高校生、我が道を行かんとす
翌日。
朝日が眩しいくせに腐ったような声しか響かない教室。
始業のチャイムを聞き流し、参太は独りで動くいつもの学校生活を過ごしていた。
(利用し尽くしたら捨てる……あたり前だよな)
ハルが話しかけてくることもない。こちらから会いに行くような用事もないし、そもそも友だちですらない。
教室では参太とハルが破局した、という噂が流れているらしい。クラスの中心に位置する男子グループの使いである臆病な学生が「冬木さんとは別れたんですか」と噂の真偽を確認しに来た時には思わず噴きそうになった。
「そもそも付き合ってすらいないから」
そう答えて使者をあしらうと、参太はいつもどおりにスマホでゲームをしはじめる。
何が楽しいわけでもないが、そうしていると独りではないと錯覚できた。
昼食も参太は独りだ。
教室でとるのは退屈なので、参太は学校敷地内の様々な場所で食べるようにしていた。
あるときはプールサイド、あるときは庭園、あるときはグラウンドの真ん中で食べていたりするので、面白がっている生徒は参太が食べている場所で賭博をやっているのだが、本人には知るよしもなかった。
弁当は毎日母親が作ってくれる、というわけでもない。昨晩の冷やご飯と冷凍食品を詰めるだけの作業を毎朝自分でする。ちなみに洗濯も自分でする。参太の家庭は放任教育というやつだった。
冷凍食品の味噌カツを口に含みながら、今日は庭園のベンチで食事をしている。天気は快晴、ピクニック気分で頬をなでる風が心地よい。
同じように独りで昼を過ごす生徒もぽつぽつと距離を置いて食事をしており、互いに話しかけることもない。
だからいつも、参太は誰とも話さず昼を過ごすことが多い。
「君が奥津参太くん、だね」
突然、聞き覚えのない声が背中から響いた。
ディープな低音の男の声で、よく通る野太い声音でありながらさわやかな余韻がする。
振り返ってみると、黒髪を長髪にした美青年が立っていた。
「は、はい」
とりあえず返事をするが、その男の顔を参太はまったく見たことがなかった。生徒であるはずもなく、教師陣の顔を思い浮かべるがいままで黒髪ロングの美青年教師など見たこともなかった。
「新任の教師さん、ですか」
参太は一応、問いかけてはみるが男はさっと流すように問いかけで返してくる。
「君はメゾン・アストロについて、よく知っているようだね」
(なんだ、こいつ。会話する気ねえのかよ)
参太は舌打ちしたかったが無視されたのを堪えて、肩をすくめた。
「何ですか、そのセンスのない建物。そんなの知りませんよ」
自分の話を聞かない奴に、まともに応えてやる道理はない。参太は言い放つと視線を弁当箱に戻すことにした。
「あの建物の実情については、国家機密とされている。あそこで行われていることは本来、部外者には知り得ない情報なのだよ」
男は淡々とした説明口調で告げる。
そのとき参太は理解した。この男は端からこちらと会話などするつもりはなかったのだ。語尾は問いかけで終わっているが、それは語尾で、内容は決然と言い放つ宣言にほかならない。
「一般市民である君は、しかし機密を知ってしまっている。そしてこの国では不当な処刑はできないことになってるのだ。故に、君はいまここで誘拐されるか、あるいは、関係者となってもらうか。この二つの道が用意されている。いかがだろうか」
参太は思わず顔を上げた。男の表情は変わらずの鉄面皮だ。
「ちょっと待てよ。誘拐か、仲間になるか、この二択だって? おいおい」
「殺害も容易い状況で、あえてそれ以外の選択肢を提示してやっているのだよ。勘違いしないことだ」
「いったい何だってんだよ、あのボロアパートが!」
