表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/402

36・遠くから的確にダメージを

( ・ω・)休日があると返ってペースが落ちる男、

それがアンミン。



日本・とある都心のマンションの一室―――


強い日差しが降り注ぐ外を、ベランダ越しに少女と

飼いネコと思わしき1匹がながめていた。


「あ~もう、この国の暑さって何とかなりません

 かねえ……

 見ているだけで汗がにじんでくるようですよ。

 そう思いません、ナヴィ?」


「ガマンしろよ」


「速攻で切り捨てて終わらないでください!

 話続かないでしょーが!!」


お目付け役(猫Ver)の回答兼ツッコミに、

思わずフィオナは大声を上げる。


「いやしかし、こんだけ暑いと食欲が……

 ナヴィは食べる物に迷ったりしないんですか?」


「私は、アルフリーダ様が買ってきてくださる

 猫缶かキャットフードですので……

 人間生活での食生活を相談されても困りますよ」


カカカッ、と後ろ足で頭をかきながら答えるナヴィに、

フィオナはしばし考え―――


「あー……

 缶詰とかなら、熱くなくて美味しいかも知れない

 ですねえ」


「食べますか?」


前足で器用に挟むようにして、お目付け役は女神の前に

猫缶を差し出す。


それをフィオナは沈黙して凝視していたが、やがて

ナヴィに視線を移して、


「えー……じゃあ、ナヴィが『あーん♪』って

 してくれたら♪」


「いいですよ?」


冗談だと思って発した言葉を肯定され―――


「え? あ、あの~……

 この場合、『ハハハご冗談を土でも食ってろ』

 という流れでは?」


女神は少しうろたえた後、条件を追加する。


「も、もちろん人間の姿になってですよ?」


「いいですよ?」


その即答に、女神は3秒ほど無言になり―――


「ちゃんとスプーンですくって、口元まで持ってきて

 くれるのなら」


「いいですよ?」


フィオナはまたしばし黙り込むも、気を取り直して


「こ、恋人みたいに肩を組んで、それでえーとえーと」


「いいですよ?」


そして、だいぶ前からそれを傍目で見ていた母親の

アルフリーダの姿があった―――


「何か娘の様子を見に来たら、よくわからん

 チキンレースが始まっていた件について。


 それじゃそろそろ、本編スタートするわね」




│ ■農業特区・研究試験所  │




沈む夕日を背景にするようにして―――

騎士の装備に身を包んだ初老の男と、若い女性が

対峙する。


「マイヤー伯爵……

 私がどうしてここを訪れると」


レイシェンが眼前の男にたずねると、彼は構えていた

剣先を地面へと向ける。


「それは買い被り過ぎだな。

 いくらこの地の『枠外の者』の協力があるとはいえ、

 この特区に君が来る事は想定外だった。


 ただ、この陽動作戦は頂けないがね」


未だに後方で悲鳴や怒号が飛んでいるのを

確認しながら、彼は言葉を続ける。


「『女神の導き』とやらの連中が絡んでいるの

 だろうが―――


 しょせんは烏合の衆。

 連携は皆無と見える。


 内外同時に陽動が行われたのであれば、私も

 つられたかも知れん」


まるで師匠が弟子に話しかけるかのように―――

マイヤー伯爵は同じ身分の令嬢に評価を下す。


「…………」


反論出来ない、というようにレイシェンは沈黙し、

だがアルプを守ったままの姿勢は崩さない。


「ひとつ聞くが、こんな事をして何になる?


 魔物が出たという噂を流し―――

 その責任を我がグレイン国に押し付けるという

 筋書か?

 それとも、魔物騒ぎを盾に連合各国へ救援要請を

 出し、今回の件をウヤムヤにするのか?」


「それは……」


彼女は何も応えられずにいた。


今回、主導しているのはパックと、パックがあるじ

認めるアルプであり……

主目的は女神が魔物を追い払う、という事である。


そこから先は彼女も見通せず、ただ女神・フィオナを

信じるという理由のみで行動していた。


「悪いが、私の目にはそのどれもが―――

 このマービィ国を余計に危機におとしれているとしか

 映っていない。


 今のうちにこんな事は止めたまえ。

 『オバケ』の噂も、いかに演出し流したかは

 わからんが、作り物はいずれボロが出るぞ。


 これ以上私を失望させないでくれ」


「あ」


それまでレイシェンの後ろに隠れていたアルプが

声を上げ、2人の視線はそこに集まる。


彼はその視線を誘導するように、マイヤー伯爵を

指差した。


「……?

