聖戦と高校生(再)
暗黒剣が空間を疾走した。
「ソの武器ハ、何ダ……禍々しイ」
エイリアンはつい呟いた。
その形容の通り、参太が握る暗黒剣は黒々とした柄に、さび付いたような銅色の刃が伸びている。刃には赤黒い線が絡みついており、まるで人を斬った直後で血がこびりついている妖刀のようだ。
エイリアンはしかし参太の太刀筋をすでに読んでいた。振り下ろされる刃をわずかに体を動かして避けてみせる。実に容易いことだ。
瞬間、驚愕する。
「!」
その刃の軌跡が、黒色の線となって空間に刻まれていたからだ。獣が獲物の肉体に残した爪痕のようにはっきりとした線が、現実世界にありありと浮き上がり、定位していた。
暗黒星雲そのものを武器に変えたその刀は、一振りするだけで世界を破壊する。それはもはや敵を切り裂くだけの武器ではない。むしろ対象を切り裂くことなど、その刀にとっては二の次だった。
真に望むのは、世界の破壊。すべてを暗黒星雲に呑まれた民の呪怨によって形作られたその刀は、どこまでも残酷で怜悧で合理的なこの世界に対して、牙を剥く。
「これは……!」
振り下ろした瞬間、参太はその武器の性質を理解した。頭でわかったのではないが、直感的に悟った。これは人間が扱ってはならない、封印されるべき神装なのだと。
しかし。
そうでなくては、エイリアンには勝てないだろう。
「く!」
敵の動きは素早い。
少し体をひねっただけで一撃を避けられただけでなく、瞬時に反撃してくる。
剣の形にふたたび練りあげられた虹の刃が、迫ってくる。
刃の通った空間にミニチュアのような恒星と惑星の連なり――極小の宇宙が生み出されているのを見ながら、参太はその刃を受け止めた。
宇宙を無数に生み出す力を備えたその刃を、しかし参太はいとも容易く受け止め、はね返した。
「いける」
呟き、参太は暗黒剣の力を実感する。聖剣を受け止めてもなお、参太には何の負荷もかかっていない。本来であれば、宇宙を生み出すビックバンと同等の衝撃波が生み出されるはずなのだが、暗黒剣はそれを無に帰しているのだ。
互いの刃がぶつかりあった瞬間、虹の刃は揺らめき、無の刃は震えた。交わることのない異界の武器が、互いに互いを敵として認識し戦慄しているのか。
刃と刃は一度、離れる。エイリアンも参太も、同時に身を引いたからだ。
エイリアンの側には、生み出された無数のミクロコスモスがある。
参太の側には、世界に刻んだ爪痕の如き漆黒の線がある。
「世界ノ命運ヲ賭けタ聖戦ニ、相応しイ」
エイリアンは満足したように呟き、一歩、踏み出す。
「ああああ!」
参太は己にむち打つように叫び、踏み込んだ。
怖い。その気持ちはある。
敵の扱っている武器も、自分がいま召喚してしまった武器も、まったく人智を超えている。常識を超えている。結果がまったく予測できない。
しかしこれが、現実だった。いま紛れもなく参太は、その超常現象のなかを誰でもない己の体で突き進んでいた。
やると決めたから、見えた世界だった。逃げないと決めたからこそ、進むことができた道だった。
自分だけが行き進むことができる未知の暗路。
参太はすがるように彼女の手のひらだったもの――腰に提げた青刀の柄を握り、すぐに離して暗黒剣の柄を握り直す。
ふたたび双刃がぶつかりあった。
接触した瞬間、互いの刃は動じない。
聖剣は波打たず、暗黒剣も震えなかった。先ほどとはうって変わって、二振りの刃は己の色をより強く、より深く、増幅した。
虹の輝きは明るく空間を照らして暗黒を排除し、呪怨の暗黒は輝きを喰らって深さを増していく。
無限の虹と終わりのない闇が、互いを侵食しあう。
参太は柄を握り込み、歯を食いしばった。敵の力の強さに、しかしもはや人でなくなった機械の体をもつ参太は一歩も退かず、足が床にめり込むのも構わず、全身全霊で押し返す。
そのまま聖剣を弾き飛ばした参太は、暗黒剣を思い切り横一閃した。
漆黒の爪痕を空間に刻みながら進む刃は、しかし宇宙を生み出して進む刃に阻まれる。
「読んでイる、無駄ダ!」
エイリアンは豪語すると、易々と参太の一撃をはじき返す。
だが、参太は打ち込みつづけた。
今度は縦一閃、思い切り振り下ろす。先ほど刻んだものとあわせて、十字の爪痕が空間に描かれる。
十字の真ん中に屹立するエイリアンは、その刃をやはりはね上げた。
「まだ!」
刃の向きを変え、左上から右下へ、袈裟斬りにする。
防がれる。
今度は逆、左下から右上に、斬り上げる。
これもまた、防がれた。
だが防ぎながら、エイリアンは徐々に、絶望を知る。
