計略高校生と防衛皇女
メゾン・アストロ「5-F」号室。
住民の神居司はいま、純白の羽衣――羽根で織られたビキニスタイルの装具を着用し、宇宙空間内で儀式を執り行っていた。
世界創世の儀式である。
住民は管理人から二つの権能を与えられる。
ひとつは、スキル。管理人がそれぞれ、入居前の住民の性格、人生を見て適した性質の超常技能を与える。
そしてもうひとつは、世界創世の力。宇宙空間内に思いのまま世界を創ることができる。これにより独自の星系、生態系をつくりあげ、住民それぞれが最善の世界を創世し、完成させることが、管理人から住民たちへ与えられた課題であり、使命だった。
メゾン・アストロが建てられたばかりの頃、つまりは五〇年ほど前は現在のような闘争が行われることはなく、住民たちはそれぞれ世界創世に没頭したという。最善の世界を作り上げるべく、住民たちは互いに情報を共有し、時には相談したりもして種々個別に世界を生み出してはリセットし、また新たな世界を創世した。
しかし十年が経過すると住民たちの間にも停滞がみられ、世界創世の儀式は煮詰まった。新たな技法が生み出されることがなくなり、不完全な世界と知りながらもリセットせず、現状で満足する住民さえ現れ始めた。
そんな停滞のなか、ひとりの住民が闘争を開始したと言われているが、現在の住民はそんな歴史など知らない。
いまやメゾン・アストロは世界創世は闘争の片手間に行うものとされているほど、闘争が激化している。
「よし。うまいぐあいにできたかも」
世界創世を満足に行えるのは、周囲の住民に恐れられるほどの力をもったトップクラスの住民だけだ。そうでなければ、世界創世の儀式の最中に襲撃されてしまう。
司は最強の住民のひとり、という評価がメゾン・アストロ全体に行き渡っており、おかげで入居当初のように毎日他人に脅かされることはなくなった。
おかげでいまは学校から帰って心ゆくまで世界創世に没頭できる。
司の目の前で、世界が編み上げられていく。手を動かして太陽を配置し、数多の星を生み出し、さらに星に生態系をつくっていく。
パソコンで図画を作り上げるのとまったく同じ感覚で世界を創世する。
司はかねてから、自分の理想とする生態系を維持している惑星とはまた別に、実験用の惑星を用意していた。
小惑星・アーチムーブ。そう命名した星に、司はバイト先――光の街から持ち帰ってきたエイリアンの死骸を入れてみる。
エイリアンの死骸を遠隔操作して惑星の地表面に寝かせて、それから約五分が経過したころ。
小惑星全体に地震が起こる。
「へえ……さすが、超越生命体」
司がうっとりとその瞳を輝かせる、その向こうで。
エイリアンの死骸は星を光に変え、己の体のなかに取り込んでいった。
それから一時間が経過した。
小惑星は消滅し、エイリアンの死骸だけが残された。
そしてそれは、動かないはずのその指先をぴくりと動かすと、ドクン、と鼓動を響かせて覚醒する。
「ココは? 私ハ、どうシて」
そう呟いた直後。
エイリアンは神の手によって捕縛される。突然、宇宙から消滅したのだ。
司の髪色は黒から緑に変わり、瞳の色も同じものに変色している。
スキル“世界改変”のひとつ――神隠し。
司はエイリアンの蘇生と捕縛に成功し、その髪色が緑から黒に戻ったその時。不敵に顔を引きつらせて、笑った。
「これでよし、と。さて……管理人さん、どうしてるかな」
呟き、そして宇宙から現実へ帰還する。
※
「7-G」号室、宇宙空間内。
「そんなおもちゃで、私を止められると?」
緑色をしたクマのぬいぐるみが一刀両断、きれいに左右半分になる。
直後、爆発が管理人を襲うが。
「テレポート、ですか」
理解したシャルロットは、周囲に配置している赤、黄、ピンク、白のクマたちを同時に操作、光の障壁――バリアフィールドを形成させる。
