04・うんめいの、さいかい
「ねーねーねー、ナヴィ」
「ン……?
何でしょうか、フィオナ様」
とある都心部のマンションの一室で―――
くつろいでいたお目付け役兼サポート役は、
不意に女神・フィオナから声をかけられ、
その身を起こした。
「この前、信仰地域に行った時の事なんですが、
アナタ普通にご飯食べてましたけど、
大丈夫だったんですか?」
「?? と言いますと?」
「いえ、普段はママが買ってきた
高級カリカリを食べているって
言ってたじゃないですか。
普通に人間のご飯食べてもいいのかなって」
「人間の時は人間の感覚になりますから、
別段気にするほどでは」
「へえ、じゃあアタシが料理を作ってあげても
問題無い訳ですね?」
「……そうやってまた人間の姿にさせようとか
企んでいるんじゃないでしょうね」
「きょ、曲解はいけないと思いますよ曲解は」
滝のような汗を流す女神とは対照的に、
お目付け役は涼し気に応える。
「すいません、信頼と実績があり過ぎるのでつい。
それに、一緒に住み始めて数ヶ月ですけど、
フィオナ様が料理しているところって
ほとんど見た事ないですよ?
いつも外食か、コンビニ弁当じゃないですか。
作ってもせいぜいお惣菜を温めるくらいで」
「し、しつれーな。
アタシだって料理くらい出来ます!」
「では―――得意な料理は何ですか?」
「ふふふ……聞いて驚け!
スクランブルエッグとゆでたまごだー!!」
「……もういい、もういいんです。
だからこれ以上自分を責めるのは
お止めください」
「何でっ!?」
「ではそろそろ本編入りますねー」
「え? 何? 何で?
ちょっと待ってよー!」
│ ■フラール国・アルプの果樹園 │
「だ、大丈夫かな、ミモザ姉」
後日、ミモザとファジーの姉弟は、
アルプの果樹園へとやってきていた。
バーレンシア侯爵の紹介で、果樹園で
雇ってもらう事にしたのである。
「まーいきなり捕まるって事はないでしょ。
お偉いさんの館でも屋敷でもないんだし。
それに特徴が違うってああまで言われたんだし、
もし本人だったとしたら……
そして気付かれたとしたら」
「気付かれたとしたら?」
「逃げる準備はしておくよーに」
「は、はい」
彼らは2つの目的があってここに来た。
一つ目は、ラムキュールから依頼された
女神およびその眷属に対する調査続行―――
二つ目は、ミモザが先日見た少年が、本当に
アルプかどうか確認するためである。
「(さて、どうなるか―――)」
緊張した面持ちを隠せずに待っていると、
目的の人物が姿を現した。
「お、お待たせしましたっ。
えーと、バーレンシア侯爵様のご紹介で
来られた方ですよね?」
グリーンの短髪を草原のようになびかせながら、
少し呼吸を乱しつつ、何とか息と声を整えようと
肩を上下させる。
走ってきたのか、その顔、露出した肌にはうっすらと
汗が光っていた。
「(違う……よね? ミモザ姉)」
「(つーか何だよココ。
美形キャラの生産地か?
いやそうじゃなくて。
まだ彼がアルプっていう眷属の少年と
決まったわけじゃ―――)」
「あの、僕の顔に何か付いてますか?」
「えっ!? あ、いやそのっ。
ず、ずいぶんと若い人が来たなーって」
「あ、ここの果樹園の経営者は母です。
僕はその一人息子で―――
アルプ・ボガッドです。
よろしくお願いします」
あっさり本人確認が出来た事にミモザは
拍子抜けするも、すぐに立て直す。
「あ、ああ。
アタイはミモザってんだ。
こっちは弟分のファジー。
これからよろしく頼むよ。
(本人か。
まあそれはいい。
別人である事の確認は出来た。
じゃあアレは誰だよ? って話に
なるんだが―――)」
「弟分?」
気になる言葉に、アルプは聞き返す。
「あー、幼馴染なんだけどさ。
事情があって預かってるんだ」
「よ、よろしくお願いしますっ」
ペコリと頭を下げるファジーに、
アルプも頭を下げ返す。
「ええと、バーレンシア侯爵様から、
どれくらいお仕事の事は聞いてますか?」
「その―――
仕事内容その他は行けばわかる、
決して悪い条件ではない、
これくらいしか聞いてなくて。
それと―――
アンタ、女神・フィオナ様とやらの
眷属なんだって?」
「ああ、それも話してもらったんですか。
確かにそうですけど、してもらう事に
変わりはありません。
眷属と言っても、果実の事以外では
普通の人と同じですしね」
「あ、あと伝言が―――」
「伝言? ンなものあった?」
突然ファジーが話し始めた事がわからず、
ミモザは困惑の声をかける。
「えっと、ミモザ姉が先に館を出た後
呼び止められて―――
アルプ君に会ったら、相場のお金で買うから
果実を送るように言って欲しい、
本国の家族や使用人たちに
送りたいから、って。
何か涙目でしたけど」
「涙目? アイツが?」
「まあそれはいつもの事なので」
「いつもの事!?」
「あと、この事は内緒で、って―――あ。
ど、どうしましょう!?
