友と青春と高校生、エイリアンの肉体に
参太が泣きながら帰っていたころ。
ハルもまた泣きながら部屋に帰ろうとしていた。
戦場となったシャルロットの部屋「7-G」号室から、自室の「2-A」号室へ。ゴミがそこら中に落ちている階段をおりていく。
(……皇女が、厄介なやつが、いなくなってくれて、ほんとありがたい)
そう思えば思うほど何故か涙がこみ上げてきた。
(ありがたいのに……!)
一度立ち止まって、涙をぬぐってからまた階段を下る。
親友だったのかもしれない。ふと、そう思う。
ハルは普通の女子だったが、しかし過去に一度だけ自殺しようとしたことがあった。普通の女子らしくサッカー部のマネージャーをやって、そしてサッカー部のエースに恋をした。
けれどライバルは多くて、ハルは同じ部活の仲間と恋敵になって、そして敗れた。
部活のたびに好きな人がかつての仲間と仲良くするのを見せつけられて、最初こそ耐えられるかと思ったけど、所詮は普通の女子でしかないハルにとってそれは耐えがたい苦痛だった。
サッカー部を辞めれば想いは断ち切れるかと思ったけど、それほど軽い想いなら端から苦労もしていない。
かといってすでに成立してしまった幸せなカップルを壊したくもなくて。
想いを断ち切ることもできなければ、次の恋に移るきっかけもないまま。ハルはついにすべてを投げ出した。
踏切に立って、そこですべてを放り出そうと思った。
そうして行動を起こした、ある日の早朝五時半。
始発の電車に命を蹴散らしてもらおうとして、足がすくんでできなくて。
その次の電車も、結局お昼ころの電車になってもできないままで。
諦めて家に帰ろうとしたときに出会ったのが管理人だった。
『君は馬鹿げた幻想にすべてを蝕まれている。目を、覚ましなさい。君にとってもっとも大切なものは何だ? 友情なのか、それとも忘れられない男のことか? 違うはずだ。君はもっと純粋な存在であり、もっと欲深い存在だ。違うかね?』
はじめは喧嘩を売られたのかと、そうとばかり思った。だから眉をひそめて、食ってかかった。
『は? いったい何言ってんのかわかんない。ぜんっぜん、意味わかんないから! いきなり人を欲深いとか、なにそれ。決めつけないでよ! 喧嘩売ってんの?』
ハルはその謎の男に、いとも簡単に屈服することになる。
『純粋で欲深い。故に、諦められない。それは勝者の資質だ。しかしながら、ただの一度の敗北に屈するのはもったいない。勝者の資質をもっている君なら、物事を簡単に諦められない君なら、より巨大な欲望を実現することができるだろう』
それまでハルは普通の女子であることを自覚していたし、だからこそ普通の女子でありつづけるべく、人並みにかわいくありつづけようと努力してきた。常に目の前の友人という名の“普通の女子”を見て、それに劣らない普通の女子であるべく、時に悠然と、時に必死に環境に適応してきた。
管理人との出会いはハルにとって、たとえるなら宇宙人との接触だった。
『君はあまりに世界を知らなさすぎる。この世界は狭いとでも思っているのか? 勘違いも甚だしい。世界は広く、この現実世界はあらゆる可能性を内包している。しかし死は、その可能性のすべてを捨て去る愚かな行為に他ならない。死は尊い。だが単純に、もったいないのだよ』
住む場所を地上にしか求めず、それ以外に興味のなかった陸上動物が、はじめて外の宇宙世界を知っている存在と接触した。
ハルは管理人の言葉に引き込まれていった。それは自分がこれまで思いもしなかったことでありながら、それでいて自分が歩めるかも知れない未知の未来現実へと通じるワープ装置のようだったから。
『君は、君の可能性を知らない。解き放つ術を教えよう。死にに行くのはそれからでも遅くはないだろう?』
そうしてハルは、学校の帰りにメゾン・アストロに行くという条件で部屋を与えられ、仮の住民となった。
住民になったハルは、即座に襲撃された。闘争が激化していたメゾン・アストロの住民になるということは、すなわち闘士のひとりとなるということだった。
しかし管理人がハルに与えたスキル“テレポート”は純粋に強力な能力だった。たとえハルが普通の女子で、戦いに何一つ心得のない高校生であっても負けることはなかった。
次第に戦いになれていったハルは、テレポートで逃げ回っていただけの状態から、相手をテレポートさせて処刑することを覚えた。
以降、負け知らずのハルは勝者となり、かつて自分がそうされたように、他の住民を襲撃するようにもなった。
テレポートを自在に操る“妖精”。しだいにその二つ名で呼ばれ、ハルもまた最強の住民の一角として認知されはじめるようになる。
学校でつもりにつもったストレスを発散する場所として、メゾン・アストロという戦場はハルには格好の居場所だった。
しかし、ハルがどんなに本気を出しても打ち倒せない住民が二人いた。
