後日談と高校生、覇権の道と
「じゃあ俺、行ってくる」
床に置いた青刀の柄を握ると、参太は現実空間へと転移した。
参太は「5-G」号室の前に立っていた。どうやらそこがエイリアンシップの隠されていた部屋らしい。
いったい誰が住んでいた部屋なのか? ふとそう思ったが、しかし参太は目の前の存在に気をとられていた。
青いクマ型スマートスピーカがちょこんと置かれていたからだ。
参太はその姿に見覚えがあった。
「シャルロット、なのか」
「よくご存じで」
青いクマはそこでしゃべりだし、ぬいぐるみになっている全身を動かしてぺこりとお辞儀をしてみせた。もっとも腰に関節はないらしく、首だけ下げているだけだったが。
天啓のスキルを持ち、その知恵で住民間闘争をしたたかに生き抜いている女、シャルロット・カイザル。
彼女自身もまた人間ではなく人の魂を移植したバイオロイドだが、エイリアンの技術を用いていない。すべて彼女の知性と閃きでつくられている。戦闘能力は欠いているが、それだけの頭脳があればいつ住民間闘争の頂点に立ってもおかしくはなかった。
そんなシャルロットの使いがいまさら何の用なのか。
「何だよ、お前」
参太は言いつつ、スタスタ歩こうとした。もう空に太陽はなく、むしろ真っ暗だ。スマホの画面ロックを解除してみれば、夜の十一時半。母親に殺される時間である。
「じゃあな」
帰って風呂入って、メシ喰って糞して寝たい。参太の頭のなかは正直、それだけだ。とにかく疲れた。
(明日も学校、あるしな)
そういうわけで、シャルロットのつまらない作戦に付き合わされている暇はない。参太はその一心でメゾン・アストロの、砂埃のたまった通路を歩き出す。
「皇女様から伝言です」
カイザルという名前の響きの如く“皇女”の異名をもつ彼女。
(うるせえなあ、いったいなんだよ)
そのまま無視しようとした参太を、しかし青いクマは追おうともしなかった。
ただ、一言。
「感謝します、との事でした。それでは」
思わず参太は振り向いた。もう青いクマはいなくなっていた。
(ったく。わけわかんねえやつだな)
心のなかでぼやきつつ、参太はこみ上げてくる熱い思いを感じた。
それは心のなかにうまれて、目から涙となってこぼれていた。
嬉しかった。
(俺は、馬鹿だ。大馬鹿なんだ)
褒められたいからやったわけではなかった。お礼を言われたいわけでもなかった。
むしろ誰にも見られていないと思っていた。孤独だと思っていた。でもそれが当然だと思った――彼女を救えなかったのだから。その贖罪を果たすのなら、むしろ自分ひとりの力でそれを果たすべきだと思っていた。
だけど。
言葉をかけられて、感謝しますとひとこと、言われて。ただ嬉しかった。
夜空を見上げる。電灯の光で隠れていたが、それは確かに満天の星空だった。遠くにそびえた真円の月も白く輝いている。
にじんだ星空を見て、参太はため息をついた。
☆
翌日。
参太は高校生らしくブレザーに身を包み、自転車で登校する。
汎神高等学校は、相も変わらず神社にしか見えない。鳥居をくぐり、参道を歩いて、なかに入れば普通の高校。その落差に慣れることはあるのだろうか。
参太は下駄箱から校内指定シューズを取り出して履き替えると、教室に行く。
ドアをあければ、透と司がいつものように談笑している姿が目に映った。
「……」
笑っていた司とまず目があって、それに気づいた透が参太を見る。司も透も気まずそうに目を伏せている。
参太もまた、なんといえばいいのかわからない。とにかく、やはり気まずいのだ。
当然だ。
(謝るべき、なんだよな、たぶん)
すべては盾伊に聖剣を渡してしまった瞬間から始まった。軽はずみな自分の行動のせいで、どれだけ彼ら住民に迷惑をかけてしまったことだろう。
その負い目があるからこそ、参太は何もしゃべることができず、結局は無言のまま自分の席に腰かけて鞄をおく。何も考えずペンケースを机の引き出しのなかに放り込み、一限目につかうであろう教科書類の準備をする。
こうした準備があって、本当によかったと参太はそう思う。
「っと」
資料集が必要なことに気づいた参太は、廊下のロッカーに向かう。司と透を視界に入れないようにしながら。
立ち上がると、透が目の前にいた。
「奥津くん」
険しい顔をしたまま、彼は参太と向かい合う。
(言うなら、いまか)
参太は千載一遇の機会を得たとばかりに、謝る決意を固めた。向こうからきてくれた今を逃せば、またいつ声をかけられるかわからない。
だが。結局参太は、言い出すことができずに終わった。
「君のおかげなんだろう……メゾン・アストロの敷地全域に及んでいた電磁波が解除されていた。盾伊も、いなくなっていた」
透は悔しそうな、しかし何よりも真剣な眼差しで参太の瞳をのぞき込んでくる。
「俺たちでは何もできなかった。なら、君しかいない。そうなんだろう?」
いったいどう答えればいいのか。
ただ自分は贖罪を果たしただけだ。胸を張っていえることではなかった。
だから参太はただ、頷くことにした。
「ああ、一応。俺が、盾伊を殺した」
正確には違うが、しかし意味は同じだろう。
参太はそれだけ言うと視線を外し、ロッカーに行こうとした。息がつまりそうだった。
「感謝する、本当に。どれだけ礼を尽くそうと、足りないくらいに」
透はそう告げると、頭を下げた。腰をきれいに折った、完璧な礼だった。
それでクラスの会話が止まって透と参太に視線が集中したが、そんなことは透にはどうでもいいことらしく、何ら恥じらうことがない。
参太はまわりの反応に慌てて、
「いやいやいや、別に、いいから」
そう言うと足早にロッカーまで逃げた。
どうして逃げるだけで、そのとき謝らなかったのか。そんな自分に嫌悪感を抱きながらも、しかし参太はそれで精一杯だった。
ロッカーから資料集を取りだしつつ息を整えていると、
「ボクからも礼を言うよ、参太くん」
落ち着いた女子の声が聞こえた。
振り向くと、ショートカットの女子生徒――司が見えた。スカートをはいてなければ男子に見えてしまうほどに凜々しく整った、それでいて幼い顔立ちをしている。
すこし参太はどきりとしつつ、
「いやだから、いいって別に」
そう淡々と受け流した。
資料集を両手に握って、今度は教室に戻ろうとすると。
「そんな君にひとつ、提案があるんだけど」
別に腕をつかまれたわけではないが、参太は足をとめた。思わず、司の方を見た。
彼女の顔は弾けんばかりの笑顔だ。
「ボクと手を組んでさ。メゾン・アストロの覇権をとらない?」
参太はそれを聞いて、ため息をはきだした。
ふざけるな。




