選べない高校生たちと断罪
ハルの手をやっと掴めた。
そう思えた瞬間だった。
「参太くん。君は本当に、覚悟を決めなければならない」
低く澄んだ、落ち着き払った声。
現実に引き戻された気がして、参太は前をみた。
管理人が真顔で立っている。
「君は。いや、君たちは……私を殺す絶好の機会を、永遠に逃したことになった。せいぜい悔いるがいい」
すべてのスキルが弱体化され尽くされて失われる状態になってなお、管理人は堂々とした態度を崩さない。
全身を鎧に変えた参太はスキルを取り戻しているばかりか、弱体化の影響を受けない宇宙剣の力を起動させることで、他の住民のスキルを擬似的に発動することもできる。この状況において、スキルを使えない管理人が参太に勝てる要素は存在し得ない。
それでもなお宇宙に響き渡るその声が、なぜそこまで堂々と聞こえるのだろう。
参太は超高解像スコープに変化させた瞳で管理人の一挙手一投足を捉えているが、変化は見られない。
だが。
「冬木くんをあのような姿にしたのは、誰か」
その声が響いた直後だった。
管理人が突如、人間の姿を捨て去った。
ダークブラウンのスーツが消滅して緑色の体表が現れる。瞳は陥没して見えなくなり、頬が大きく裂けてワニのような口になる。
エイリアンの本性を露にした管理人は、その手に七色に輝くレーザーソード――聖剣アゾノフを握っていた。
「神童。君かね」
エイリアンはその顔を司に向ける。
近くにいた参太を見ず、三人のなかではもっとも遠い位置にいるはずの司の方を。
直後。
緑色のエイリアンが司の背後に現れた。
“テレポート”だ。
「司!」
透の叫び声が響くなか、司はスマホをポケットにしまいこみ急いでその場を離れる。
聖剣の軌跡が先ほどいた場所を通り過ぎた。
「危ないな!」
キッと管理人を睨むが、しかしその顔は逃げ惑う人のそれだった。
「今回も失敗か……」
呟き、司は宇宙空間から逃げるべく現実世界へのアクセスを開始する。作戦が失敗した以上、この戦場に留まる理由はない。むしろ一刻も早く脱出して次の策を練らなければ……。
それなのに。
「君だけは逃さない。神童、いや神居司!」
虹色の刃が疾走する。
司は舌打ちしつつ、体を右に流して避ける。
聖剣の放つ熱波が司の頬を焼き、一文字の傷を刻みつけた。
「ほっぺに傷なんて、最悪だよ!」
言葉を放ちながら、司はテレポートしてきた管理人が頭上にいるのを見た。聖剣の刃が眼前に迫っている。
「テレポート……あの女のスキルで負けるなんてね。ボクをそんなに馬鹿にしたいんだ!」
「過ちは断罪されねばならない。たとえそれが君であろうと」
司は奥歯を噛みしめた。
(こんなものなのか、ボクの人生は)
スキルは透の弱体化のおかげで使えない。もっとも作戦を立てたのは司なので自業自得か。管理人を縛り付けるはずの策が、自身の退路を断つことになろうとは……策士が策に溺れるというが、そんな言葉を当てること自体が滑稽に思えるほど、無様な己の醜態だ。
ふと、管理人とはじめて会ったときのことを思い出した。
無様と言えば、あの時もそうだった。
人生の底にいたとき、司はその存在と出会ったのだ。
司が管理人と会ったのは中学生のころだった。
中学三年生のころ、高校受験を控えた不穏な時期に、司の人生の底はやってきた。
高校受験を見越して塾に通いたいと母に言った日から、毎日殴られるようになった。
司の家には父親がいなかった。ある夜を境にして父親はいなくなり、司と母は捨てられたのだ。
母は怒りに燃えながらもひとりで働き、女手ひとつで司を育ててくれた。
だが時々、司は母親の心を砕いてしまうことがある。
今日の夕ご飯は何にするの? 明日のお弁当は何?
そんな当たり前の問いかけですら、仕事に追われて家事にも追われていた母親にとっては娘からの催促に聞こえたのかも知れない。司はそう、過去を振り返っている。
『塾? そんな金、どこにあるの!』
塾に入りたい、という言葉も母親にとっては逆鱗だったのだろう。
娘を塾に入れてあげたいけど、入れられなくて申し訳がない。そんな想いの裏返しだったのかも知れない。
当時の司はそんな風に思えなくて、ついに殴る母親を蹴り倒し、そのまま家から出てきてしまった。
家から出て、しかし行く当てもない夜の道を彷徨うなか、司は管理人と出会った。
服はぼろぼろ、靴も破れていた。栄養失調で体も細くあばら骨が浮き出始め、およそ女の子には見えなかっただろう。
しかし管理人はしっかり目を合わせてくれた。そして嘲笑ではない、心配でもない、救済の言葉をかけてくれたのだ。
『家出か。きっと君は、断ち切ることを選んだのだろう。その歳でその道を選べる人間はそういない。見込みがあるな、君は』
「お父さんみたいだって、思えたのに」
記憶から現実に戻った司は、なおも眼前に迫る七色の刃を見つめる。
その輝きはあたたかそうで、しかしどこまでも恐ろしかった。
「司!」
透の聞き慣れた叫び声が聞こえた。心底、耳障りな声だ。薄汚れた子犬のように、切り捨てたいのに切り捨てられない。見捨てられない。どこまでも追ってくるから。
司は透をにらみ据えるべく声のする方をみたが、そこには人の姿になっている彼がいた。
エイリアン化の解除はつまり、オーバーデバフの終了……弱体化の力が弱まったことを意味する。
暗闇のなかで司と透は目線を合わせた。
(まったく。だからだよ、見捨てられないんだ)
思い、眼前に迫った虹の刃を睨むと。
司はスキル“世界改変”を起動する。
通常、それは神の降臨を行うべき準備時間を必要とするスキルだった。
だが司は緊急用にひと柱、ものの数瞬、一秒にも満たないごく短時間で降臨できる神を見つけていた。
司の髪色が雪のような純白に染まり、瞳の色もそれに応じて白く輝いた。
『我を呼んだということは……身に危機が迫ったか。“神童”よ』
司に宿った神は愉快そうに呟くと、右手を一振りする。
虹色の刃と司の右手とが触れあう。誰もがそう思った。
果たして、司は宇宙空間から消えた。
虹色の刃は空振りする。
「逃げたというのか」
管理人は聖剣を握った感触から、司を斬ったのではないと確信する。
しかし目の前にはもう彼女はいなかった。
スキル“世界改変”のひとつ――昇天。
神に選ばれた者が神の住まう場所へ連れて行かれてしまう、という特異な力である。これは司の要請というより、神の呼びかけに司が応えたという形をとるため降臨に時間がかからない。
神に連れて行かれるタイミングを延期しつづけ、危機が迫る今、満を持してOKサインを出したというわけだ。OKサインを出された神は即座に司を連れ去る。
「私も知らない神を召喚できるようになっているとは。さすがに神童と呼ばれるだけのことはある」
管理人はしかし、司と同じスキルを持っている。
昇天は神に選ばれた者しか起動できない特殊なものであり、管理人には発動資格がないために使えないが、他の神の力をつかって司を見つけ出し現実世界に連れ戻すことはできる。
「世界、改変――」
何のためらいもなくスキル“世界改変”を使用する。
その、直線。
管理人は背後に気配を感じた。
「君か、無能力者」
人の姿に戻った透だ。
「やらせない……絶対に!」
エイリアン化を解除したことでスキル“弱体化”は本来の出力に戻っている。
己のスキルを強化する力をもつ管理人に対し、“弱体化”は無力だ。
しかし透にはそんなことは百も承知である。
「やめておけ、死にたいのか」
「それで司を、護れるなら」
管理人の助言ともいえる死の宣告に、しかし透は迷わず言葉を返した。
己の信念は曲げない。透はそう言ったのだ。
管理人はうなずいた。
「そうか。それが君の望みだと言うなら」
拳を繰り出してくる透に対し、管理人は聖剣を突いた。
虹色の刃はあっけなく透の腹を突き刺していた。
それは一瞬。これまでの剣裁きはすべて手加減だったとでもいうように、管理人のその一突きは速い。
管理人が聖剣を引き抜けば、全身の力をなくした透の肉体が宇宙空間を漂いはじめた。
「ひとりはひとり、か。一日に二人も殺した以上、今日は終わりとしよう。命拾いしたな、神童」
ため息とともに呟いた管理人はそこで聖剣の刃を収める。
剣からペンに戻ったそれを掌におさめ、同時に管理人が人の姿に戻っていく。
参太はその様子をただ呆然とみているしかなかった。