 私がどうかしたかね、お嬢さん」


自分を指差された彼はアルプの意図を読めず、

しかし冷静に疑問を返す。


「あ」


今度はレイシェンが声を上げ、アルプと同じ場所へ

視線を移す。

その先はマイヤー伯爵……

ではなく、さらにその後ろ。


彼らが自分の背後を見ているのだと理解した伯爵は、

面倒くさそうに振り返る。


「いったい何だというのだね?

 ほら、コレで満足か?」


そしてマイヤー伯爵は『それ』と対峙した。


最初は何かわからず、得体の知れない物―――

それもかなり大きいと理解し、全体を把握しようと

見上げる。


「……な……?」


彼が驚くのと同時に、手にしていた剣が植物のツルの

ようなものに巻き付けられ、取り上げられる。


「マイヤー殿っ!」


レイシェンが彼の腕を引っ張り、距離を取る。

マイヤー伯爵に取っては未知の……

レイシェンとアルプに取っては、かつて知ったる

『パック』―――

その巨大化した異形の植物が、彼らを見下ろしていた。


人間でいえば頭に該当する部分に、複数の葉が

繋げられ、口のように開閉する。

そこからヨダレのような液体を滴らせ、息とも

つかない空気がそこから漏れ出る。


「(まさか、本当にパック殿なのか!?)」


「(間違いないと思います!

 ですがこの大きさは……!?)」


声には出さず、言葉にもせず、令嬢と女神役の

少年は目と目で合図するように意思疎通する。


「こ、これはいったい―――」


状況を把握しようと、マイヤー伯爵は2人の反応を

見るが、彼らもまた異常事態だと認識しているという

事実だけを理解した。


「ば、化け物……!


 まさか本当に、我が国の農法で化けたとでも

 いうのか!?」


目の前の異形の植物に、元より言語機能があるとは

思っておらず、質問というよりも、あまりの衝撃に

言葉が出ただけだったが―――


「ソウダ……

 オ前タチノオ望ミ通リノ姿ニナッタノダゾ?


 何ヲソンナニウロタエル事ガアル?」


答えが返ってくる事自体、予想外だったが、

マイヤーは気を取り直して問答を続ける。


「バカな!

 この農法は我が国でも広く行われているものだ!


 どうしてこの国だけお前のようになる?

 この国は呪われてでもいるのか?」


するとパックは、胴体部分の幹の両側から、

両腕のような茎を広げ、


「……オ前タチノ国デハ、人ヲ幸セニスルタメニ

 実リヲ願ッタハズダ……


 ダガコノ国デハドウダ?


 ワザワザ人ヲ不幸ニスルタメニ、コノ農法デ

 育テテクレタノダロウ?」


「く……!」


『新貴族』としての策を主導していた彼は、

言い返せずに押し黙る。


「望ンダ結果ガコノ姿。

 本意デハナカロウガ、当然ノ帰結ダ……


 無論、責任モ―――

 取ルベキ者ガ取ルデアロウ」


足元の根を器用に動かしながら、その巨体を

ゆっくりと3人へと近付ける。


剣を奪われた男と、剣を構えた伯爵令嬢は

それに合わせて後ずさりするが―――

その男女の間を抜けるようにして、『女神』が

異形の者と相対するように歩み出た。


「……!

 『女神』様……っ!」


「危険だぞ!

 下がりたまえ!!」


初老の男と若い女性が叫ぶ中、その目の前で―――

パックとアルプは見下ろし、見上げる。


「……『女神』……ダト?

 貴様ガ?


