03・ナヴィ、始動
日本、とある都心部のマンションの一室―――
そこで女神とお目付け役は対峙していた。
女神はうなだれるように正座し、その正面に
灰色の猫がしっぽを自らに巻き付けるようにして、
上半身をピン、と伸ばして座る。
そして、彼と彼女の間には机、その上には
デスクトップPCの画面が映されていた。
【 急募:ナヴィを猫から人間へ変える攻略法について 】
【 んー、やっぱり偶然を装って水ぶっかけたら? 】
【 問題は手段やね。自然にそう出来る? 】
【 やっぱ料理が無難じゃね? 】
【 手伝ってもらうフリしてドジっ娘属性発動で。 】
※BGM:パッヘルベル カノン
「―――何をしていますか?」
猫の姿のまま、姿勢を崩さずにナヴィが
問いかける。
「えーと、ど、同居人とのコミュニケーションに
つきまして……」
「―――何をしていますか?」
「……ナヴィを人間に戻す攻略法について議論を
深めておりました」
「攻略法とは何ですか?」
「えと、そのー、もう少しスキンシップをはかる?
とかいう」
「攻略法とは何ですか?」
「……美少年の姿に変える手段を探しておりました」
「変えてどうしようというのですか?」
「えっと、そ、その……お互いの仲を深めようかと
思いまして」
「変えてどうしようというのですか?」
「あの、スイマセン本当にスイマセン……
ていうか今回前座の茶番長過ぎませんか?
お願いですからそろそろ本編に行った方が……」
「全く。これに懲りたらきちんと反省
してください。
では本編スタートいたします」
│ ■フラール国・バクシア国代官館 │
「それで、確認は出来たのかね?」
あの『野戦病院』―――
レンジ侯爵の代官館の中で、ミモザ・ファジー姉弟は
一人の男に報告について聞かれていた。
少しグレーがかかった髪は首より少し下に長く、
館の主のレンジ侯爵ほどではないが、細面の顔は
研究に没頭する科学者を思わせる。
その陰のある健康的には見えない視線が、
目の前の二人を品定めするように泳いでいた。
「―――面は確認したよ。
特徴は報告書に書いてある通りだ。
何か不服かい? ラムキュールさんよ」
「それがこちらの情報と照合して、
異なると言っているのだ。
アルプという少年―――
何より髪の色はシルバーでは無いし、
その他もいろいろと報告書とは食い違う」
「そ、そんな事を言われましても」
「ファジー君だったかな?
部屋の中に、他に誰かいなかったのかね?」
「それは―――」
昨夜の記憶を思い起こし、否定しきれずに
言いよどむ。
「こんな報告書に、金など払えんよ。
商品はきちんと持ってきてこそだ。
誰を見たか知らないが―――
注文と違う物を持ってこられても迷惑、
違うかな?」
「―――待てよ。
じゃあ、あんな目の覚めるような美形の少年が
たまたま、そのアルプっていう眷属がいた時に
同席してたってのか?
女神の眷属と名乗る少年がグラノーラ家に
招待された―――
それはアンタの情報だろ?」
「ム……」
「それに、眷属の少年ってのは『一人』
なんだろうね?
それは確実な情報なんだな?
絶対間違い無いんだね?」
「何が言いたい?」
「もし、眷属とやらが複数いたとしたら、
それは新たな情報を入手した事になる。
そうだとしたら、アタイらは褒められる事はあっても
責められる筋合いは無い」
ミモザにそう言われて、彼は席に深く腰を掛けた。
「―――なるほど。
確かに、未知の情報をもたしてくれた
可能性もある。
いいだろう。
今回の分の金はきちんと払おう。
そして引き続き、調査をお願いしたいのだが―――」
「はあ?
散々ケチ付けて出し渋っておいて
何言ってやがるんだ?
別に受けてやってもいいが、
前金でお願いするぜ。
あと報酬は今回の倍出しな。
嫌なら他を当たる事だ」
「―――いい取引だ。
そうまで金に貪欲な方がよほど
信用出来る。
我々のような『枠外の者』に取っては
特にな」
「……一緒にしてもらいたくないねぇ。
アタイはアンタらのように、自分の儲けのためなら
いくら人が不幸になろうが知ったこっちゃない、
なんて考えはしないんでね」
「結果的にそうなっただけで―――
そうしようと思った事は無いのだがね。
侯爵様、そろそろ我々は帰りますので。
お邪魔いたしました」
その声に、館の主、レンジ・バーレンシア侯爵が
姿を現した。
「もういいのかい?
