04人として、正しく
薄暗い部屋の中、イスに腰掛けたまま祈るように
両手を顔の前に組む少女が一人―――
―――アタシがまず疑問に思ったのは、条件の厳しさです。
異世界物だというのに、ほとんどチートが出来ない。
神様という立場にいながら、出来る事は眷属を通して
会話をするだけ―――
これでは、心が折れても当然でしょう。
さらに、パパとママが嘔吐して離脱するという事態に―――
まんまと騙されましたよ。
危うく、弟の注文まで付けてしまいましたからね。
―――しかしアタシはここでピン、と来たんです。
この理不尽さは、神様の世界ではなく、現実の
人間社会のそれと同等であると。
初仕事でこれだけ鬼畜な条件を突きつけられるアタシは、
きっと特別な存在なのだろうと思いました。
―――そうですよね、アルプさん?
│ ■日本国・フィオナの部屋 │
「―――お前は何で心が折れているんだ?」
ここは都心部、とあるマンションの一室。
そこで女神は頭から煙を、お目付け役はツッコミに
回っていた。
「だってさあぁあああ……あの『アンカー』ども、
ちっとも書き込みが無いんだもん」
「当然です。
あちらだって情報が無いとどうにも出来ないんですから。
というより、あちらの世界でわからない事があれば、
眷属に直接聞けばいいのでは?」
「え、で、でもね、アタシ、あの時は勢いっていうか
とっさの事で話せたけど、いざちゃんと向き合って
話すとなるとドキドキするっていうか」
「はい、さっさと繋ぎますよ神託を―――」
「ま、待って!
まだ心の準備が出来てないっていうかぁあああ!!」
│ ■フラール国・グラノーラ家屋敷 │
「ただ、やはりバクシア国への奉公労働者は女性や子供が
中心となっており―――
それで他の連合諸国より、奴隷制の再開に
つながるのではないかと懸念されております。
ですが、序列4位のバクシアに表立って
反対する事は難しく―――
今のところ、他国の奉公労働者の受け入れ体制や
法の整備が整っていないという名目で、
バクシア以外への流出は避けられていると
見られております」
マルゴットは、執事らしき男の報告を聞き続けていた。
「不幸中の幸いというところですね。
ただ、そうなると今度は闇ルートで―――」
「ご心配なく。そちらも抜かりなく調査を」
「上出来ね。
―――連合法に触れれば、返ってやりやすくなるわ。
引き続きよろしくお願いします」
「はい―――ところで、今回引き取った
奉公労働者について。
成人女性が2人、少女が3人、少年が2人ですが」
「いつものように家事手伝いを教えて住み込みで
働かせてください。
あと―――あの、アルプの母親は?」
「申し訳ありません―――
今しばらく、猶予のほどを」
「……そう。
ありがとう、下がっていいわ」
初老の紳士はうやうやしく頭を下げ、
入ってきた扉から退出した。
「―――あの時、私がいれば―――」
アルプから受け取った黄金の果実―――
テーブルの上に置いたそれをながめながら、
彼女は回想していた。
国王死去を聞いて、慌てて商売先から
故郷のフラール国へ向かい―――
各種の整理を済ませると、彼の果樹園へと向かった。
霧雨の中、果樹園に一人で立っていたアルプ。
いつも一緒にいる人がいない事で、私は察した。
―――母は一昨日、奉公に行きました。
―――2、3年で帰ってくるからって。
―――あなたは男の子なんだから、父が残した果樹園を
守りなさい、って。
消え入りそうな声で、彼は言った。
その心配をかけさせまいと装った、
ほほ笑みも、姿も―――
まるで砂で出来た人形のように、
そのまま霧雨に溶けてしまいそうで―――
「女神、フィオナ様―――
もし貴女が本当にいらっしゃって、
このような事が出来るのであれば―――
あの時、どうして……っ―――」
そこまで言って言葉は途切れ―――
黄金の果実の表面に、一筋の雫が映された。
│ ■日本国・フィオナの部屋 │
「ぶうぇええっくしょい!!
う~誰かがアタシを褒めたたえているようね……」
「何だろう、無性に15発くらいビンタしたくなりました」
「その具体的な数字は何!?
ちょっと爪しまって!!」
「―――まあそれはともかく。
彼の答えを待つ間に、こちらも整理しましょう」
眷属であるアルプから情報を得ようとしたのだが―――
小さな果樹園を一人で運営している、いわば一労働者の
彼にとって理解出来る情報は少なかった。
そこで、話のわかる人―――
ビューワー、マルゴットに話を聞いてみます、
との事で、いったん神託を中断したのだ。
「しかし便利ですね、これ。
神託を繋ぐと、周囲の景色はもちろん、
彼と同じ視界や声も聞こえるなんて」
「ええ。さて、取り合えずしなければならない事は―――」
「アルプとビューワーをどうやってアタシへの供物として
捧げさせるか、ですよね」
「ごめんやっぱり30発くらいビンタしていい?」
「だから何で!?