ボク今、しゃべっちゃって」
「いや、しゃべらないでどうやって
伝えるんだよ。
まあ二人きりの時に話すべき事だったのかも
知れねーけどさ」
│ ■フラール国・バクシア国代官館 │
「何かとんでもない勢いで、
僕の権威とプライドが失われている気がするっ!!」
何かを察知したバーレンシア侯爵は、
何も無い空間に向かって叫んだ。
※ただし相手の悪気はゼロ
│ ■フラール国・アルプの果樹園 │
「―――大丈夫ですよ、僕が後で
お土産として持っていきますから。
余計な事は言わないので、安心してください」
「あ、ありがとうございますっ」
「でも……うーん。
ちゃんと食事取っているんでしょうか、
バーレンシア侯爵様……」
「食事ですか?
そういえば、食費は浮くから、
とか言ってたような気がします」
「あ、じゃあ地元の人が引き続き野菜とか
置いていってくれているのかな?
それなら、本当にただ送るために
果実が欲しいだけですね」
「何だよソレ。
ずいぶんと慕われているじゃねーか、
ココの代官様」
「いい方だと思いますよ?
そうそう、この前も―――」
│ ■フラール国・バクシア国代官館 │
「今何かとんでもない勢いで、
僕の個人情報が漏れている気がするっ!!」
再び何かを察知したバーレンシア侯爵は、
何も無い空間に向かって叫んだ。
※ただし相手の悪気はゼロ
│ ■フラール国・アルプの果樹園 │
「―――をやってもらう事になりますが、
ここまでで質問はありますか?」
「なんだか、作業的には楽な気がするんだけど。
もっと重労働かと思ってた」
アルプの説明に、ミモザは気の抜けた声を返す。
「力仕事は大人の男性にやってもらいます。
それに今の時期はどちらかというと、
維持管理の方がメインですので。
地味な作業ですが、それでも体力は
必要ですよ?
それで、肝心のお給金なのですが」
「ン? ああ。
(まあ調査のためにここに来た
だけだから、期待はしてねーが……
フラール国は確か、平均月収が
金貨1枚程度だったっけ?)」
「1ヶ月金貨3枚、でどうでしょうか?
お2人ですので合計6枚で―――」
「んぶふぉっ!?」
「ふえぇえっ!?」
アルプの言葉に、ミモザ・ファジーの2人は
それぞれ驚きの声を上げる。
「ふ、不服ですか?」
「いやいやいや!
ここフラール国だよね!?
アタイの国、ルコルアだってそんな賃金、
職人くらいしか出ねーぞ!?」
「あ、ルコルア国の方なんですか。
それで給金に関しましては、その―――
なるべく多く出すようにしているんです。
女神・フィオナ様のおかげで得たような
お金ですから」
「そりゃ、もらう側としちゃ嬉しいが、
なるべく長く雇ってもらいんだ、こっちは。
そんな金の使い方して、
本当に大丈夫なのか?」
「今のところ、商売相手はバクシアですので
大丈夫かと。それに……
『あの時、お金さえあれば―――』
そう思うような事を、僕はなるべく
なくしたいんです。
僕自身、そうでしたから」
アルプは、母が奉公労働者へ行った日の事を
思い出していた。
「―――わかった。しばらく世話になるよ。
しかし、女神様の眷属だっけ?
そりゃアンタ一人なのかい?」
「ええ。僕一人だと思います。
フィオナ様も、他にもいるとは仰って
おられませんでしたし―――
でも、どうしてそんな事を?」
「あ、あ、えーと。
別に深い意味は無いよ。
ただ神様だったら、もっとこう
人数めいっぱい多くして何かするのかなーって」
「どうなんでしょうね?
信者はともかく―――
それに、神様ってあまり人間の世界に
関わってはいけないらしいのです。
あ、でも前に、
女神様のお母さまにお仕えする
『神の使い』の方ならお話した事があります」
「ふ、ふぅん……
何か現実感の無い話だけど、
それってどんな人だった?」
「男の人―――でしたけど、
外見は僕より1、2才ほど年上くらいで、
すごく綺麗な方で……
あれ?」
アルプは、その視線の先を―――
ミモザとファジーの2人ではなく、その背後に
移した。
「あ、ナヴィ様!
話をすれば、ほら」
その声に、彼女と弟は振り返った。
「ここにいましゅたか、アリュプ君。
―――そこにいるお2人は誰でしゅか?」
そこに、『神の使い』ナヴィが姿を現した。
短い銀髪を風に晒し、絵画のような
決められた構図の中にいるように―――
いつの間にか佇んでいた。
「あ、この人たちは、今日から僕の果樹園で
働いてくれる方です」
「そうでしゅか。
・・・・・・
―――初めましゅて」
「あ……は、はい」
「は、初めましてっ」
ナヴィの挨拶に、ミモザは引きつったまま、
ファジーはなるべく顔を見ないようにして
頭を下げた。
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在1075名―――