しかし、ルコルア国の人間がフラール国の
バクシア代官の館で―――
会議とは面白いものだ」
「連合国家ですから、そういう事もありましょう。
―――それに、この事は不問、他言無用。
そういう約束でしょう?」
「あぁハイハイ。『内政不干渉』ってヤツね。
バクシアの僕が言うのも何だけど。
だけど連合法だけは守ってくれよ。
さすがに代官としてはそこは見過ごせないから」
その言葉に応えず、微笑みながら一礼をして、
ラムキュールという男は去って行った。
「しかし―――
本当にココ、バクシアの代官様の館?
バクシアって序列4位じゃなかったっけ?
それが何でこんなところに」
ミモザが周囲を改めて見回し、当然の感想を
口にする。
「バクシアが金持ちの国って言っても、
そこの全員が金持ちって訳でもないさ。
貴族にだって貧乏人はいる。
わかるかな?
わかるよね?
わかってくれるよね?
それとも君達も言葉という刃で
僕を切り刻むのかな?」
「……いや、すまねーがこっちはアンタの
バックボーンや過去を知らねえし興味もねえ。
それよりファジーがいろんな意味で
怯えているからやめてくれ」
侯爵の変わりように恐怖を覚えたファジーは
姉の後ろに回り、腕をギュッとつかんでいた。
「そう言って、彼のような汚れを知らない
純真な目で正論を吐かれるのが
一番こたえるんだっ!
交渉や裏読みはお手のものだが、
いきなり160kmのストレートは
打ち返せないんだよっ!!」
「(ホントにコイツに何があったんだよ……)」
「(すとれーと?)」
「っとまあ、失礼……
ちょっと過去を思い出してしまって……
ココについてはいろいろ言いたい事もわかるが、
館の家賃は経費で落ちないって言われてさ。
一番安いのがココだったのさ。
僕も借金漬けで、清算し終えたのは
つい最近だったからね」
「え? でも……
借金が返し終わったのであれば、
もっといい館に住めるんじゃないですか?」
恐る恐る、ファジーが言葉を選んで
聞き返す。
「んー……そうなんだけど、
貧乏生活が長かったせいか、ここにも
住み慣れてしまってさ。
あと、今バクシアから奉公労働者が
毎月大量に帰還しているんだ。
それもあって、別の場所に移るヒマが無いんだよ。
あと食費も浮くし」
「そうだったのかい」
「(食費?)
あの、それじゃお邪魔しました。
失礼しますっ」
二人は一緒に頭を下げると、館の出口へと
向きを変える。
その後ろ姿に、レンジは声をかけた。
「あと、余計なお世話かも知れないが―――
もし働き口を探しているのなら、
紹介してあげても構わないよ?
ここのグラノーラ家や、ビューワー家にも
伝手があるし」
「え!? は、はあ……
まあ、その時はお願いします?」
先日の調査先の名前が出て、思わずミモザは
肩を強張らせる。
「それと、アルプ君の果樹園でも、
人手不足だという話だったし。
何でも来期から収穫量を増やす計画だと
言ってたな」
「は?」
「え?」
│ ■日本国・フィオナの部屋 │
マンションの一室で―――
眷属との初顔合わせを終え、両親への報告も済ませた
女神とお目付け役は今後の事で話し合っていた。
「ナヴィ、パパとママは何て言ってました?」
「まだ力が完全に戻った訳ではないので―――
取り合えずは信者数に注意しつつ、元の
MAXの数まで目指そう、という事でした。
それから、天界市役所より警戒範囲は正常値に
戻ったので、神の資格はく奪措置等は、
スタンバイを解除したとの事です」
「やれやれ、ですね。
あと―――パパとママはどんな感じでした?
ホッとしてた? 疲れてた?」
「アルフリーダ様はツヤツヤテカテカして
おられました。
ユニシス様は何かゲッソリしてました」
「何してるんですかあの二人は」
「それで―――
これからフィオナ様は
どうなされるんですか?」
お目付け役兼サポートからの問いに
彼女は考え込む。
「信者数を気にしてって
言われましてもねー……
資金は用意出来ましたので、戻るのは
確定事項ですし、
さりとて、また地上に行くのは
気が引けて」
「?? 信仰地域に行くのが、ですか?
どうして?」
「だって、神様の降臨っていうのは
何ていうか特別っていうか、そうおいそれと
頻繁にやっちゃいけないような
気がしてですね」
「その『特別な事』を散々クラッシュして
くれたような気がするんですがそれは。
―――ご自分が行くのが気が引けるので
あれば、私だけでも行って参りましょうか?」
「え? そんな事出来るの?」
「私の力の供給源はフィオナ様ではなく、
アルフリーダ様ですから。
許可さえ頂ければ問題はありません」
「そうですか。
それでは、お願いします―――」
カシャ☆
―――女神フィオナ信者数:現在1043名―――
休日が台風でどうにも身動き出来なくなったので
缶詰の気分で仕上げました。
暇つぶしにどうぞ。