魔法のコンパクトと高校生、強制帰宅送還
モニターに映し出された天体図には七つの輝点――赤、青、黄、緑、黒、白、そして金色のマークが明滅している。
太陽系の縮図のように星の軌道を示す白線が円の形となって幾重にも描かれており、星の位置に輝点が位置していた。
いったいそれは何を意味しているのか?
参太は首をかしげたが、しかし天体図の真下には表と思われる長方形のラインが引かれており、そこには以下のような文字の羅列が書かれている。
Re.:4-D
Blu.:3-E
Ye.:2-B
Gr.:7-A
Bla.:1-C
Wh.:5-F
(いや、これ何だよ?)
英文字と数字が何かを表しているのだろうが、いきなり見せられても分かりようがない。元素記号の丸暗記じゃあるまいし。
覚える気力もなければ、そもそも何を表しているかも知れない謎の記号の羅列をメモしようという意気も発想もなかった。
モニターと対面するままに固まってしまった参太は、しかし直後、いきなり頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるほどの吐き気と前後不覚の混乱を味わった。
「うわああああああ!」
頭のなかに何かが入ってくる。しかしそれが何なのかわからない。
純粋な恐怖心に心が突き上げられるような衝撃を覚えるが、すでに意識はもうろうとしていた。
ただ脳内をかき混ぜられるように、渦巻くような頭痛が響いて――。
参太が意識を取り戻した瞬間、そこは現実空間だった。
エイリアンシップはすでになく、目の前にはモニターもない。
その代わりとばかりに、見慣れた引き戸が視界に映る。
自宅だ。
知らぬ間に帰ってきた? そんな記憶はもちろんない。となれば、あのエイリアンシップをコントロールしている何ものかが勝手に自宅前に転送したことになる。
(そんなことより)
現状認識ができるや否や、参太は青ざめる。
あの二人は? あの二本の剣を収めた盾はどこにいった? 心配事はその一点に尽きる。
(また俺は、見つけなきゃいけないのか)
あのエイリアンシップに偶然遭遇できる二度目の機会などあるだろうか。その保証はない以上、零華や勇騎とまた話す機会が来る保証もなかった。
(くそ)
しかしこれが現実である。認めるしかなかった。
そう思うしかない。いくら考えたところで、どうにもできないことなのだから。
いつもの諦めで心を落ち着け、それでも残る未練を抑えて引き戸に手をかけた時だった。
『お、ここがお前の家か』
『え、そうなの? 参太くん』
それは幻聴か。
参太は首をかしげたが、なおも声は響いてくる。
『それしか考えられないだろ。なあ参太、図星だろ?』
『ちょっと、私はまだ心の準備が』
間違いない、零華と勇騎の声。
しかし周りを見回しても人影はない。
なら、声はどこから?
首をかしげながら、参太は制服の脇ポケットにずしりと重みを感じた。
内ポケットには空き巣道具の針金が入っており、左の脇ポケットにはスマホを入れるようにしている。しかし反対の右脇ポケットには何も入っていないはずなのだが。
「んん?」
手を入れてみれば、固い感触がある。プラスチックだろうか。
掴んでポケットから抜いてみれば、それはまったく見覚えのない円形の小道具。
黒色の強化プラスチックの板が二枚、細い金属製のバネを境にして貝のように組み合わせられている。
それは化粧用のコンパクトミラーか。試しに開いてみれば、やはり内側には鏡がついている。
そして側面。そこにはいくつもの穴があいていた。等間隔に並ぶそれらの穴は側面を一周するようにくりぬかれており……参太は既視感をおぼえた。
エイリアンシップで手に入れた、宇宙剣を収納できる盾。その側面に、まったく同じ形の穴があいている。
しかも、手のひらにおさまっているコンパクトミラーの穴にも、二本の細い棒――化粧品のひとつ、アイライナーが突き刺さるようにして収納されていた。
『なに立ち止まってんだよ、参太。早く中に入ろうぜ!』
『心の準備、できてきたよ。もうどんな汚部屋でも受け入れてあげるから』
二人の声も、そのアイライナーから響いてくるのだから、もう間違いない。
「よかった……」
人知れず安心感を覚えたのもつかの間。
最大の懸案事項である二人の行方という問題が過ぎ去った瞬間、目の前の問題がようやく参太の目に映るようになった。
自宅の引き戸にはガラスが張られており、それは家の中がのぞき込まれないようスモークガラスになっている。
だが、ドアの近くに人が立っていればそのシルエットくらいは見えるようになっていた。
いまスモークガラスの向こうには、幽鬼のごとく佇む人影がひとり。
参太は引き戸をあけた瞬間、家の敷居をまたぐより先に額を地面にくっつけた。
土下座である。
「次は、ないよ」
母親の声が響き、それから彼女が立ち去るありがたい足音を聞いてから。
ゆったりと頭を上げた参太は、ようやく敷居をまたいで靴を脱ぐことを許されたのだった。




