16・いざ勝負
天界、フィオナの実家―――
そこで父親である軍神、ユニシスは
アルフリーダの従僕の猫であるナヴィと
対峙していた。
「何があったのですか? ユニシス様」
「さ、さあ……
とにかく、フィオナとアルフリーダが
すごい剣幕で言い争っているんだ。
お前なら角も立たないし―――
少し様子を見てきてもらえないか?」
「確か戦と争いの裁きの神ですよねユニシス様は?
まあそれはともかく、親子なのですから
時には意見の対立もあるのでは―――
そんなに気になるのであれば、見てきましょう」
そう言いながら、ナヴィは騒音がする先―――
扉の前に立った。
「いいか、そーっと開けてみてくれ、そーっと」
「よいしょお!!(バン!!)」
「あのさあ」
激しく開かれた扉の音にも気付かないのか、
その2人は怒鳴り合っていた。
「アルフリーダ様、フィオナ様―――
いったい何を」
「じゃあママの脳内では、美少年たちによる
会議は行われないって言うの!?」
「しょっちゅうだけど議事録は残さなくてよ!!」
パタン。
開いた時とは対照的に、ナヴィは静かに
扉を閉めた。
「ど、どうだった?
何をあんなに感情むき出しで―――」
「いえ、ユニシス様や私が理解出来る
事ではないと思われますので。
ですが、それほど深刻な問題ではないと
判断します」
「そ、そうなのか?」
「はい。少なくとも男性の我々が関わるべき
お話ではないかと―――
それでは、本編に入りましょう」
│ ■フラール国・バクシア国代官館 │
ボガッド家屋敷での『相談』から2日後―――
バーレンシア侯爵の代官館を、バートレットが
訪ねていた。
「うーん……そりゃちょっと困った事になるね」
「ですが、これは―――
ローン・ボガッド氏のお願いでもあります」
「そう言われると弱いけど、だからと言って
連合法に触れる事は見逃せないよ。
何のための法だかわからなくなる。
取り合えず、そのソルトとトニックとやらの2人は
明らかに不法入国だ。
話を聞くと、アルプ君の果樹園に不法侵入まで
しているし」
根が生真面目なのか、あくまで法律違反は許さない、
という態度を取るバーレンシア侯爵。
しかし、負けじとバートレットも食い下がる。
「しかし―――
何かの行き違い、もしくは手違いという事も
あるでしょう。
それで、ラムキュール氏も呼んで頂いて
いるんですよね?」
「ああ。今回の件の責任者って君が言うから、
ちゃんと呼んであるよ。
彼に聞けば、事情その他はわかるんだね?
とにかく、その話次第だ」
そして2人は―――
当事者である『枠外の者』、ラムキュール氏が
来るまで待機する事にした。
―――30分後―――
「……お話というのは何ですかな?
身分の高い方と一緒にいるのは緊張しますが」
代官館にやってきたラムキュールは、
呼び出された事に不安を感じつつも―――
それを表には出さずに冷静に対応する。
「いやあ、ちょっと確認したい事があってね。
ソルトとトニック―――という2人なんだけど」
「……!」
バーレンシア侯爵の言葉に一瞬顔色を変えるが、
ラムキュールはすぐにポーカーフェイスを取り戻す。
「私がある調査を頼んでいた2人ですが―――
それが何か?」
「ああ、貴方の知り合いでしたか。
いえ、アルプの果樹園で働きたいとの事で―――
ただ他国の人間らしく、一応バーレンシア侯爵に
確認を、と思って来たのです」
「(さすがに、目的までは吐いていないか。
そんな事をすれば自分もタダでは済まないという
知能程度はあるだろうしな)
それはそれは。
職業選択まで口出しをする気は無いですよ。
こちらの依頼さえこなして頂ければ」
「でも、ちょっと問題があってね。
ルコルア国の人間らしいんだけど、僕の方で
入国手続きの記録が無いんだよ。
何か知ってるかな?」
自分の雇った人間が不法入国したと突き付けられた
彼は、無関係を装いつつ対応する。
「……いえ、そこまでは。
ただ、今バクシアで話題になっている
『奇跡の果実』について、マーケティング
して欲しいと依頼はしておりました。
ビジネスの種になりそうでしたので。
先走ったのかも知れませんな。
それか手違いが―――」
「手違いはまあ、誰にでもあるでしょう。
という事は、その2人はビジネスで、
貴方の依頼を受けて来た、という事ですね」
「そうですな。
まさか、果樹園でそのまま働く事になるとは
思いませんでしたが。
よほど美味なのでしょうな。
『奇跡の果実』とやらは―――
(ここは引いた方が良さそうだ。
いったん、フラール国外に……)」
「フム。でも、それは少し困った事になるね」
バーレンシア侯爵が、眉間にシワを寄せて考え込む。
「この国の商売に関しては、今は代官である僕に
ある程度の権限が与えられている―――
君も商人なら、当然知っているだろう?」
「……そう、でしたな」
ラムキュールは侯爵の質問の意図が読めず、
追認する形で相づちを打つ。
「君が依頼主というのであれば―――
僕に何の断りもなく、勝手にフラール国内で
ビジネスをしていた、という事になるんだけど」
「……!」
「まあ、手違いなら手違いで構わない。
でもペナルティになるよ?
そうだな、罰則・罰金は―――」
「い、いや待ってくれ。
確かに依頼の『話』はしたが―――
あの2人とはまだ、契約はしていない」
「ん?」
「ふむ」
「依頼の話をしただけで、あの2人が
勝手に先走っただけだ。
正式な契約などしていない以上―――
『ビジネス』と呼ぶのは無理がありませんかね」
さすがのラムキュールにも少しの焦りが
見えてきたが―――
同時に、彼らが契約書を公開しないだろうとの
計算も働いていた。
「それだと、ちょっと話が違ってくるね。
彼らが正式な入国手続きをせずに入ってきたのは
勝手に先走っただけで―――
その契約自体はまだ正式に結ばれては
いなかった、と」
バートレット、そしてバーレンシア侯爵は
顔を見合わせる。
「……まあ、それなら仕方ないかな?」
「そうですね。
契約は成立していない、
と依頼人が証言しているのですから。
私とバーレンシア侯爵が、ラムキュール氏は
違法行為をしていないという証人になりましょう。
では、ペナルティはその2人だけに」
「2人は気の毒ではありますが、
彼らの勝手な行動にまで、責任は取れませんのでね。
私はこれで失礼してもよろしいですかな?」
「構わないでしょう。
彼らから違約金を預かっていたのですが―――
契約していないとおっしゃっている以上、
これは不要になりましたね」
バートレットは、テーブルの上に袋を置いた。
ジャラッ、と金貨のこすれる音が室内に響く。
「え? は?」
「バーレンシア侯爵、あの2人の『手違い』は
これで相殺して頂けませんでしょうか」
「また僕の金銭感覚がおかしくなりそうな
金額じゃなければいいけど……
まあ、ウン。善処しますです、ハイ」
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在1295名―――





