住民保存室と高校生、相対す。
その家に部外者が入ってきたのは独りの空き巣だった。
いま、その空き巣がふたたび中に通される。
メゾン・アストロからそう遠くない団地のなかに立てられた一戸建ての家屋には、ひとりの老婆が住んでいた。
エイリアンの老婆は参太を応接間――仏壇つきの茶の間に案内して座布団をすすめて奥の間に消えると、お茶を淹れて戻ってくる。
小さな湯飲みには茶柱が立っていた。緑色の液体に自らの顔が映るのを見た参太は、冷ましながら飲んでいく。緊張している、とわかったが、お茶の温かさは確かに感じられた。
「管理人さんのことは当然、あたしも承知しておって」
老婆もまた茶をすすりながら、飲み干した器をそっと畳の上に置いた。茶碗の唇で触れた部分を手でぬぐって懐のハンカチで指先を拭きつつ、
「あの人はついに始めなさった。だから、ちょっとあんたに頼みたいなあって思って、声かけさせていただいてんのだけど」
参太がお茶を飲み干すのを見た老婆は、茶碗を回収して部屋の隅に置くと、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと見て欲しいものがあって。一緒にきて」
茶の間から奥の間へと移る。そこは水場になっており様々な茶道具や茶碗が置かれていた。床の一部にはつまみがある。
老婆は両膝をついてそのつまみを引くと、扉が開いた。
階段がつづき、暗闇の地下室へと通じている。
床下をくだること五分が経過。左右の壁が消えると、広大な空間に出た。
その部屋に足を踏み入れたとき、参太は思わず吐き気をもよした。
「っぷ」
手で口をおさえて何とか堪えたが、それでも視界に捉えた景色は変わらない。
室内には二メートルほどのカプセルが横倒しになって置かれている。整然と安置されている数十個のカプセルのなかには、人間がそのまま入っていた。それも服を着ていない、肌が異様に白くなっている姿で。
それは死体であり、棺桶だった。広大な室内には薬品の臭いが充満しており、死臭を隠しているが、それは気休めにしかならない。
カプセルは縦に五つ並んでいるのが十列あり、合計で五〇個となる。
参太はためしに手前にあったカプセルを覗いてみた。表面に「2-B」と白く印字されているそのカプセルには、一度だけ見たことのあった男――久地田香の遺体が安らかな顔で安置されている。
『香! どうして、ここに……』
ポケットから勇騎の声が響く。ほかにも呆然としている気配がポケットのコンパクトミラーから伝わってきた。
参太も当然、言葉がでない。
一方、老婆は平然としていた。
「あたしはあの人の傍で、できることをやってきたつもりです」
その言葉で沈黙を打ち破った彼女は、参太の目の前に立って頭を下げた。
「あんたのその力で……ここにあるみんなの体を、武器に変えてほしい」
「みんなって、いったいここは、何なんだ? あんたは一体、何ものなんだ?」
呆然としたまま、参太はどこか察しているそのことを、あえてきいてみた。認めたくなかった。
老婆はやはり平然と説明する。
「メゾン・アストロの部屋数は、管理人室を合わせると五〇室。ここにあるカプセルの数も五〇。闘争がはじまって死んでしまった人を回収することが、あたしの役目だった」
参太に一度背を向けて、彼女はゆったりと歩き出す。カプセルを愛おしそうにその手で撫でながら。
「役目といっても、あたしが勝手に初めただけでさ。でも、あたししかそれをやらなかったから、あたしの役目になって。見ていられなかったのさ、あたし。殺されて、そのままになってるみんなの姿が」
ため息をはくと、そこで足を止める。エイリアンの顔をした彼女の表情は、参太には正直わからなかった。だが、その顔はしっかりと参太に向けられている。ノコギリのような歯を持つ口で、彼女は確かに人の言葉を話していた。
「でも最近、部屋が空いたにもかかわらずね、体がどこにもなくて。調べて見たら、あんたがいた。はじめてあたしは、あたしと同じ事をしてる人を見たわ」
参太は首を振った。
「俺はただ、助けられなくて」
ポケットに手を入れ、コンパクトミラーを取り出した。かつて人だった者たちの声が響いてくるその物質を老婆に見せる。
「仕方なく……俺は、こうしているだけです」
参太はうつむいたが、老婆はふっと笑った。
「どうして笑うんです?」
参太が睨むと老婆はさらに笑った。
「いやごめんよ。でも、そこにいる子たちの声をきいてみてわかったよ。あんたのその考えは間違ってるさ」
コンパクトからは確かに声が放たれている。それは参太にしか聞こえないはずだったが、老婆には筒抜けなのか。
零華が『噂にはきいていたけど、これが保管室ね』と呟けば。
勇騎は『俺も小耳に挟んだことがある。参太、これは絶好の機会かも知れん』とささやく。
シャルロットは感激しているのか『住民たちは消え去ったと思っていましたが、このような形で保存されていたなんて! エイリアンの技術と発想はやはり、大変興味深いデース!』と大声ではしゃいでいた。
誰もが自由に、それぞれしゃべってる。参太には時にそれがうるさく思えるが、しかしいつも思ってしまう。その声の持ち主はもともと、生きていたのだと。そして彼、彼女たちの生を奪い取ったのは、誰でもない自分自身なのだと。
「間違ってる?」
「そう。あんたはこの子らを道具にしたって後悔してるかも知れないけれど、この子らは自分からすすんであんたに力を貸したんじゃないのかい」
その言葉に参太はうなずくわけにはいかなかった。頷いてしまえば、自分の罪をごまかすことになりかねないから。
「ふふ。まあ、あんたはそういうところで真面目な男みたいだから、受けいれないみたいだけどね」
老婆はカプセルから手を離すと、やがて入り口に戻っていく。
「いまは答えを出さなくてもいいよ。でも、きっとあんたにはみんなの力が必要になってくる。絶対に。そのときには迷わず、あたしを頼ってほしい。ここにいるみんなもきっと、嫌がらないと思うからさ」
階段を上がりながら、彼女はそして最後にこういった。
「またひとり、死んだみたいだ。回収しにいくから、ちょっと外に出るよ。鍵は開けたままにしていいからね。それでは、ごきげんよう」
人間らしく一礼すると、そのエイリアンは地下室から出て行った。
取り残された参太は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
この力がいずれ、必要になる。
老婆が言い放ったその予言めいた言葉が、参太には引っかかっていた。
それはつまり、この先も誰かを救えないときがくる、ということか。
「ふざけるなよ……」
呟き、参太も地下室から出る。
老婆がいってくれたように鍵をかけずに家屋から出ると、時間はすでに夜の八時だった。
家に帰る時間だが。
参太は走ってメゾン・アストロに向かった。いまならまだ、老婆に追いつけるかも知れない。
(今日もまたひとり死んだって……ほんと、ふざけんな、俺!)
管理人による虐殺を止める。
その決意を胸に抱き直した参太は走り込む。老婆の予言を自ら振り切るように、速度を上げた。




