選べない高校生たちの罪
純白のエイリアンが二体。
管理人は目を細めた。
「エイリアンを自在に操作できると、そう言いたそうだな」
「俺たちはそれほどうぬぼれちゃいない」
新たに現れたエイリアンが管理人の前に現れるや、鉄拳を喰らわせる。
「はァ!」
女の子の声がその口から響く。
「あんたを倒すには! それでも十分だろう!」
透の言葉に呼応するようにエイリアンの拳が管理人に迫る。
それを易々と避けるが。
「!」
エイリアンが消えた。
「間違いない……」
管理人は現状を把握しつつ、その場を離れた。
直後、さきほどまで管理人がいた位置にエイリアンの拳が伸びた。
「テレポート、か」
管理人が住民に与えたスキルのひとつ。
本来ならスキルは透の“弱体化”によって無力化される。だがエイリアンの体を手に入れたそれは己のスキルを大きく強化していた。弱体化の影響を受けないエイリアンは、一方的に己の力を解放する。
管理人は依然としてスキルが無力化されている、この状況下で。
「以前とは違う、か。どうやらその通りだ」
はじめて管理人は絶望を感じた。
この絶体絶命の状況に、ではない。
人をエイリアンに変える。しかも同じ集合住宅に住む、隣人と呼べる親しい者を異種族にした上で操り人形にして。
(そんな罪を犯してまで、私を排除したいというのか)
人類を滅ぼすため、まずは住民を抹殺しようとした。その修羅の道を歩むと決めた時点で住民たちの共通の敵となることは、管理人は覚悟していた。
だが。
己の覚悟さえ超越する手段を見せられたいま、管理人は思わず絶望に立ち尽くした。
その上、管理人の心を折る声が響きはじめた。
「ゴメんなさイ、管理人さン」
エイリアンの口から、女の子の声が漏れる。
拳を振り向けつつ、意識を取り戻したのか。
紛れもない冬木春枝の口調で、そのエイリアンは必死に謝罪する。
「あたシ、ほんとハ感謝してルのに」
管理人はエイリアン――冬木春枝の拳を避ける。
直後、背後に冬木春枝がテレポートする。
間一髪で拳を避けるが、その道の先にはテレポートした冬木春枝――ハルがいた。
「こんナこと、したくナいけド」
ハルはエイリアンの体で拳を構えた。向かってくるハエをたたき落とすように、ためた拳を管理人に振り切った。
「あたシ、もう止まらなイから!」
AAAAAA、とエイリアンの叫び声が宇宙に響いた。
彼女の叫びが聞こえたそのとき、参太はふと我にかえった。
「ごめん」
司の体を、参太はそっと押す。
柔らかな感触の体が抱きついている。押されたことで、拒絶を知った。
小さな肩がぴくんと震えて、司は顔をがばりと参太に向けた。
泣いていた。
(どうして、泣いてるんだ)
突然のことに戸惑う。
参太はどうにも司がわからない。
透と仲よさげに遊んでいるかと思えば、その裏で透を悪く言った。
クールな感じをいつも漂わせているのに、いまは何故か泣いている。
きっとハルをエイリアンに変えてしまったのも透ではなく司だろう。参太にはそんな気がしていた。
それほどまでに冷淡で合理的な思考を持ち合わせているというのに、何故泣いているのか?
