対面、辛辣高校生に中打撃
四限目終了のチャイムが鳴り響く。この高校では除夜の鐘の音のようなゴーン、という音が鳴る。
重苦しいサウンドだが不思議と眠気がとれた。
机の脇にひっかけた鞄から弁当を取ろうとしていると、
「じゃあ、先いってるから。お弁当、忘れずにね」
司がにこっと言い捨てて、足早に教室から出て行った。
可憐な司の仕草をみて心が跳ね上がったが、しかし気分は乗らない。
(やってらんねえよ)
気が重くて仕方がない。彼女の笑顔がかわいいと思えば思うほど億劫になる。
別に司に惚れてるわけではなかった。ただ、誰だって可憐な少女に嫌われたくはないだろう。
弁当を携えて、参太は屋上へと向かうべく階段をゆっくり、気だるく昇っていった。
「すまないけど……」
「やっぱりね」
参太が言い終えるより先に、司はてへっ、と諦めたような笑顔をつくって応えてくれた。
弁当を持ち寄って、一緒に食べている様子はカップルに見えなくもない。恥ずかしさを感じるシチュエーションではあるが、しかし伝えるべきことはちゃんと言わなければならない。数々の事件に巻き込まれて、参太が学んだことのひとつだった。
「そもそも君は住民じゃないって、そう思ってるんだものね。なら答えはひとつしかない。聞かなくてもわかってたんだけどさ」
司は一切気落ちした様子がなく、何ら飾り気のない朗らかな表情のまま、
「でも、もしも応じてくれたらラッキー! って思ってさ。聞いてみたんだ。でもやっぱり聞く必要なかったね、ごめんごめん」
司は弁当のたこさんウィンナーを箸でつまんで口へ運び、脚から順番に食べ、最後にその頭をかみ砕いた。ぷちゅ、っと皮が裂けて肉が飛び出る音がする。ごっくん、とそれを飲み込むと、
「ま。それくらいボクもピンチな状況になってる、ってことはわかっておいて欲しいんだけどさ」
「ピンチ?」
「うん、なかなかね」
参太は管理人の顔を思い浮かべた。住民ひとりひとりを殺して回っている戦闘狂が、今日はいったい誰をターゲットにするのだろう。いまや全住民が危機的状況にあると言っていい。
神童と呼ばれ、最強のスキルを操る司でさえ危機を感じるほどに。
「あとね、透が意外とダメな奴だってわかっちゃったし」
「ん?」
参太は思わず聞き返した。司のそばにはいつも透がいる。付き合ってるのではないかと思えるほどに仲良くしゃべっているし、メゾン・アストロでの戦闘でも行動を共にしている。
信頼関係があるからこその共闘ではないのか。
司の表情は何ら変わりのない、可憐な笑顔だった。
「ボクはこれまで、透なら管理人さんに勝てるんじゃないかって考えてたんだよ。ほら、透のあのスキル。知らない奴からは無能力者って言われてるんだけど、それくらいうまく隠してる。強力なスキルなのに、ね。そういうところ、ボクは本当に尊敬してるんだけどさ」
たこさんウィンナーをもう一匹捕まえると、今度は頭からかじる。前歯がその頭をかち割って、発色のいい唇の奥に消えていった。満足そうに飲み込むと、司はほんの世間話でもしているような軽い口調で、言葉を継いだ。
「零華さんや勇騎さんのような、トップ世代の住人さんと比べればそりゃあ見劣りするんだけどさ。でもボクたちと同年代の住民のなかでは、間違いなく透は最強クラスなんだ。そこに間違いはない。でも……透が強くなってくれるより先に、管理人さんが動いてしまった」
司は弁当を平らげ、参太の目を見て言い放つ。
「参太くん。きっとそれは、君のせいだよ」
「俺の、せい?」
意味が分からない。そう思いたかったが、しかし司の指摘は間違いでもないだろうことは、参太も自覚してはいた。
「そう。住民でもない君は、しかし何故かメゾン・アストロに潜入できて、いくつかの事件を解決してきた。管理人さんの肉体を切り裂いて殺しただけでなく、その後もエイリアンたちの侵略を撃退。さらに敵対勢力だった盾伊さんまでもを殺してしまった。おかげでメゾン・アストロは現在、存在している。参太くん、君の功績だよ」
