友だち申請に高校生、息詰まり
眠い。
参太は別段、朝に強い男ではなかった。とはいえ寝坊癖はないし、夜更かしもしない方で、眠くなったらすぐ寝る。これを信条としている。そして一度眠っても、だいたい決まった時間に起きる。
睡眠に関してはごくまっとう、順風満帆に日々を過ごしている参太であったが。
(うるさすぎなんだよ、クソ)
声にこそ出さなかったが、しかし心のなかではグチグチ思わずにはいられない。
『おう、朝だな。いやあ日光が眩しいぜ』
『朝ご飯! 朝ご飯だよ参太くん! どんなもの食べるの? たまごかけご飯? TKG? TKGなの、参太くん!』
正直、発狂したくなる。
昨晩からずっとこれだ。
コンパクトミラーに姿を変えた盾と、アイライナーに形を変えた宇宙剣。
アイライナーから響いてくる声は物理的なものではなく、参太の心に直接響き渡るテレパシー方式だ。
だから耳をふさいだところでその声は聞こえてくる。逃げ場は、なかった。
一度、「寝ます」と遠慮がちに黙るよう言ったのだが、
『そうか……俺たち、眠れないんだよな。よし零華サン、恋愛トークだ』
『アンタと恋愛トークとか、嘘でしょ? でもまあ、話題もないしね。参太くんも寝ることだし、しゃべってみようか』
「いやそれ俺が気になるやつ! 眠れなくなるじゃないですか!」
そういうわけでテレパシーにうなされて数時間。気づけば朝になっていた、という顛末である。
自転車にまたがって高校に向かいながら、参太は昨日、透が確かにエイリアン化していたのを思い起こす。
あれからどうなったのだろう?
(まさか、な)
現実世界でもずっとエイリアンのまま、なのだろうか。そんなはずはないと思いたい一方、しかし現実は理不尽であることも知っていた。
鳥居をくぐって駐輪場に愛車のママチャリを停める。参道のような通路を歩いて汎神高等学校に足を踏み入れ、教室に入る。
透の席を見たが、空席だった。
(まじかよ……)
まさか、ずっとエイリアンのままなのか?
最悪の現実を想定しつつ、しかし周囲のクラスメイトたちは何一つ変わらない朝を過ごしている。
「今日バイトあるし、サボっちゃおうかな」
「えー、ずるいよ。じゃあ私もあんたと一緒に抜け駆けしよっかな」
「こらこら。すぐバレて連れ戻されるのがオチだって」
「はあぁ、まあ普通にそうだよね。授業だるいー」
クラスの中心で女子グループが笑顔の花を咲かせている傍ら、教室の隅っこにちょこんと収まっている司の姿を流し見る。
透がいないからか今日は一人らしい。スマートホンの画面を割と激しくタップしていた。ゲームだろう。
ゲームに夢中で司は参太に気づかない。
(話しかけるのも、ちょっとな)
透がいないからこそ、自分から話しかけに行くこともできる。誰とも会話していない今だったら、会話を中断して申し訳なかったと思うこともなくなるから。
しかし参太は結局黙って鞄を下ろし、資料集を取りにいくべく廊下のロッカーに向かう。話しかけるのは、やはり無理だった。距離感がわからない。
『透くんはいないんだね……それに司ちゃんってやっぱり、おとなしめだし。初めて見たな、制服着てるあの子』
零華の声が響く。つい数日前は敵として認識していたはずだが、人でなくなったからだろうか? 零華が彼女の名前を呼ぶとき、そこには何ら警戒心がなかった。
「って、なんで見えるんです? ポケットに入れたままにしてるはずなんですけど」
独り言を呟く変人に見えるかも知れないリスクを冒して、しかし参太はツッコまずにはいられなかった。ポケットに穴があいているはずもなく……。
『あ、言ってなかったね。なんだかこの盾? に入ってる間はね、参太くんが見てる景色は私たちにも見えるようになってるの』
「はあ? ほんとですか、それ」
『ああ、俺もそうだ。だから参太、もう隠し事はできないぜ』
「いやいやいや、勘弁ですよホント」
大監視社会到来。参太は盛大にため息を吐き出した。
「参太くん、独り言にしてはうるさいよ?」
そんな参太を見かねたような、凜とした女子の声が響いた。
「周りみてみて。ね、わかったら少し、口閉じてさ」
司が人差し指を自分の唇にあてて『しぃ!』のポーズをとっていた。ショートカットでボーイシュに見える彼女だったが、ウィンクしているその可憐なポーズは完璧な美少女に見える。
すこしドキりとしながらも、しかしそれ以上の気恥ずかしさを感じた参太は何事もなくロッカーから資料集を取り出そうとするが、
「そして参太くん。ボクが前、聞いたことだけどさ。答えはどう? 決まった?」
「ん?」
司に以前、聞かれたこと――忘れてかけていたが、しかし、確かに聞かれたことがある。それも透のいないタイミングで、一対一になって。
『ボクと手を組んでさ。メゾン・アストロの覇権をとらない?』
正直、断りたかったが。
零華の指示を受けて昨日、メゾン・アストロの事件に関わってしまった以上、もう彼らとは無関係だとはいえない。故に、「俺は住民じゃない」という理由で断ることはできないだろう。住民ではないけれど、住民のようなものだよと言われてしまえば、それで終わりだ。
そしてまた昨日、管理人の絶対的な力を見てもいる。スキル“複製”によってありとあらゆるスキルを使いこなす彼は、間違いなく最強の敵といえた。自分ひとりでは勝てないだろう。
司との連携は必ず必要になってくる。
だが、メゾン・アストロの覇権には興味がない。ただ単に、管理人を打倒して事件を終息させたいだけなのだ。
微妙に目的が食い違うが、しかしそれで彼女の提案を蹴ってしまえば話はそこで終わりになってしまう。彼女と協力体制をつくるのも難しくなるだろう。
残された道は、司に嘘をついて従うフリをすることだった。覇権をとりたい、という嘘をつきつつ、彼女の力だけを引き出し、利用するのだ。
(でも、俺は)
参太はしかし目を伏せ、返事に窮した。
頭ではわかっている、嘘をつき通せばいいのだと。
だが、やはりためらわれた。司は命の恩人なのだ。彼女が時を巻き戻してくれなければ、自分も零華もこの世界にはいない。その思いを、参太はどうにも振り払いきれなくて。
何とも返事ができない参太に対し、司はため息をつきつつ、
「良い返事、期待してるよ。お昼休み、屋上でまってるから。それじゃ」
またウインクして司は先に教室に入った。まるで一方的に告白して、照れくさくて走って逃げていった女の子ように。
直後、始業のチャイムが鳴る。
「おーい、席つけ席ぃ」
担任の男性教師が出席簿を団扇がわりにして自分をあおぎつつ、堂々と胸を張ることで生徒達に威厳を示していた。
参太はロッカーに鍵をかけると急いで席に着く。
昼休みになろうがなるまいが、気持ちの整理は絶対につかない気がした。