 コウナルマデ何モ出来ナカッタ無能カ―――

 ソレトモ、人同士ガ争ウノヲタダナガメテ楽シンデ

 イルホド性格ガ悪イノカ。


 イルトシタラドチラカト思ッテイタトコロダ」


異形の者の言い分を聞かされた貴族の男女は、


「ずいぶんと耳の痛い事だな。

 『女神』様とやら……」


「わたくし達も、でしょう?」


それに対し『女神』は身構え―――

それを反論の開始と見た男女は、息を飲んで

耳に神経を集中させた。


「言いたい事はわかります……


 ですが、それだけ物の道理をわきまえているので

 あれば―――


 『望んだ結果がこの姿』とあなたは言いました。

 つまり、自ら望んではいなかったという事……!」


「ソレハ無論ソウダ。

 誰ガ好キ好ンデコノヨウナ姿ニナリタガル?


 邪悪ナ者ガ望ミ―――

 神ガ容認シタ姿デハナイノカナ?」




│ ■農業特区・フィオナ担当場所  │




「おふぅ」


自分の担当していた農業特区に侵入していた女神は、

何かを察知して気の抜けた声を上げる。


その侵入を手引きしていた情報屋2名は思わず

聞き返す。


「何があったんスか?」


「敵……の気配はねぇけど」


辺りを見回すトニックとソルトに女神は、

胸を抑えながら


「いえ、遠くから的確にダメージを与えられたような

 気分におちいりまして」


「石でも飛んで来たンすか?」


トニックは要領を得ない感じで聞き返す。




│ ■農業特区・研究試験所  │




同じ頃―――

未だにアルプとパックは即興の『演技』を

続けていた。


「ソレデ、ドウスルト言ウノダ?

 『女神様』トヤラ……


 ソノ細腕ニ武器ラシイ武器モ身ニ帯ビテ

 イナイノニ―――

 ドンナ手デ我ト戦ウト言ウノカ?」


『女神』役の『彼女』の手には、クルーク豆を入れた

四方形の箱があり、それを腰につけて身構える。


「あなたが邪悪な意志でその姿になったというので

 あれば―――

 正義の意志で望めば、同じクルーク豆でも聖なる

 武器となるのです!


 この聖なる豆をもって、あなたを浄化します!!」




│ ■農業特区・フィオナ担当場所  │




「おぅふぅ」


本物の女神であるフィオナは、また気の抜けるような

声を発してよろめく。

それを心配とも呆れとも言えない視線で情報屋の男性

2名が見つめ―――


「だからどうしたンすか?」


「上手く潜入出来たし……

 飛び道具はおろか、人の気配すら無いんだけど……」


と、その時―――

彼らの耳は、悲鳴と叫び声が入り混じった騒動を

キャッチした。


「どうやら、向こうでも始まったみたいですね……

 行きましょう、トニックさん、ソルトさん!」


「あいよ!」


「ご活躍を期待してますぜ、女神様!」




│ ■農業特区・研究試験所  │




「こ……これは……」


マイヤー伯爵は、眼前の光景に驚きを隠せないでいた。


いかに魔物相手とはいえ、油断し、不覚を取ったのは

事実だが―――

それを差し引いても、生身の人間が単独で、しかも

年端もいかない少女が戦える相手とは思えない。


だが、女神と称する『彼女』がクルーク豆を

投げつける度に、目に見えて異形の者は弱って

いくのがわかった。


「……ググ……コレマデ、カ……」


「もういいでしょう。退きなさい……」


じりじりとパックは後退すると、背を向け、

弱々しい足取りで遠ざかり始めた。


「バカな! 逃がすつもりか!?

 剣を貸せレイシェン、この私が仕留めてくる!」


だが、身を乗り出すようにしてパックを追いかけ

ようとするマイヤー伯爵に対し、『女神』は片手を

水平に上げて制止する。


「ぼ……アタシは豊穣の女神……

 本来、殺生はおろか、傷付ける事すら本意では

 無いのです……


 どうかお察しください」


その言葉に、彼は地面にあぐらをかくようにして

座り込む。


「化け物も事実なら、女神も事実……か。


 だが、これからどうするつもりなのだ?

 魔物が生まれる豆など、もう買い手はつくまい。


 返って民の苦しみを長引かせたに過ぎぬかも

 知れんぞ?」


その問いに、『女神』役の眷属とその護衛は、

無言で、しかし強い意志を持った目で返した。




カシャ☆


―――女神フィオナ信者数:現在3295名―――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