「国家機密の研究機関。それに関わった罪は重い。追って通知を自宅へ郵送する。素直な返事を期待しているよ」
男はそして悠然と歩いて行く。参太の前を通り過ぎ、何事もなかったかのように庭園を行き校舎へと入っていく。ほかの生徒たちや教師たちも違和感の眼をそそぐがあまりの堂々とした歩きぶりに誰も何も言えないようだ。
参太はすべてを忘れて味噌カツを口に入れてみたが、もう何の味もしなかった。
放課後。
部活に入っていない参太はまっすぐ帰る。
下駄箱のところまで行ってもやはりハルとは会わなかった。話しかけられることはないとわかってはいたが、参太はため息をはく。
「関係者になる、か」
昼、男は誘拐されるか関係者になるか、極端な選択肢を示してきた。そういう言い方をされれば、関係者になるという選択しかしないとわかって示してきたのだろう。
案の定、自宅に帰れば参太宛ての手紙が一枚、郵便受けに入っていた。
[メゾン☆アストロ 体験入居当選のご案内]
はがきにそう書かれており、裏返せば[厳選な抽選の末、当選されました]ことが挨拶として表明され、[入居の準備が整いましたらまた連絡差し上げる]旨が併記されていた。
まるで以前にこちらから応募し、それが叶ったかのような文面だった。
「ふざけんじゃねえよ」
参太はそれを破り捨て、ゴミ箱に捨てる。
鞄を部屋に置いて勉強机のキャビネットから空き巣道具セットを取り出し制服の内ポケットに忍ばせると、また家を出る。
もうメゾン・アストロには空き巣として入らない。そう決める。
あのOL風女の言うことにそのまま従うことになるが、しかし国家機密だの誘拐だと不当な処刑だのと言われれば、さすがに警戒するのはあたり前だろう。
そう自分に言い聞かせて、参太はまた別のアパートに忍び込む。
狙いはいつも管理人が仕事をさぼっていそうな、セキュリティレベルがアマアマのボロアパートだ。
ベージュの漆喰がにぎって尿のような色に変わっているボロアパートに狙いを定め、一回の通路をさっと歩いて気配の有無を確認。
直感で誰もいないと判断した部屋に目星をつけ、いったんアパートの裏手に回って干し物や人影の有無を窓越しに目視で確認すると、いつも通りドアをピッキングした。
「おじゃましまーす」
あくまで礼儀ただしい訪問者として空き巣侵入を果たすと、参太は2LDKの薄汚れた部屋に入った。
読み通り誰もいないが、汗のにおいがツンと鼻に入ってきた。思わず鼻をふさぎつつ通路を行き、リビングを拝見する。
デスクとテレビと三人掛けソファのほかには何もないリビングで、デスクの上には使用済みでソースがこびりついた食器がそのまま置かれていた。朝食も何もかもデスクと向かい合って済ませる人間なのだろう。
参太は特に観察するべき箇所のないのを確認すると、目標物であるドアノブのネジの回収作業に入る。
リビングのドアノブに狙いを定め、板金のネジをひとつ盗ってやった。
内ポケットに道具を片付けると、忍び足でそのまま帰還を目指す。
息をひそめて通路を行き、玄関から出てドアをゆっくりと閉める。
誰にも見られてはいない。
ほっとひと息つくと、参太は胸をなで下ろし、次には顔をきらきらと輝かせて堂々と散歩してみせた。
「この瞬間が、たまらねえ」
空き巣という緊張感とスリルあふれるミッションは、やはり最高に興奮できる趣味だ。
喜びとともに歩き出したとき。
「よう、お前さん」
不意に空から声が振ってきた。
参太は声のした方を見上げると、なんと電信柱の上にピンクの熊のぬいぐるみが置かれてあった。
「一日ぶりだな。気分はどうだい」
熊のぬいぐるみはそして手を振り、参太に笑顔をむけていた。
「勘弁してくれよ」
思わず参太はぼやいたが、そうそう逃げられるものでもないとなけなしの覚悟は決めた。