四方に光の盾を展開するシャルロットに、さしもの管理人も手が出せない。
「さすがは天啓の皇女。不得手の戦闘であっても、自衛手段くらいはもっているか」
聖剣を構える管理人は、しかし一気に前進。バリアのひとつに向かって斬りかかる。
「クマちゃん、頼みマース!」
斬りかかられた面を受け持つ赤色のクマの背中を右手で押さえて支えつつ、シャルロットは他の三体のクマたちに攻撃指令をくだす。
バリアを展開していた三体のクマたちは瞬時にバリアを消してレーザー砲の標準を合わせる。胸部に隠された直径五センチメートルのミニマムレーザーキャノンが三門、管理人に向けられた。
「面白い」
対する管理人は攻撃をやめない。まるで狙われていることすら無視しているかのように。
「どういうことです?」
シャルロットは管理人が不敵な笑みを一切崩さないのをみて、万事を想定して赤いクマから手を離し、距離をとる。
直後、三門のレーザーキャノンが、各クマと同じ色で弾丸を放射する。三〇〇〇度の熱量をもつ光の弾丸は瞬時に管理人に殺到する。
だが。
管理人はこれをすべて、受けた。管理人の体はたちまち融解し、蒸発する。腕や頭がバラバラになって四散した。
「やけにあっけないデスが……いやはや」
シャルロットはしかし、聖剣だけが残っていることに違和感を覚える。
直後、宙に浮かんで滑っていた聖剣が、何ものかの手によって拾われる。
拾ったのは、管理人だった。先刻までそこにいた姿と寸分違わぬ姿で、管理人は聖剣を拾い、そしてまた斬りかかる。
(これは何のスキルでしょう? 久地田さんの“転召”でしょうか。厄介デスね……!)
赤色のクマが為す術もなく切り裂かれ、また一体、撃墜された。
負け惜しみのように自爆機構を働かせ、二〇〇〇度の熱量をもった爆発が大輪の花を咲かせるが、管理人はやはりテレポートで回避、シャルロットの背後に転移する。
「いつまでも遊んでいられるほど、私も暇ではない」
管理人はがら空きだったシャルロットの背中を一度蹴飛ばすと、すぐに聖剣で追撃する。
虹の刃が瞬時に振り下ろされ、シャルロットの瞳に刃先が大写しになった。
直後、そんなシャルロットの視界を青いクマの背中がふさぐ。
「ふっ!」
青いクマは息を吐き出したかのような音声を頭部のスピーカから鳴らすと、小さな手の先からバリアフィールドを展開、見事に聖剣を受け止めた。
「皇女様は、やらせない!」
その青色の外見イメージを裏切らないクールな声を鳴らすと、青いクマは腹部のレーザーキャノンを開き、バリアフィールドを解除すると同時に起動、弾丸を吐き出した。
「なかなかに、やるな」
管理人も落ち着き払った涼やかな声音で応じると、聖剣を横なぎにふるって弾丸を切り裂いた。
「光を斬るとは……こいつ、化け物ですか? 皇女様」
「ええ、大変困ってマース」
シャルロットは青色のクマのバリアに守られて肩をすくめてみせるが、その内心は穏やかではなかった。
はじめ三〇体参戦させていたクマ型スマートスピーカー・ロボットが次々と撃墜されて、いまや青色のクマを含めて四体のみ。その四体すら、いずれは全滅するのが目に見えていた。そのときこそ、敗亡の時だ。
(もう少し、時間を稼がないと)
シャルロットは手元のスマートホンを覗く。ノートPCと同期をはたした画面で「80%」と表示されている。一見すると充電中の画面にも見えるが、その数値は現在、現実空間に残してきた唯一のクマ型ロボットに最終兵器をダウンロードしている作業の、その進行度合いだった。
あと20%だ。あと少し、時間を稼がなければならない。
シャルロットはいま一度管理人の顔を覗いたが、寒気がした。
落ち着いた笑みを見せながら、いまだに鋭いその眼光が自分をずっと射ぬいていたからだ。
「さあ、皇女。処刑の時だ」
管理人は静かに、しかし力強く宣告すると、姿を消した。
テレポートだった。




