夢で会えた高校生、再走
放課後。
バイトも部活もしていない参太は、自宅に帰ってベッドで寝転んでいた。
特にすることもないが、宿題をしようとも思えなかった。
今朝、司から言われた言葉が頭から離れなかった。
『君ならきっと、ボクの役に立つからさ』
――彼女とともに、メゾン・アストロの覇権を取る。
思わぬ発言に、参太は何も答えられなかった。
もちろんそんな言葉に頷くわけにはいかなかった。そもそも参太は住民ではないし、軽はずみに行動をともにして、それでまた住民間闘争の調和を破壊することは避けたい。いや、そんなことはもう二度としてはならないのだ。
(絶対、絶対だ。俺はもう、関わっちゃいけない)
武田零華の顔が思い浮かんだ。エイリアンとなって盾伊に殺されそうになった、彼女の姿。それが参太の罪だった。
参太はしかし、はっきり断るのも気が引けた。司は命の恩人である。時を逆流させるその力で確かに参太は救われた。その恩義も忘れてはいない。
言葉に詰まっていると、司は『まあ考えておいてよ』とにこっと言い捨てて、その場から立ち去ってくれた。
(俺はいったい、どうすればいいんだよ)
考えたところで何の策も浮かばず、参太はただ、目を閉じた。
ただ、疲れていた。昨日の今日、事件のあとの学校である。
授業中に眠らない参太は結局いま、はじめてまともな休息に浸っていた。
軽くなった体が不意に、重力を感じた。
目を開ければ、参太は街の往来のなかにいた。
「ん?」
首をかしげて、しかし参太は思い出す。
目の前にあったのはファミリーレストラン。その前で彼女――武田零華が手を振っていた。
ファミレスで彼女と会う約束をしていた。参太はそれを思い出すと、いつも通りダークブラウンのジャケットに白いブラウスの映えるOL風スタイルで決めてきた彼女に目を奪われた。
まるで夢のような出来事だ。
「ごめん、遅れた」
参太は一応謝りつつ、彼女の背中についていくようにしてファミレスに入室する。
年上らしく、彼女は自然と参太の先を歩いてくれた。
小さいテーブル席に向かい合って座る二人はドリンクバーを頼んでサラダをつまみつつ、話をする。
「参太くん。みんなから言われていると思うけど、ありがとう。みんなを助けてくれて」
零華は目を伏せつつ、やはりそう言った。
「いやいやいや、俺はただ」
「ありがとう、本当に」
罪を償っただけ、と言おうとした参太は、結局あいまいに返事をするくらいしかできなかった。
「一応、遠慮はするんだね。高校生らしくさ、もっと自慢してくるかと思ったよ」
「は、はあ。俺、そういう奴じゃないんで」
「うん、知ってるよ」
ドリンクバーからもってきた紅茶で口を潤しながら、彼女は笑顔を絶やさない。人と会うときのマナーを心得ているのだろうが、それでも自然な笑みに見えた。
「あえて言ったってことですか……そうですか」
「お、口尖らせた! そうそう、そういう顔がね、高校生の男の子らしい顔だよ」
「はあ」
彼女の笑顔につられて、参太も自然と笑顔になってしまう。
そのときはすべて忘れて。彼女を救えなかったことも、その罪悪感も忘れて。
本当に、夢のような時間だった。
しばらく話がつづいて、何度も笑った後。
零華は「ちょっとドリンク、おかわりしてくるね」と言って紅茶をおかわりしてきた後、
「さて」
そう前置きして、参太に告げた。
「……昨日の今日で悪いんだけどさ。また、お願いしたいことがあって」
「え?」
参太は耳を疑った。いや、彼女のお願いとやらをただ聞きたくなかっただけなのだ。
そもそも彼女が何の用もなしに自分を呼び出すことなどありえない。参太は本当はそれをわかっていた。
話をしながら、参太はいつ本題を切り出されるのか、内心怖かった。夢から覚めるのはわかっていても、いつまでも夢のなかでいたかった。
「管理人さんを、止めてほしいの」
参太の戸惑いをよそに、零華は気まずそうに言葉を継いだ。
「ちょっと待ってよ。俺は住民じゃないし」
「お願い。参太くんにしか、頼めないの。もう私は」
零華の真剣な眼差しが参太を貫いた。
その言葉が参太の心に深々と突き刺さる。
晴らせない罪悪。それをもう一度償う機会を、与えてあげる。
彼女はそう言っているのだろう。参太はそう受け止めると、視線を外しつつも応えた。
「わかった……わかったよ。それで俺は、どうすればいいんです?」
「ひとまず部屋番号を伝えるわ。2-B号室に行って欲しいの」
「2-B?」
メゾン・アストロの二階、B号室。その住民と接触しろ、ということか。
首をかしげる参太に、零華は付け足した。
「そこに久地田香っていう男の子が住んでるんだけど。彼のもつ“転生”の力に頼りたくて」
「てん、しょう?」
「ええ。物質を別の存在に変異させることができるの。それで、その。私を、人間の姿に戻してほしくて」
「そんなことが?」
それはつまり、罪をそのままなかったことにできる、ということだ。
「はやくそれを言ってくれたら。すぐに、いますぐやるよ、それ」
「彼と一緒に、私がいる5-G号室まで来て。部屋に入れば、きっと君ならすぐに気づくと思うから」
「気づく?」
「ええ、必ずね」
そこで言葉を終えると、零華はいなくなっていた。
忽然といなくなってできた空席をみつめつつ、参太もまた立ち上がる。
参太はベッドから跳ね起きた。
眠りから醒めて、時計をみれば夜の八時。
制服を着て、参太はいそいで家から出た。
目指すはメゾン・アストロ、「2-B」号室。
すべては彼女のために……参太はまた、その施設を駆け抜ける。




