本能と高校生、天啓の危機
『参太くん、ほんとにそれで良かったの?』
透が帰って、ひとりになった参太はベッドに横になっていた。
制服のポケットに入れたコンパクトから零華の声が響く。
「すこし、黙ってもらえませんか」
『ごめんなさい』
誰とも向き合える気がしなかった、今は。
ありがたいことに、勇騎は無言でいてくれた。
(いったい俺は、どうすればいいんだよ!)
ただ、わからなかった。
司が透のことをあしざまに言っていたのを、はたして本人に伝えるべきなのか。
しかし透は、自分の罪を許してくれたのだ。そんな彼の心に、泥を塗りたくはなかった。
ただそれでは、参太の胸に何ともいえない罪悪感が残った。
(俺には、どうしようもないよ)
結局、いつもの自己弁護で済ませて。
参太はベッドから跳ね起きた。
(こんなときこそ、空き巣だな)
スリリングな趣味ほどストレス発散にちょうどいいものはない。
参太は机の引き出しからピッキング用の針金を取り出して懐に入れると、家から出る。
引き戸を開けた瞬間、見知った顔が見えた。
色の白いきめ細かな肌に、前でぱっつりそろえた黒髪。日本人形のような可憐さと、しかし女子高校生らしい美しさとを兼ね備えた美少女――ハルがそこにいた。
(ん?)
参太は背筋に寒気がして開けた引き戸を、何事もなかったのように閉じた。
「待って!」
ガシ、と引き戸が掴まれて動かなくなる。怪力だった。
(もう、いい加減にしてくれ)
心底、気だるい。いまは誰とも向き合える気はしないし、向き合うつもりもない。
それにハルはいつもいつもいつも、自分を利用するためにやってくる。普通に話しかけれたことなんて一度もない。今度も自分を道具にするべくはるばるやって来たのに違いない。
「お願いしたいことが、あるの」
(ほら、やっぱりな)
参太は盛大にため息を吐くと、
「いい加減にしてくれよ。俺は今日、気分が悪いんだ」
参太は引き戸を強引に閉じようとする。向こうは力強く抑え込んでいるが、しかし参太は本気だった。無言で力を加えた引き戸は、じりじりと閉ざされていく。
「待って、ほんと、待ってよ!」
やがてハルは絶叫した。
またヒステリーかよ。呆れつつ睨もうと思った参太は、そこではじめてハルの顔を見た。
日本人形のような美白の顔は、そのときは紅潮していた。それ以上に、目元は不自然に赤くはれている。
頬には涙が走っていた。泣きはらして、しかし我慢してやってきたけど、また今になって涙が出ているのだろうか。
参太はそのとき、全身の力が抜けた。
戦闘になれば真っ先に自分を殺しにやってきた上、何の遠慮もなしにテレポートをぶち込んできた彼女が、泣いて他人に頼っている。異常事態だと一目でわかった。
(俺は、馬鹿か)
参太はそのとき、ハルに何かしてやりたいと思ってしまった。思ってしまって、そんな自分に呆れた。
かわいい女の子が泣いている、だから、役に立ちたい。そんな普通のオスでしかない本能ひとつ抑えきれない自分の脳味噌こそ永久に救われない。
「どうしたの」
参太はそう呟いた。
ハルは泣きはらした顔のまま、ひっく、と一度涙をひっこめて報告する。
「シャルちゃんが……襲われてるの。お願い、助けてあげて」
参太はただ頷いた。
※
当然、シャルロット・カイゼルも管理人の行動については知っていた。
突然住民と連絡が取れなくなる、あるいは、死体が発見される。そんな怪事件がメゾン・アストロで起こっていたが、それと管理人とが相関しているだろうことは、シャルロットは可能性のひとつとして当然、想定していた。
だが。
「よりにもよって、今日ですか」
住民のうち、いつ誰がターゲットにされるかわからない。今日はそれがシャルロットだった、というだけなのだが。
最悪のタイミングに、己の運命を呪った。
マスターキーによってドアを解錠させられ、部屋のなかに入ってきた管理人はあくまで紳士的な態度を装っていた。
「やあ、皇女。ご機嫌はいかがかな」
いつものジャケットにパンツのビジネススタイル。管理人の表情は笑顔そのものだったが、しかしその眼光は鋭すぎる。瞬間、シャルロットは悟った。今日のターゲットが自分なのだということを。
「あら管理人サーン。どういったご用件で? ドアも勝手に開けなさって。管理人さんであれば、すんなり通したものでしたのにー」
シャルロットも笑顔で対応しつつ、デスクの上に乗るノートPCのエンターボタンを一度押すと、管理人に見られないよう急いで閉じた。
現在、対管理人用の宇宙兵器を開発し、それを宇宙の鍵のひとつであるクマ型スマートスピーカを模したロボットに移植している、まさにその最中だった。
作業が終わればいつ管理人が来ても撃退できる。だが、作業が最終段階に入ったというそのタイミングで、向こうからやってきた。
(すべてお見通し、ってわけですか)
シャルロットは読者モデル用の美しい表情を管理人に向けながら、時間を稼ぐ決意をする。
「その割りにはやけに厳重なロックだった。その上、ドアにトラップがしかけられていたよ。皇女、やはり君は察しがいい。これも私が与えたスキルのおかげかな」
言いつつ、管理人は懐に手を伸ばし、虹の光沢を放つボールペンを取り出した。
(正直、戦闘は不得意中の不得意ですが……誰もいないのですから、仕方がありませーん)
金髪を一度かきあげ、シャルロットは立ち上がると同時、リビングから飛び出し管理人のわきを通り抜ける。
「おっと」
管理人はシャルロットを捕えるべく腕を掴むが、しかしシャルロットがバスルームのドアを開けるのが先だった。
バスルームのドアを開けば、自動的にシャワーが起動するよう設定してある。
そしてシャルロットはのぞき魔防止のため、シャワーが起動している最中にバスルームのドアが開かれたとき、部屋全体が宇宙空間に転移するよう設定してあった。
「さて、皇女。君に私を抑えられるかな?」
「さあ? でも何事もやってみないとわかりませーん。いかなる知識も、閃きも、現実に落し込まなければ何の意味もない。貴方が私に、教えてくれたことでーす」
ピンク地に水玉模様の描かれた壁紙が溶け、クマのキャラクターが描かれたマットの敷かれた床も崩壊する。
すべてが暗黒に染まり、星々のきらめく宇宙空間に転移した。
そこにはブラックホールが、ひとつ。
光さえ飲み込む巨大な星の骸を背景に、二人は対峙した。