どうしてナヴィはアタシにそんなに攻撃的なんですか!」
「―――こんな時に冗談を言うからです。
ふざけている場合ではないでしょう」
「何だと! アタシは本気ですよ!?」
「なお悪いわ」
話を元に戻し、アタシ、ナヴィ、アルプの情報を
総合すると―――
・基本的に封建制で、こちら(地球側)の中世のような
政治形態。
・貴族も軍もあるが、明確に区別はされていない。
身分が高い=その分、軍事の責務も負うシステム。
・魔法はあるが、それを使える人は極端に少なく、
王家所属である事が多い上、超上級職でめったに
会う事はない。
・人外や亜人の種族もいるにはいるが、数が極端に少なく
UMAレベル。
・経済は国家毎の自給自足でだいたい完結しているとの事。
ただ食料や高級品に限っては連合国家内で交易している。
・通貨は共通の金貨・銀貨を使用―――
「あとは政治的にはけっこう安定していた、くらいですか」
まあそれが、フラール国のトップの急死で、大きく動いて
しまった訳だけど。
「ん……と、どうやらあの果樹園はビューワーの
所領のようですね。
まずは彼に話を聞きに行くようです。
そろそろ神託繋ぎますからスタンバイしてください」
「お、おっけー」
│ ■フラール国・ビューワー家館 │
「あっ、あのっ、ビューワー様」
「2人きりの時はバートで構いませんよ。
どうしたのですか、アルプ」
「……バートレットさん。
実は、神託があったのですが、僕にはよくわからなくて」
「神託……女神・フィオナ様からですか?
わからない事とは」
「え、えっと……は、はい。奉公労働者の賃金とか、
今どのくらいの人が他国に行っているかとか……」
「……フィオナ様がそのような事を?
ですが、正直なところ私には詳しくはわかりません。
マルゴットならば、商売上他国との付き合いもありますし
わかると思いますが」
(―――まあ、やっぱりそうなりますよね。
彼は貴族っぽいし、ビジネスには疎そう。
ここは餅は餅屋って事で、彼女に―――)
「―――へえ。まだこのような『売り物』があったんだ」
(!)
(!?)
そこに現れたのは―――
いかにも身分の高そうな衣装、そして―――
フォックスタイプのフレームの眼鏡。
それが、やせ過ぎとも思える顔と短髪、体の輪郭を
引き立たせる。
レンズの裏から三白眼の眼光が放たれ、頬にある
クロスの傷とセットで威圧感を周囲に与えていた。
「どなたか存じませんが―――
失礼ですが、売り物などどこにも見当たりませんが?」
「あるじゃないか、そこに。
これなら、相当な高値が付きそうだ―――」
その言葉に、少年はビクッと肩を震わせた。
(何? 何!?
アルプ、何があったの!? 誰ソイツ!
あと結構色男なんですけど!)
(今大事な話してるから黙っててくれる?(ジャキッ))
「ああ、連絡がまだ来て無かったかな?
バクシア国代官、レンジ・バーレンシアだ。
ビューワー君だね? これからよろしく頼むよ。
しかし―――貧乏貴族には過ぎた物だね。
上手く売ればそれでひと財産、築けるんじゃないか?」
ビューワーは小刻みに震えるアルプの前に立ち、
彼を後ろへと隠す。
「連合国内での奴隷売買は、禁じられているはず―――
人を物と見るのか?」
そう言いながら、彼は腰のサーベルに手を伸ばした。
「奴隷? 何の話だい?」
「??
……あ、あのー、僕の事をおっしゃっていたのでは?」
恐る恐る、アルプが口を開く。
「……えっ、何それ怖い……
君はまだまだ子供だろう?
僕がそんな酷い事言う訳ないじゃないか(滝汗)」
(えええぇえええええbyフィオナ)
(えええぇえええええbyナヴィ)
「それに、そこのビューワー君の言う通り、
人身売買や奴隷は連合法でご法度なんだ。
それは犯罪じゃないか……!(真剣)」
(な、何でしょうか……
人としては正しい、真っ当な事を
言っているはずなのに……)
(キャラクターとして、
致命的に間違っている気がする……!)
「……何か勘違いしていたようで申し訳ありません。
では、売り物とは何の事です?」
「君の後ろにある、その館さ。
ずいぶん立派な作りだ―――
僕も貴族だから館くらいあるけどさ。
小さいのに都心部だから、維持費がすごくかかってね。
固定資産税だけでも、もう何ていうか」
「それは―――お気の毒に」
「まあ君達に取っては関係ない事だったねグスッ、
ホント、下級の貴族の身分なんか重荷なだけさ。
税金高くなるだけだし、
こんな辺境に代官として飛ばされるしズズッ(涙目)」
(うわー……)
(どうしましょう。もう強く出れませんよアタシ……)
「でも―――だからこそ、容赦はしないよ。
僕は這い上がるためにここに来たんだ。
君達の境遇には同情するけど、
このチャンスは十分に活用させてもらう―――
そして借金から解放させてもらう!
しょせんこの世は、勝者と敗者、勝ち組と負け組―――
それしかないのさ」
「あ、あの、バーレンシア様のお話を聞いていると、
勝ち組に思えないっていうか―――」
(おおーっと、
ここでアルプ選手仕掛けてイクぅーーー!!)
(済んだ瞳での悪意の無い凶刃が彼を襲うぅうーーー!!)
「やめてよっ!
これからだよ!?
まだこれからだからねっ!?」
「ア、アルプ!
誰もが思っていて口に出さない事を言うのは
止めなさい!」
(ここでビューワー選手が参戦! 追撃だァーーーッ!!)
(天然か! 2人ともド天然か!!)
「だ、大丈夫だよゴフッ。
こ、子供の言う事だから……グハァッ。
フフ、フフフ……グフッ。
では今日は挨拶という事で……ガハァッ」
2人は、ヨロヨロと去っていく彼を見送った。
姿が見えなくなった時点で、ビューワーが口を開く。
「―――じゃあ、一緒にマルゴットの屋敷へ行こう。
今、馬を用意するから」
「は、はいっ」
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在272名―――
―――神の資格はく奪まで、残り72名―――