聖戦と高校生(真)
操縦室は破壊の限りを尽くされていた。
天井と壁面にはもれなく亀裂が入り、いつ砕けて外の宇宙とつながってもおかしくはなかった。
前方の景色を大写しにする強化ガラスは破壊を免れていたが、しかし亀裂が入っていることには変わりがない。
代わりに外周映像を映し出す壁面モニターはことごとく破壊され、それでも流れる電気エネルギーがバチ、バチと断続的なスパークを明滅させた。
そのスパークの音以外にはなにも響かない無音が、操縦室を支配していた。
聖剣の返還を終えてメゾン・アストロに安寧をもたらした参太は、しかしこれからどこに行くべきか、わからなかった。
力は尽くした。だがそもそも、参太はメゾン・アストロの住人ではない。帰るとすれば自宅になるが、しかしいま腰に提げている青刀――宇宙剣ゼロ・ブレイドをどうするべきか?
それは武田零華そのものだ。これをどう処理すればいいのだろう。
例によって、参太のスキルは宇宙空間のなかでしか発揮されず、宇宙空間で生み出した武器を現実世界に持ち帰ることは不可能だ。
したがってこのまま何もせずに現実世界へ帰ってしまうと、この青刀はどこかに消えてしまうことになる。
実際、管理人を殺して虹色の英雄と戦闘したとき、シャルロットのクマ型スマートスピーカを兵器化して宇宙剣【カイゼル・ソード】を生み出した。そのまま現実世界に帰ってしまったが最後、カイゼル・ソードは参太がどの宇宙空間に移動しても見つからなかった。
カイゼル・ソードの元はスマートスピーカだからまだいいが、青刀は零華という大切な人間である。どこか、安否がわかるところに安置しなければならないだろう。
そうなると青刀をメゾン・アストロの住民のうち、誰かに引き渡すのが確実か。
(ハルか、シャルロットか……いや、ショックが大きいか)
参太は心配する。姉のように零華を慕っていたあの二人には、彼女がエイリアンになってしまって殺すのが嫌だったから武器にしてしまった、などというエピソードはどう聞こえるのだろう。
ハルの場合は最悪『なんで助けなかったんだよ、クズ野郎』と言われて殺される可能性さえある。
かといってほかには透と司しか当てがないが、この二人に自分から頼ってもいいものか、わかりかねるところも正直、ある。あの二人とはまだ、距離感がうまくつかめなかった。
「はあっ」
面倒だ。このまま現実世界に持ち帰ってしまえれば、一番いいのに……。
参太は聖剣の刺さっている装置に目を遣った。
「ひとまずこの船の中が安全、か」
そう結論するしかなかった。他にどうしようと言うのか。聞ける相手も、この宇宙空間にはいない。
参太はゼロ・ブレイドを装置の隣に置くと、宇宙空間からの脱出を試みる。
デジタル世界でログアウトするのと同じような感覚で、脱出しようとしたその時。
参太は思わず、目を見開いた。
「え?」
声が漏れた。
砕け散って床に落ちたモニターの破片に、見覚えのある男の顔が映っていたからだ。
「管理人、さん?」
長めの黒髪を後ろで結んでいる、しかしひげがかすかに剃り残してある三十代前後と思われる風貌。黒いジャケットとパンツに白いワイシャツで決めている、ビジネスマンスタイルの男だった。
「奥津参太くん、ひとまずは感謝しよう。人間どもの手から、私の力を解放してくれたことを」
「解放?」
参太は音もなく登場した管理人に驚くとともに、首をかしげる。
「盾伊といったか。私はあの男によって封印されたのだ。故に、私はあの男を裁くことができず……こうして君が彼を打倒してくれるまで、黙って見ているしかなかったというわけだよ」
管理人のその口調は自嘲気味だったが、その表情はなにひとつ緩んだところはない。
眉間にしわが寄っていた。深い呪詛が、顔からにじみ出ている。
「感謝する。それ故に君にはしっかり、説明するとしよう」
よく通る重低音の美声が操縦室の静寂を進み、カツ、カツとビジネスシューズが床を叩く音が鳴る。
管理人は装置に突き刺さっている聖剣の隣に立った。
「私は人類を救済したいと思った。一〇〇年の昔、ここに降り立ったとき。彼らは自らの手で同族を殺し尽くしていた。君たちの言葉でいえば、戦争というやつだ」
「ええ」
参太は管理人から視線を外さず、その言葉をきいた。知らぬ間に冷や汗をかいていた。床に安置された青刀もまた、青い微光をゆらゆらと明滅させている。