弁当箱に箸を片付けてフタをしバンドで押さえつけると、司の視線は鋭くなっていた。朗らかで無邪気な表情のまま、その時だけは参太の瞳をまっすぐ見据えていた。狩人が獲物の実力を検分するような、探っているようで実際には勝利を見透かしているその瞳で。
「でも。君は同時に、このメゾン・アストロを引っかき回してしまったんだよね。君は本当にがんばったのだろうけど、もっとうまくやれたと思うよ。君が中途半端に物事を解決しつづけるものだから、目の前の事件は解決するけど問題は山積してしまう。管理人さんはそんな山積した問題を見ているうちに、人類が本当に救われない存在だと、救うに値しない存在だと。そう、結論づけてしまったんだ」
救われないから殺す、滅亡させる。これまで施しを与えて続けてきただけに、愛情はそのまま激しい憎悪に変わった。
「言い方は悪いけど、君さえ関わらなければきっと、状況はここまで悪化していなかったとボクは考えてる」
言い切って、司は立ち上がる。座ったままの参太は彼女を見上げる形になった。
司の頭が太陽をかくし、その表情が暗い影に覆われた。まぶしいほどに可憐で無邪気な笑顔が、闇のなかで花咲いて。
「でもまあ、そんなこと言っても仕方ないんだけどね。とりあえず正直に答えてくれてありがとう。嘘ついて表面上だけ協力するフリをされることも可能性としては考えてたんだけど、ボクの思う以上に君は素直な人間らしいで、非常によろしい」
司はぴた、と小さめの手を参太の頭にのせ、撫でる。まるで子どもを褒める母親のように。その時の司の顔はもう明るい太陽の輝きに照らされて、天使のような晴れやかな笑みを湛えていた。
「きっと君にはいつか、ボクの力を必要とする時がくる。その時、また協力することにして、と。とりあえず今は別々の道を歩くってことで、君の意志を尊重しておくよ。それじゃ、元気でね」
再びにこっ、ととびきりの笑顔を向けると、直後、ぐっとまぶたを閉ざして何かに堪えるような仕草をしたかと思えば、そのまま駆け足で参太の視界から消えてしまった。
階段を急いで駆け下りる彼女の背中が見えなくなるまで見つめると、自然とため息が出た。
「はあっ」
言葉を差し込む暇もないほど、彼女は多少早口にしゃべっていた。いや、わざとそうしていたのかも知れないが。
「俺のせい、か」
わかっていても他人から言われればずしりと響いた。
必死にがんばったつもりでも、しかし確かに、いずれも不完全な形でしか問題を解決してこなかったのだろう。
自分は逃げずに立ち向かっただけであって、それ故に必死だった。しかし必死になるまでもなく完璧なプランを立てて問題解決に向かっていくプロフェッショナルからしてみれば、必死になっていた自分の姿など笑止千万だったろう。
返す言葉はなにもない。
「畜生」
ただ一言、虚空に呟いた参太は、母親がつくってくれた鶏の唐揚げ弁当をやけ気味にかき込んだ。
途中、ご飯つぶが喉にひっかかって咳がでた。
結局司とのやりとりはそれで終わりだった。
つづく五限、六限とやり過ごして放課後になったが、ついに話しかけられることはなかった。
盾伊を失ってから、透と司のバイトはどうなったのだろう? そこに思いを馳せれば首をかしげる参太だが、もう今日は司に聞こうとも思えなかった。
鞄にノートを詰め、部活も何もしていない帰宅部らしく自宅に直行した。
玄関の引き戸を開けば、母親が立っていた。
「うわあ」
「友だち、来てるから」
一言。そして母親は去って行く。
(何だよ……って、友だち?)
玄関をみれば、確かに自分のものではないローファーがひとつ、きれいに整えられて端に寄せられていた。
(今度は誰だよ、まったく)
ディープなことを語り合うのはもう充分だ。お願いだから今日はもう寝かせて欲しかったのだが。
部屋のドアを開ければ、そこには正座で待っている透の姿があった。
一難去って、また一難。
またディープな打ち明け話でもされるのだろうか。
参太は人前だが、盛大なため息をぶちまけた。




