エイリアン化高校生、スキル封印
「死ね!」
管理人の顔は、その瞬間だけ余裕の笑みが消えていた。
神を操る力を持つ司はそれだけ脅威ということだろう。
「やらせんさ」
透がデバフを起動しつつ司の前に出る。
「無駄だよ。君では私に、勝てない!」
蝿を払うように聖剣をなぎ払う。
透はその切っ先を紙一重の至近距離で避けると、管理人の手首にキックを差し込んだ。
ムーンサルトそのままの動きで回避しつつの蹴撃。
曲芸のような神業に、管理人は聖剣を取り落とす。
(これはやるしかない、な)
透は覚悟を決めると、ポケットから錠剤を一粒、取り出した。
「司、裏の手を使う。もしもの時は……頼んだ」
透はすがるように背後の司に声をかける。けして振り返って彼女を見はしない。だが、言葉をかけないと気が済まなかった。
これから透は、人を超え、人ならざる者に変異するのだから。
いまこの瞬間が最期になるかも知れない。そう思うと、彼女の声くらいは聞きたかった。それくらいは許されるだろう。
「うん」
司はただうなずくと、顔をうつむける。現実を拒否するようにまぶたを閉じて。
「おいおい、これから何をしようってんだ? 青風!」
ただひとり事情を飲み込めていない勇騎が戸惑うが、
「破多さん。司を保護しつつ、後退してください。ここは俺一人がなんとかします」
「お前ひとりで? そんなふざけたことできるかよ! 俺は逃げない!」
「敵のスキルのすべてを、封じます。近くにいれば、おそらく破多さんも被害を受けますので。そこで相手に襲われるリスクがうまれます」
「ゴタゴタ相談している暇はないぞ?」
管理人が落した聖剣を拾い、再び振り下ろしてくる。
一刻の猶予もなかった。
「では頼みます!」
言い放ち、それから透は管理人だけを視界におさめた。
その様子をみて、勇騎は引き下がる。
「わかったよ。頼んだぜ、青風!」
透の決意が滲んだ真顔を見れば、勇騎はそう言わざるをえなかった。
透は錠剤を口に含んで噛みつぶす。
瞬間、頭を強く殴打されたような衝撃を感じたが、そんなものは無視だ。
全身をに駆け巡る、力。
錠剤の成分が口内の毛細血管に吸収され全身に行き渡る。
盾伊が残した研究成果の中に、人をエイリアンに変える薬剤の存在があった。
エイリアンの魂を砕き、錠剤のパッケージに封印されている。カプセルを歯でかみ砕いた瞬間、透の肉体にかりそめの魂が宿る。
透の脳に存在する魂と、透の肉体を支配しようとしている魂とが二重起動し、互いにせめぎあう。先ほど頭に感じた衝撃はそのせいだ。
「俺に、従え!」
その一言で肉体の魂を下僕にした透は、やがてその全身を白色のエイリアンに変異させていく。
「よし……成功だ」
エイリアンの姿になった透は、管理人の聖剣を容易く避けると、叫んだ。
「発動、デバフ。オーバードライブ!」
直後、透の体を中心として不可視の波動が放出された。
それは宇宙全域を揺るがす、最大出力のスキルの波動。。
「これは!」
管理人は思わず自分の手のひらを見た。力が、スキルが、機能不全に陥っていく。
オーバードライブ。スキルをもった住民がエイリアン化すると、その境地に至る。
エイリアン化によって住民はその力を増すのではないか――エイリアン化したただ一人の住民だった田代真の身体データを解析し、盾伊が編み出したその仮説はいま、透が実践したことで証明された。
オーバードライブの境地に辿り着いた透は、そのスキルの出力を極限状態まで引き上げる。
周囲のスキルを弱めるだけだったデバフが、いまはスキルを完全に封印する作用を働かせていた。
「放っておけばスキルが消滅しかねないな」
管理人はそこで眉をひそめた。
「なるほど。盾伊という男は、また面倒なものを残していった」
忌々しげにその名を口にし、聖剣を構え直す。
「使えるものは何でも利用する。そうしなければ、貴方に勝てない」
透もまた拳を構えた。
弱体化でスキルを失わせ、肉弾戦に持ち込む。それが透の戦い方だ。
「始めましょうか。俺と貴方、どっちが上か!」
「面白い。私を超えられるか、興味深いな」
管理人は構えた聖剣の切っ先を下に向けるとその刃を縮めて消滅させ、ただのボールペンに戻した。そのままジャケットの懐にしまうと、拳を構えた。
「君にあわせよう。その方がわかりやすいだろう?」
その表情には余裕はない。ただ管理人は透を見下していた。上背が高いというのもあるが、何よりも鋭く剥かれたその瞳がどこか透をせせら笑っているように輝いている。
戦闘狂――純粋に強者との争いを望む、自ら進んで戦に赴く狂人。
管理人の本性をみた透は、前に出る。
「喰らえ!」
純白の拳が宙を衝く。天の常闇を疾走する星のような一撃が管理人に差し向けられた。「甘いな」
拳は肉体に触れる前に、その手首を殴打され軌道がそれる。
「ちっ!」
直後、透は眼前に拳が迫るのを見た。瞬時の反撃だ。
「発想は悪くなかった。スキルをすべて封じてしまえば、確かに私の最大の武器をなくすことはできる」
答え合わせをする教師のように。
そこで再び、管理人はにやと笑った。その表情に、あの余裕を取り戻して。
「だが君では、私に勝てない。ただ、それだけのことだった」
打って変わって管理人の拳が、純白のエイリアンと化した透にぶち込まれる。
避ける間もない瞬時の反撃。透はただその絶望を視界におさめるだけで。
瞬間。
透の視界は真っ黒にふさがれた。いや、目の前に出現した男の背中に、視界を奪われたのだ。
「心意気は讃えてやるが、この間抜け!」
勇騎の叱責が響くと同時。
管理人の拳が勇騎の腹を貫いた。
スキルを封じられた勇騎の体は生身の人間のものでしかない。人の形をしたエイリアンである管理人の拳を受けられる道理はなかった。
口から血を吐き出し、しかし勇騎は叫ぶ。
「透、デバフを解除しろ。いますぐだ。そしておい、サンタクロース! いるんだろ……俺を、兵器にしろ!」
そこで呼ばれた名に、透は肩をびくっとふるわせた。
司も目を開き、彼の方を見る。
視線の先には、両手の拳を強く握った参太がいた。