ひとりは“神童”。そしてもうひとりが“皇女”だった。
普通の住民は宇宙空間という戦場で勝負を挑み、そこで決着を着ける。当然ハルもそうした戦い方しか知らなかった。
だが二人は普通の住民ではなかった。まさに格が違っていたのだ。
“神童”はその反則的な力をすでに周知のものとしており、その恐ろしさを知らない者はいなかった。ハルはほかの住民たちの話をきいて、世界さえ握りつぶす存在だと知り、挑んではいけない相手だとわかった。“神童”は圧倒的な力を一度見せつけておけば、あとはその恐怖が勝手に情報となって駆け巡り、抑止力として機能することを知っていた。情報戦のスペシャリストだったのだ。単純な戦闘しか知らないハルにとって、恐怖で情報を支配する彼女のやり方を認めたくはなかったが、しかし勝負を挑むことは結局、できなかった。
そして、“皇女”。彼女はけして強い住民ではなかった。一度宇宙空間に入りこんでしまえば簡単に倒すことができた。しかし、“皇女”は科学力・技術力においてあらゆる住民の頂点に立つ存在だった。
バイオロイドでできた体は死を知らず、彼女の明晰な頭脳による策謀にはまれば無数のクマ型ロボットに囲まれてあやうく死にかけた。テレポートのスキルをもっていなければ殺されていただろう。
宇宙空間での勝負こそすべてと思っていたハルにとって、“神童”と“皇女”はまさしく超弩級戦艦に対して空中戦の優位性をまざまざと見せつけた戦闘機のようだった。
戦い方の多様さを思い知らされたのだ。
ただ、“神童”と違って“皇女”には恐怖を操るだけの力はなかった。
『あらあら、また来たんですかー、まったく』
故に、ハルは彼女が持つ策謀を打ち破るべく何度も何度も勝負を挑むようになった。
学校が終われば、すぐにシャルロットの部屋に駆けつけた。そして襲いかかった。
『一応わたし、皇女って呼ばれてるくらい、恐ろしい住民なんでーすけどネ!』
それが毎日つづいて、襲いかかる前にシャルロットが用意してくれたケーキやお茶を食べることもあったし、一緒にお菓子作りをしたり、料理本とにらめっこしてハンバーグを焦がしまくったこともあった。だんだん、ハルから悩みを打ち明けることもあった。
『今日も来たのデスねえ……まあ、ケーキ買っておきましたし、まずは一緒に食べましょう!』
シャルロットの部屋に行くことが、楽しくなっていた。
それなのに。
自分が打ち倒すべき存在だったはずの彼女はもう、いない。
(あたし、どうすればいいの? ねえ、教えてよ……シャルちゃん)
いなくなってから気がつく。その人の大切さに。
呆然と階段をおりるハルは、そこでひとりの高校生と鉢合わせた。
神居司――恐怖の情報を操る住民、“神童”。
「すぐにおりてくるかと思ったけど、以外だね」
ショートカットな上に全然サイズがない胸。ともすれば可愛らしい男の子にしか見えない彼女だが、しかし性別がはっきりとわかる制服を着用することで、中性的な魅力を持つ美少女であることを教えてくれる。
ハルは眉をひそめて司を睨んだ。
「いったい、何の用?」
司は、そのとき恐ろしい程にっこりと笑って、
「襲撃ってやつだよ。冬木さん、いや“妖精”さん。ボクと勝負しようよ」
自分が一度も勝負をしかけることができなかった、恐怖の君主。
「いいわ。ちょうど、ムシャクシャしてたとこだったから。あんたにぶつけてやるわよ。やってやるわよ!」
こうしてハルは司を部屋に入れ、そして宇宙空間へと誘った。
勝負は五分と立たずに終わった。
宇宙空間に転移した瞬間にスキルを起動させた司は、神の手によってテレポートしていたはずのハルを捕縛した。
世界改変のひとつ――神隠し。あらゆる存在を捕縛し、思うままに呼び出すことができる連れ去りの神の力だ。
一度掴まれたハルは、直後にハルの目の前に呼び出された。
神の力がまだ体に残っているのか、全身をまったく動かせなかった。
「どうして……!」
「テレポートだろうと何だろうと、神の手は世界を掴む。たとえ移動中だろうと、ね」
司はそう答え合わせのように手の内を教えると、神の手から離されて金縛りにあっているハルに、一本、注射器をうった。
「いったい、何を? ……きゃああああ」
針を刺されて薬剤を流し込まれたハルは。
直後にエイリアンの姿になっていた。
かつて笹井研究員が盾伊に対して使った、人をエイリアンにして暴走させる薬物。
エイリアンを敵と考え排除しようとしていた盾伊がいなくなったことで、エイリアンを手駒として利用しようとする研究は再開された。かくして、人をエイリアンに変えて暴走させる薬物は、人をエイリアンに変えて操り人形にする薬物へと進化を果たす。
司はそれを持ち出していた。
「さあ、妖精さん。これからはボクの命令に従ってもらうよ」
司は満足そうに笑うと、妖精とともに宇宙から消える。




