断罪と高校生、新たな罪へ
透を見るといつも参太は胸が息苦しくなる。
過去の罪状をいったいいつ叩きつけられるのだろう、と。そんな警戒心がいつも胸にわきあがるから。
(それで、どうすればいいの)
参太はすっかり人間の姿に戻っている透を見て安心する一方、いつもの警戒心がわき上がってきて、例に漏れず息苦しくなる。言葉も詰まって、あたりまえの挨拶さえできない。
自分の部屋に足を踏み入れてドアを閉め、透の向かいにあぐらをかいてみた。
ここまで、無言。
(話しかけても、いいのか)
過去、いじめられている透の視線から目を逸らし、見て見ぬ振りをした罪。それをついに断罪されるのか。
参太がそう懸念している一方で、沈黙を破ったのは透だった。
「奥津くん。いや、参太。そう、呼んでも良いか」
錆び付いたドアの鍵をゆっくりと開けるように、透は参太に慎重に問いかける。
どくん、と鼓動がはねた。参太は息がつまりそうになるのを抑えて、
「え?」
同意もできず聞き返してしまった。突然の問いに、反射的にそうしてしまったのだ。
「昔のこと、覚えてるか? いや、覚えているか。忘れてたら、もっと自然に話しかけてくるものな」
ふっ、と透は息を吐いてはにかんだ。その息は床に落ちて参太にかかることはない。
あざけるような透の薄い笑みに、参太はただうなずいた。
「ああ。忘れるはずが、ないよ」
透を見ていなくても、参太は時々、過去を思い出す。どう言い尽くしても自己弁護できない、いや、自己弁護してはならない人生の汚点。そんな自分になりたくなかったけど、しかし手を汚した事実は事実だった。
もうその手のぬぐい方はわからないし、ぬぐうこと自体を諦めてもいたし望んでもいない。永久に許されない罪なのだと、そう思っている。
忘れるはずがない。その出来事は参太にとって、人生の根元であり、暗い未来を指し示す灯台なのだから。
「俺も、だよ。参太、俺が殴られてるとき、俺の視線を外したときのお前の顔、きっと永遠に忘れない」
忘れない。いったいそれが何だというのだろう。何が言いたいのだろう。ただ参太は、透がひとつ言葉を足す度に、だんだん腹痛が増してくる。最初はただの違和感に過ぎなかったのだが、徐々に大きくなって、痛みに移り変わっていく。
「おかげで俺は、転校することになって。人生変わったよ、本当に」
ため息混じりに、そうして透は人生を語った。参太と袂を分かった、その後を。
参太は息をのむ。ずっと恐れていた断罪が、いまはじまったのか。
「いじめられた奴しかいない学校に、俺は放り込まれた。正直、肥だめだと思ったさ。学校という名の、正規の道から弾かれた脱落者の巣窟。自殺を考えたよ」
しかし、死ぬことはできなかった。自殺するだけの理由がなかったのだ。親との関係は悪くなかった。むしろいじめが発覚したことで親は透を支えてくれるようになったほどに。
「俺の人生は軽くて薄っぺらくて。だから死ねなくてな、ずるずると今日も明日も、だらしなくただ生きていた。くそったれな毎日だとわかっても、俺は」
濁った水のなかだと知ってもなおそこから離れられない観賞魚のように、透はただ惰性のなかに生を引き延ばした。
くそったれな毎日……参太はその言葉をきいたとき、はじめて顔をあげた。透の目を見た。
透の表情は自嘲気味だったが、しかしその瞳に揺らぎはなかった。それは己の情けない人生を懺悔する男の顔ではなかった。まるで宇宙の深淵のような、光さえ飲み込むほどに飢えた瞳がそこにある。
その瞳はいま参太の戸惑いがちな瞳を見据え、やはり言葉を継いでいく。
「そんなときに、俺は管理人さんと出会った。部活も何もしていない、帰宅部の下校中にな。最初はどうして俺になんか話しかけるんだろうって思った。ただ生きてるだけで何もない、死ぬのを先延ばしにしてるだけのクズに何の用がある? ってな。でも、あの人は俺に言ったんだ。“君は、君自身を救いたくはないのか”と」
参太はその言葉を容易に脳裏に再生できる。同じ言葉を、かけてもらったことがある。
その感動もわかる。心を見透かされた上で、傷つけてこない。そればかりか暗がりから自分を引き上げてくれるような、導かれる安堵を与えてくれる。