「人間たちは生まれながらにして悲しみを背負っている。高度な知性をもちながら、本能に忠実な獣の体を与えられた。理性と本能。相反する衝動のなかに、その魂が揺れている――脳と体に別々の魂を授けられて生まれる、我々の種族と同じように」
管理人は右手をゆったりと伸ばし、その指先は聖剣の柄にむいている。
「しかし人間は我々と違って、魂をひとつしか持たない。だから私は思ったのだ、私は人間を、救うことができると。その魂を、肉体から引きはがすことで、人は救済されると」
管理人はそうして、聖剣に触れた。その柄を握った。
聖剣はぶるりと震える、まるで恐れをなすかのように。
「しかし不可能だった。魂はそのまま、新たな肉体をもたなければ維持されなかった。私が救った人間たちはことごとく、私と同じようなエイリアンの見た目になってしまった。これは私の罪だ」
聖剣がゆったりと持ち上げられる。
装置から引き抜かれ、虹の刃がふたたびこの世界に解き放たれた。
「だが。そもそも私は勘違いしていた。人間とはそもそも、救うに値しない存在だった。今回のことで、私はそれを深く知ったよ。貴様ら地球人は、蛮族でしかない。互いを理解しないばかりか、異なる価値観を理解しようとしない。むしろ、互いに排除しあっている。君も馬鹿馬鹿しいとは思わないか」
参太の脳裏に盾伊の欺瞞に満ちた笑顔が再生される。盾伊という男には確かな信念があった、それはわかる。だが、やはり盾伊の考えは偏狭だった。
盾伊だけじゃない。参太はそう思う。参太はこれまでにも見てきた。学校生活ではいじめや陰口が日常茶飯事であることを。誰かが誰かを傷つけることが、人間社会では当たり前になっている。
それを馬鹿馬鹿しいと思うことは、参太には否定できなかった。
「故に私は人類を滅ぼす。貴様ら蛮族はこの世界には、不要である。そう結論づけた。当然だろう。己が獣でないことを知りながら、幾年、幾百年の時を繰り返してもなお、獣と同列の群れ生活を継続しているのだからな。自ら進化の可能性を放棄する愚かな種族に、この宇宙は居場所を与えるべきではない」
引き抜かれた聖剣の切っ先が、参太に向けられた。
さきほどまでは穏やかだった聖剣の輝きがより強く放射されていく。虹の輝きが操縦室をあまねく照らし出した。
「どうして、そうなるんだよ」
参太は即座に言い返した。
しかし管理人はさも当然のように告げる。
「貴様らの常識だろう? 強き者が生き残り、弱き者は排除される。なら、強き私が弱者である貴様ら全員を滅ぼしても構わんだろう。それが、愚かな蛮族たる貴様らが設定した、人間の摂理だ。違うか、いや、違わないな」
静かな殺意が管理人の両目からほとばしり、虹の刃の切っ先が参太の首を一瞬ではね飛ばした。
反論する間もなく、一瞬で参太は殺される。
兵器化で変身する猶予さえなかった、瞬間の剣裁き。参太の魂は己の死を認識するまでもなく霧散した。
生首が床に転がり、参太の首から下の肉体はそのまま地面に突っ立っていた。肉体もまだ、自分の主人が命を失ったことを理解していないかのようだ。
あっけなくついた決着。
直後。
世界は逆再生を始める。
床に落ちた首はそのまま体に接合され、首を切断するはずだった聖剣の刃は参太の皮膚に触れる直前で止まった。
「いまのは、いったい……」
死んだ後、参太は自分の首がほんの一瞬で斬り飛ばされたのだとようやく知った。
(司なのか?)
世界を逆再生させるスキルをもっているのは彼女だけだ。
だがこの宇宙には彼女の気配はなかった。
事実、この宇宙にいるのは管理人と参太の二人だけ……なら、誰が?
「次はない」
管理人は参太ののど元に向けた聖剣をペンの形に戻すと、それを懐にしまった。
「もう関わるな。私と、私の管理する施設には。君は偶然巻き込まれてしまっただけの部外者であったはず。すまないが君は、永遠に部外者でありつづけて欲しい」
言い放ち、管理人は靴音を悠然と鳴らして操縦室を去って行く。
「その代わり、君のスキルについては剥奪しないことにする。幾度となく危機を救ってくれた礼だ。どうか前金のつもりで受け取っておいてくれ」
どこに行く? 言おうとして、参太は声がでなかった。恐怖で全身がもう動かない。
確かに奴に殺された。その記憶が体に刻み込まれているのだ。喉が動かないばかりか、喉を動かすために駆動する全身の筋肉が硬直している。
参太は結局、管理人が通路の闇に消えて完全に見えなくなるまで、ずっと操縦室に立っていた。