目の前がもう、ほとんど見えなくなっていた。
「これハ……!」
空間を切り裂き、世界に爪痕を残す暗黒の刃によって、エイリアンの目の前の景色は文字通り黒塗りされていた。
二本の線で十字を描き、空いた四つの面をひたすら暗黒で埋めていく。
参太は連撃をやめなかった。
エイリアンはそれをただ防ぎつづける。
防戦一方ともいえるが、しかしそれは参太がエイリアンの体に傷ひとつ付けられていない事実をも意味する。
いま、参太はすべての力をつかって、極度に意識を研ぎ澄ませて、最高の技量を発揮して攻撃しつづけている。
それでもなお、エイリアンは余裕を崩さない。参太の太刀筋のすべてを見切っているのは明らかだった。
参太の刃がエイリアンの体に触れることは、金輪際ありえない。
それでも参太は、動きを止めなかった。
エイリアンはそれを平然と払いつづける、防ぎつづける。人間の意志など無意味だと嘲笑するかのように、余裕を保って攻撃を無に帰しつづける。
まるで子どもがその無力な拳を、笑う父親の胸に必死にぶつけているかのように。
だが防ぎつづけているだけだからこそ、虹の刃が空間を通り抜ける面積、つまり小宇宙を生み出す面積は、思い切り刃を振り下ろしたり振り上げたりしている暗黒剣が自由自在に空間を疾走する面積より、小さくなる。
小宇宙が生み出されるよりもなお広く、暗黒剣はこの世界を飲み込んでいる。
敵に命中することが、当たることがすべてではなかった。
暗黒剣にとって、対象を切り裂くことなど二の次だ。その刀が真に望むのは、世界の破壊。
「やめ、ロ!」
エイリアンは叫ぶが、しかし参太は止まらない。
打ったばかりの刃を、また振り下ろす。ぶつかった直後に、また振り上げる。次は横に薙いで、その次はまた振り上げて。
暗黒剣は、参太は、世界に傷跡をつけていく。
エイリアンが存在している虹の輝く世界を、その赤黒い血のような意匠のこびりついた刃で汚していく。
その果てにできあがったのは、暗黒の真円。
「やってやる、最後まで!」
鋼の体が軋むのも構わず、参太は叫び、そして必死に、最期の一撃を世界に刻みつけた。
その一撃さえ、エイリアンは完璧に防いでみせる。平然としていた。太刀筋のわかりきった刃を、ただ平然と打ち払うだけの簡単な作業だった。
単なる剣の勝負であれば、それはエイリアンの完勝で終わっただろう。
すべての攻撃を終え力を使い果たした参太に待っていた未来は、本来なら、防御を終えたエイリアンから繰り出される怒濤の反撃によって、その命を刈り取られる無様な末路だったに違いない。
だが、現実はそうはならなかった。
エイリアンは、目の前につくりあげられた真円の虚無を見て、視界のすべてを失って、やがて世界から隔絶される。
もう聖剣を振っても無駄だった。小宇宙を生み出したくらいでは、その完成した虚無に何かを与えることはできない。
虚無に睨まれたかのように、エイリアンはその瞬間、己の運命を悟った。
「蛮族だガ……ワタシは、負けテいないガ。見事デあったト、言ウ他ナイか」
虚無はエイリアンをのみこんだ。
暗黒星雲は瞬間、満足したように震え、参太の手から離れていく。
ひとりでに宙を漂うその妖刀は、自らが生み出した虚無の真円に突っ込み、その姿を消した。
暗黒剣はもう戻ってくることはなかった。
だが、お返しとばかりに虚無の中央から柄が出てきた。
参太がそれを握って引き抜けば、虹の刃が現出する。
直後、虚無は立ち去り、目の前には変わらぬ現実が再生される。ただ、そこにエイリアンはいない。
エイリアンの痕跡だけを見事に削除することに成功した世界が、目の前にあった。
聖剣をいま一度、握る。
それはもう宇宙を生み出す力を失っていた。参太はエイリアンではない。無限にマイクロコスモスを生み出しつづけたあの力は、エイリアンだからこそ引き出すことができたのだろう。
それでも、聖剣は参太を拒まなかった。参太の手に握られた瞬間、強く輝いていた聖剣はその光量を抑えて、穏やかなやさしい虹の色に変質した。
虹の刃を下に向け、操縦室の装置に突き刺した。
「以前のように、普通に住民が過ごせるように」
参太は願いを告げると、聖剣の柄から手を離す。
聖剣の返還は果たされた。
装置は駆動を再開し、参太の意志を反映する。
事件はそれで収束した。もう住民たちが勝手に気を失うこともなければ、誰かに遠隔操作されることもない。
参太は変身を解除すると、腰に下げた青刀の柄を握る。
「終わったよ……」
その声をきいた青刀は、その身に帯びた微光を嬉しそうに、ほのかに揺らした。