まさに救いそのものだった。
「まるで宗教だよな。言葉ひとつで洗脳される馬鹿と同じだ。俺は、その一言で管理人さんについていった。そして住民になっちまった。そこがとんだ地獄だって、知りもしないまま」
救いの言葉に導かれて連れ出された先は、メゾン・アストロという戦場。
騙されたのだ、という疑いはしかし、なぜか透の胸には生まれなかったという。
「どうしてだろう。俺は、戦えた。どう考えても理不尽なことだと思う。いきなり隣の部屋の住民がやってきたかと思えば、宇宙空間に放り込まれて殺されそうになった。幸い、俺はそのときスキルが眠っていることに気づくことができて、撃退したんだが。しかしルーキーが早速住民ひとりを殺してみせた、というのはニュースになって。それから戦闘を挑まれる毎日がつづいたよ」
戦場に放り出された管理人を恨むよりは、生き残るためにはどうすればいいのか、それを毎日考えては実践する必要に迫られた。かくて透の人生から一切の無駄が排除され、毎日のようにやってくる戦闘狂を相手にするという狂った人生が幕をあけた。
「毎日、毎日。血反吐はいて戦って、生き残ってるうちに。俺は勇騎さんや零華さんといったトップクラスの住民と関わるようになった。とはいえ、手駒として利用価値があったから、ということだろうがな。司と会ったのも、そうしたつながりからだった」
神居司。神童の異名を持つ、トップクラスのなかのトップ。住民の頂点に立つ者のひとりが接触を図ってきたとあれば、透は警戒した。
しかし司はただの女の子だった。透にはそう見えた。
「司は俺に、言ったんだよ。助けて欲しいって。毎日が、怖いって」
参太は複雑な思いに駆られた。今日の昼休み、司がなんといったか。
意外と役に立たないことがわかった、彼女はそんな風に透を言い表したのだ。
「俺もほんとは怖かったんだ。必死にそれをごまかして毎日を過ごしてた。司と俺は、だから手を取り合ったんだと思う」
透の顔がそのときはっきりと、やわらかいものになった。それが参太にはわかって、だからこそ目を逸らさずにはいられなかった。
過去、傷つけられている透から目を逸らしたのと同じように。参太は、ともすれば透の心を砕きかねない真実はひたすら隠して、彼の光を吸い込んだ末に希望を見いだした瞳から目を離した。
「人生を踏み損ねた俺は、しかし、司と会えた。不幸中の幸いだったのだろうが……俺は、司を護りたい。心からそう思ってる。すまんな、お前とは関係のないことばかり話して」
それから透は、そのあたたかな眼差しで参太を見据える。参太はその時は透の目を見ようと思ったができなかった。眩しかった。
「俺はお前を恨んだ。でも、もう何も思ってない。いまはもう、何も。俺は前しかみないと決めた。だから参太。もし俺のことで思うことがあるなら、気に病むな。お前も、前しか見なくていい。俺なんかのことを、いつまでも思ってる必要なんてない」
断罪は終わった。
許された。
にもかかわらず、その時参太は、申し訳なさしか感じなかった。許されたことの嬉しさはある。罪状を叩きつけられ、しかし、それを無罪に処してくれたに等しいのだから、感動しないといえば嘘になる。
だが、参太はそれを単純に喜べない。喜びよりも、嬉しさよりもなお厳然として、自分に正しい指示を送る何ものかが心で叫ぶのだ。
いまこそ、真実を告げるべきだ。透に司の本心を伝えるべきだ。そうしなければ二人の心はすれ違ったまま……きっと透は、破滅する。
心のなかの何ものかがそう参太に指示をだす。
思えば過去、透がいじめられていたときだってそうだった。あの時も心のなかで“助けるべきだ”“ここで動けなければ、己の卑怯を一生後悔することになる”と、確かに何ものかが自分に指示を送ってきたのではなかったか。
はたして。
参太はまた、その指示に耳をふさぎ、透の視線からは目を逸らした。
ただ一言、言葉を返した。
「ごめん、透。ありがとう」
顔をうつむけた参太と、胸を張る透。
二人の間に、太陽の光がガラス窓を通して降り注いだ。二人は同時に影に包まれ、二人の間に横たわる空間にだけ、あたたかな日差しが輝いた。




