3人の高校生、再戦、管理人と
甲斐崇尚の死体をそのまま床に置き去りにして管理人は「1-B」号室を去る。
不意に、気配を感じた。
「貴女ですか」
管理人はけして振り向かない。視界に映さなくてもわかる。自分が住民たちを殺して通るその道に、必ず彼女が来てくれることを。
どこから来たのか、いつからそこにいたのか。部屋には着物を身につけたエイリアンが立っていた。
白地に赤い斑点をつけた着物に、金色の帯を合わせている。他の一般的なエイリアンと違って人間の老婆のような白髪を生やしている、特異な女性型個体。
純粋なエイリアンではなく、もとは人間だったが管理人によってエイリアン化された過去をその姿が物語っている。
「お元気そうで」
エイリアンは慇懃に一礼すると、しゃがみこんで足下の崇尚の頬にその手を触れた。
直後だった。崇尚の遺体は輝きだし、宝石に変わっていた。五センチメートルほどはあろうかという特大ダイヤモンドだ。
スキル“回心”。あらゆる物質を、それと等質の別の存在に変化させてしまう。
エイリアンは着物の懐に宝石をしまい込んだ。
「死体を回収して、いったい何をお考えか」
管理人は玄関口で靴を履きながら問いかける。変わらず視線は向けない。視界にも映さない。
一方、彼女ははしっかりと管理人の背中をみつめている。
「私はただ、貴方のしてきたことを無駄にしたくないだけ。ただ救いの証を残したいだけですから」
「救い、ですか。もうわたしには懐かしい言葉だ」
靴を履き、管理人はドアノブに手をかけた。その状態で一度、立ち止まる。
「貴女のそのスキルが、わたしに向けられない限りは……貴女に手を出すまい。貴女だけは」
「見届けますよ」
ドアを開け、外に出た。
着物のエイリアンはため息を吐き出すと、瞬時に消える。
誰もいなくなった「1-B」室で、何故か目覚まし時計のアラームが鳴り響いた。
止める者はもういない。
しかし、ボタンからカチッと音がして……アラームは消された。
誰もいない。そのはずなのに。
一階の通路を歩いていると、管理人は男子高校生と鉢合わせた。
「また、君か」
奥津参太。住民でないにも関わらずスキルを与えてしまった、メゾン・アストロにおける唯一の例外、特異点。
着物のエイリアンと話をしただけでも息が詰まる思いだったというのに、次は例外を認めてしまったこの高校生だ。
今日は過去の己を叱りつける日なのか。
管理人は盛大なため息を吐き出すと、そのまま歩く。
「今日はもう終わりだ。残念だったな、また君は間に合わなかった」
子どもの相手をしている暇はない。管理人室に戻って、まだやるべき仕事があるのだから。
しかし、参太はそれを認めない。
「ふざけるなよ……ひとり、殺しておいて!」
参太は間に合わなかった己のふがいなさを噛みしめながら、しかし管理人から逃げないと決意した心をそのまま言葉にのせる。
「今日こそだ。今日こそあんたを、打ち倒す」
「うるさい子どもだな」
「逃げるなよ、おい」
参太は管理人の通路をふさぐように仁王立ちを決め込んだ。
「今日は終わりだと言った。それに命は大事にするべきだろう。今日は死なずに済むのだ、それを喜んで、今日は帰るんだな」
管理人はくるりと振り返り、そのまま反対方向に歩こうとした。
歩こうとして、また二人の高校生と鉢合わせる。
“無能力者”青風透。
“神童”神居司。
屈指の実力をもつ住人であり、闘争の頂点に立ってもおかしくはない力をもっている。
それが二人あわせて通路をふさいでいた。
「透に、司……?」
参太の戸惑っているような声をきいた管理人は、ひとまずはこの三人が連携していないことを把握すると、片付けやすい方から処理することにした。
「逃げられない、とでも言うつもりかね。無能力者に、神童」
「もう遅い」
透が呟くと、そのまま指を鳴らした。
パチン、と乾いた音が鳴り響くと同時、管理人、透、司、そして参太までもが宇宙空間に突然放り込まれた。
「これは私の技術ではないが。猿まねとはいえ、よくできたものだ」
管理人は感心したように周囲に展開された“疑似宇宙空間”を見渡した。
「優秀な研究者たちの成果だよ。ぜんぶ、あなたを殺すために準備したやつさ。管理人さん♪」
司がちょこんと体を傾けて、可愛らしくにこっと笑った。
エイリアンを秘密裏に研究している政府機関、光の街。そのバックアップを受けている司と透は、エイリアンの技術を解析して造られた新装備を扱うことができる。
管理人が見抜いたように、その宇宙空間はメゾン・アストロの裏側に貼り付けられたものではない。メゾン・アストロの構造を真似て再現したドームに貼り付けられた擬似的なものでしかなかった。
とはいえ、住民がスキルを発動することができる領域という性質は変わらず、それさえ担保されていれば他のことなどどうでもいい。
たとえそれが模造品であったとしても、現実の裏側に貼り付けられた超常現象を許容する世界を、ついに人類は自らの手で造り上げることに成功していた。
その技術を使ってエイリアンたる管理人を殺す。
透と司はいま再び勝負を挑んだ。
透は制服のポケットから錠剤をひとつ摘まみ上げると、それを口に含んで飲み込んだ。
直後、透の全身が白い体表に覆われたエイリアンに変貌する。
「“弱体化強化”!」
叫び、透は宇宙空間全域にスキルを適用させる。宇宙空間では吹くはずもない風が吹き荒れ、透を除いた三人は一様に違和感にさいなまれた。
己の力が抜け落ちたのではないか、と本能が危機を感知することでうまれた違和感は、すべて透のスキル“弱体化”の影響だ。
ありとあらゆるスキルの力を弱めるデバフをもってすれば、複数のスキルを同時併用してくる管理人とも対等に渡り合えるはず――その戦略をもって、透は管理人に向かっていった。
「同じ手を使ってくるとはな。舐められたものだ」
管理人はすべてのスキルを奪われてもなお、微動だにしない。
余裕の象徴である微笑は変わらずに維持されており、さして慌てる様子もなかった。そればかりか、先ほどからずっと抱いている気だるさまでもがそのまま表情に出ている。
敵と相対している、というよりかは、面倒くさい仕事に嫌々取りかかっているといった風情だ。
「同じ手に見えるなら、ありがたい!」
透は言い放ち、臆さず向かっていく。
管理人の拳と透の拳が同時に突き出され、ぶつかりあった。




