鉄拳と高校生と星のない空
「どうして、ここにいるんだ! 司!」
参太は思わず叫んだ。
昼休み、彼女の誘いを断った瞬間の表情が脳裏に再生される。笑顔だったその顔が一度だけ何かを堪えるような苦しそうな顔に変わっていた、その瞬間のことを。
いまの司の顔は、その時の苦しそうな顔とそっくりだったから。
「ボクも住民だからね。厄介な皇女様を処分する機会は、いつも伺ってたんだよ」
参太は神剣を構えるが、しかし振り下ろすことができなかった。その柄を握り込んだまま、宇宙のなかに立ち尽くしている。
(どうすればいい……)
天啓によって未来は見えている。しかし参太はやはり、命の恩人である司を殺したくはなかった。
「戦場にためらいは禁物だよ? 参太くん」
司がぼそりと呟くと、その髪の色が変色しはじめた。黒から、赤に。
『参太くん、来まーす!』
シャルロットが叫び、参太も身構えた。世界を破壊する力が起動しようとしている。
(天啓……接続更新申請。承諾認可、これより再び、全知全能を把握する)
参太はふたたび天啓を発動させ、新たに追加された情報――新たな未来を見通した。
それは、司のスキルによって宇宙ごと握りつぶされ、参太とハルが命を落す未来。管理人とハルだけが生き残っている。
未来を覆す可能性は、ただひとつ。
天啓によって見いだされたその可能性を現実にするため、参太は急いで司から離れた。
「ハル! 逃げないと!」
目指すは、ハル。
そのころハルは管理人と死闘を演じていたが、
「クズ! 嘘つき! シャルちゃんをそんな武器にして……!」
泣きわめいていた。
(嘘つき、か。確かにその通りだ)
否定できないまま、参太はしかしハルの言葉を無視した。いまはそれどころじゃない。
「司がスキルを起動する前に、一緒に脱出する」
スキル“世界改変”は強力なスキルだが、起動するまでに時間がかかるのが最大の難点だった。故にほかの住民と連携した囮戦術が必要になってくるが、いまの司には透がいない。
「無駄だ……我が手からは、逃れられない!」
髪色と瞳の色を完全に変色させ、憑依状態となった司は右手を前に突き出した。
瞬間、神の見えざる手が宇宙全域を掴みとる。
「どうやら、戦いどころではないようだな」
状況をいち早く察知した管理人は、聖剣でハルの胸を串刺しにするその直前で宇宙空間から消滅する。
窮地に一生を得たハルは涙を拭くと、参太の手を掴んできた。
「後で殴らせて」
そう言ってハルは消え、参太も宇宙から離脱する。
現実空間への帰還を果たした参太とハルは、「7-G」号室の前に立っていた。
先に帰還した司と管理人はどこへ行ったのか、姿が見えない。
参太があたりを見回していると、不意に頬に一撃がぶちこまれる。
「つっ!」
思わず全身をのけぞらせた参太は、揺れる視界のなかで泣きはらしたハルの真顔を見た。
「この嘘つき。クズ野郎」
静かにそう言い捨てると、ハルは階段を下っていった。
頬に手をあてながら痛みを堪えた参太は、ハルの背中が見えなくなったのを確認すると、拳を思い切りアパートの壁に打ち付けた。
直後、痛みが返ってきたが。もう一度、打ち付ける。
「くそ!」
管理人が住民を殺すのを阻止するべく動いているはずなのに、自分がしていることは結局、住民の兵器化。
(これじゃ、止められてない……)
拳から血がにじむ。歯ぎしりしてもなお収まらない怒りを抱えたまま、参太は一度、メゾン・アストロを後にした。
空はすでに太陽が消え、星もない。明日は雨だろう。
光ひとつない夜空を見上げて、参太の視界がわずかににじんだ。
※
自分の部屋の鏡で、透はその一部始終を眺めていた。
司のスキルによって握りつぶされた宇宙を見て、そして立ち上がる。
シャワーを浴びてご飯をつくっている間、透は全身を包み込む無力感に気づいた。
「司……どうして、俺を」
独り言。
司の部屋に行こうとも思ったが、ためらわれた。
(住民、か)
住民同士、基本的には敵同士。一時的に交流をもつことはあっても利害によって連携するものでしかなく、その関係は常に崩壊の危険性を帯びている。
苦い思いを飲み込むように食事を終えると、透は日課のトレーニングを今日はサボって、ひたすら眠った。