参太にはまったく理解できない。
いや、理解する気がなかった。
ハルをエイリアンに変えてしまうような人の心など、理解できるはずもない。
(ふざけるなよ……司)
「管理人を、殺せるんだよ? 参太くんもそう思ってたんじゃないの? 管理人が敵なんじゃなかったの?」
「そうだけど、でも、これじゃ……」
「あの女のこと、好きなの?」
司は参太の体をひときわ強く、ぎゅっと抱きしめてくる。
「わからない」
正直な感情を打ち明ける。
ハルとは色々あった。好きになりかけたこともあったが、その気持ちはただ利用されて捨てられた瞬間に砕け散った。それでも、色々あったことに変わりはない。その色々が参太の胸をかけ巡っておさまらない。
「ボクが、いま必死に抱きしめてるんだよ。参太くん、お願い。わかってよ、ボクの気持ち」
司の視線がまっすぐ参太の瞳を見据えてくる。
参太は司の体を押して引きはがし、まっすぐに宇宙を駆けた。
司は目尻にたまった涙をぬぐうと、透に声をかける。
「透、お願い!」
こうなることも予定のうち。そうとでも言うような瞬時の行動。
司の声に応えて、エイリアンの姿をした透が参太の前に立ちふさがった。
「参太、どうしてお前は!」
「道を!」
「司の気持ちも! それに……共通の目的を達成しようというのに、なぜ俺たちの邪魔をする!」
「なんでこんなのが、達成って言えるんだよ!」
参太はスキルの失った体を、しかし臆さずに透にぶつける。
体当たりを喰らわせて、しかしエイリアンの強靱な体躯を手に入れた透は微動だにしない。むしろ好機とばかりに参太の腕を掴み、ひねり上げた。
「ぐ!」
うめき声をあげつつ、しかし参太は気持ちを奮い立たせて己のスキルを発現させた。
直後、参太の全身が兵器化され……人型兵器となって透の腕から離れる。
「“弱体化”が効いていない? そんなはずは!」
管理人のスキルを封じているいま、エイリアン化さえしていない参太もまた弱体化の影響を受けているはずだった。
しかし……。
「勇騎さんの力だよ、透!」
全身を装甲に身を包んだ参太は、背負う盾から一本、剣を取り出した。
それは住民・破多勇騎を兵器化し、そのスキル“英雄”の力をもつ宇宙剣――ブレイド・サーガ。
己の能力すべてを継続的に強化しつづけるその力は、本来なら永遠に成長し続けるビームコーティングを発生させるだけの武装である。
しかし剣に宿る者の意志により、そのスキルを参太に与えてもいた。
司と話している間もずっと、密かに参太は己のスキルを強化しつづけ、弱体化のなかでも起動できるように準備していたのだ。
(こんな形で起動することになるなんてな)
参太は内心、透と司に申し訳なかった。
これでは二人を裏切る準備をしていたかのようで。
本当は、二人が管理人に殺されそうになったとき駆けつけるべく、勇騎の力を借りていたのだから。
『大丈夫だ、参太。胸を張れ!』
宇宙剣から勇騎の声が放たれる。
つづけて盾からも、
『そうだよ、参太くん! きっとその道で合ってる』
零華がそう声援を送れば。
『お願いデス、参太くん。ハルちゃんを、助けてください!』
シャルロットの必死の声が参太の心に響いた。
(そうだな。ハルをエイリアンにしたんだから!)
「透……ごめん」
剣を大きく振って透に斬りかかる。
刃を赤いビームコーティングで覆った大剣は、透にはあっさりと避けられた。
参太は避けたばかりの透にキックを繰り出し、その全身をはね飛ばす。
「ぐっ!」
もう目の前には誰もいない。
参太は宇宙剣を握りしめ、そうして管理人のもとに駆けつける。
「参太!」
透の声が木霊したが、しかし参太は止まらない。
いままさに、ハルが管理人にその拳を命中させようとしていた。
度重なる回避を繰り返した管理人に、一撃は避けられない。
触れたが最期、どことも知れない異世界に転移させられる拳が、管理人を打ち据えようとしていた。
「嫌ダ、嫌なのに……AAAAAA!」
「ダメだ、ハル!」
参太は叫び声をあげているハルに手を伸ばし、その背中に触れた。
人を兵器に変える。
人をエイリアンに変えた透と司と、いったい何が違うだろう。
参太はしかし、手段を選べない。
したくない、そう叫んでいるのに、やらざるを得ない。そんな悲しみを、彼女に背負わせて良いはずがない。そんなものが目的の達成だと言ってはいけない。それだけは正しいと思えるから。
だから参太は、彼女に手を伸ばした。
その手がハルに触れた直後だった。
スキル“兵器化”が純白のエイリアンを一本の剣に変える。
『ありがとうとか、言わないから』
そんな声がハルから漏れたが、もう彼女はこの世にいない。
彼女の手が無機質な柄に変わり、参太の手に握られた。




