感じを装う事、
一度疑われたら、その場から離れて1日は
近付かない事。わかった?」
「う、ウン。わかってる」
「さて、と―――
頼むぜ、フィオナ様」
ソルトの声と同時に、全員が女神の方を振り向く。
「おっけーおっけー。
アタシはこの時のために毎日の日課である
ろぐいんを断ち……
しっかりと寝だめしてきたんだから……!!」
│ ■ボガッド家屋敷 │
「あ、途中で寝落ちとかしたら容赦なく頭から
バケツで水ぶっかけてくだしゃい。
しょれでもダメなら水風呂に投げ込むでしゅよ」
「い、意外と厳しいですねナヴィ様……」
バートレットの言葉と微妙な空気を残し―――
アルプ・ファジー組はいざ、ラムキュールの屋敷へと
向かった。
│ ■ルコルア国 │
│ ■ラムキュール・ジン屋敷 広間 │
「今日は知っての通り、ラムキュール様の客人が
お見えになる日だ。
人数は数名でそれほど多くは無いが、くれぐれも
失礼の無いようにな」
広間に、アルプ・ファジーの他、7・8人ほどの
使用人が集められ―――
スタウトが指示を伝え始め、それに従って自分の
持ち場に一人ずつ去っていく。
比較的新人のアルプ・ファジーは最後まで残り、
改めて指示を聞いていた。
「アルフはいつもと同じように庭や外回りの
雑用だが―――
ファラは、料理の運搬などをやってもらいたい。
一階から、上の階のラムキュール様の部屋に
運ぶだけだ。
そこから先、配膳などは係の者がやる。
後は適当に、厨房かラムキュール様の部屋の前で
声をかけてもらうのを待っててくれ」
「「はいっ」」
2人が元気よく返事をすると、スタウトは足早に
自分の持ち場であろう場所へと戻っていった。
(思ったより、上手く事が進んでいますね)
そこへ、フィオナから眷属へ神託を通して
言葉が繋がる。
「はい。後はタイミングを見計らって―――
ファジー君とナヴィ様が繋がれば」
│ ■ボガッド家屋敷 │
「そうでしゅね。
私の視覚・聴覚は猫と一緒ですので―――
人間ならわからない情報も入手出来ましゅ。
ラムキュール氏の部屋に近付く時だけで
いいでしゅので、その時に合図を。
フィオナ様も頼んだでしゅよ」
│ ■ルコルア国・ファジーの家 │
「こちらは感度良好です。
いつでもどうぞー♪」
かくして―――
フィオナを挟んでの、アルプ・ファジー・ナヴィの
諜報活動は幕を開けた。
│ ■ラムキュール・ジン屋敷 庭 │
「ファジー君、様子はどう?」
庭で雑用をしていたアルプは、フィオナを通じて
ファジーに連絡を取る。
「(あ、アルプさん。
何度かラムキュールさんの部屋には
行き来しているんですが……
部屋の前までしかボクは行けないので、
それ以上は)」
あれから客も到着し、さらにそこから1時間ほどが
経過していた。
中継しているフィオナが、改めてファジー、アルプ、
そしてナヴィへと連絡を繋ぐ。
「(ファジー君にはわからないでしょうけど、
その分ナヴィがしっかりと情報収集してくれて
いると思います。
ナヴィ、今、どんな感じ?)」
│ ■ボガッド家屋敷 │
「さすがに透視までは出来ましぇんが、
部屋の中の会話は拾えてましゅよ。
私が言う事を4人に記録してもらって
いましゅので―――
後でそちらと共有すると思いましゅ」
ナヴィと一緒に大きなテーブルを囲む、
マルゴットとバートレット、ローン、そして
トニックが、ナヴィの語る言葉をめいめいに
紙に書き込んでいた。
│ ■ルコルア国・ファジーの家 │
「上手く行き過ぎて怖いくらいだね。
ファジー、無理をする必要はないから。
あと、フィオナ様も大丈夫かい?
結構時間が経っているんじゃ……」
「そうですね。
ただ、ナヴィと神託を仲介しているのは
ファジー君がラムキュールさんの部屋に
近付いた時だけ、ですので。
だから、そろそろ、ちょっと」
「ちょっ!?
笑顔のままグロッキーにならないで!
ソルト! 水! 水!」
フィオナの状況が、バクシアとラムキュール屋敷の
眷属、両方に伝えられ―――
いったん神託を閉じる事になった。
―――同日・夕刻―――
一仕事を終えて帰ってきたアルプ・ファジーを
迎え入れ―――
夕食の後、改めてバクシアで整理した情報を
もらう手はずとなった。
│ ■ファジーの家・フィオナの寝室 │
「大丈夫ですか、フィオナ様ぁ……」
心配そうに、アルプがフィオナの元へ早足で
彼女のそばに寄る。
「あ、あのっ。
お客様に出した料理やお菓子の残りをいっぱい
頂いてきたので、後で食べましょう!」
「そうね~……
後で、まとめて、頭のてっぺんからつま先まで、
頂くとするわぁ……」
「い、意識が朦朧として、
また訳のわからない事を……!」
「ここはアタイが診ておくから、2人も
一休みしてくれ。
食事の支度はソルトのやつにやらせておけば
いいから―――」
こうして、フィオナの回復を待って―――
改めて情報共有がされる事になった。
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在2184名―――