慢心と覚醒、高校生
死体の山を前にして、しかし笹井は両手を広げて喜んだ。
「これほどまでのエイリアンの遺骸があるなんて……幸運すぎるわ、私」
なかば興奮しているのだろう、彼女の頬は上気してかすかに紅潮している。眼鏡の奥の鋭い瞳はいまは消え失せ、年相応の女の子らしく活発な、爛々とした輝きをその瞳にたたえていた。
「ぜんぶ回収ねコレ。そしてまた実験だわ!」
まるで素敵な貴金属アクセサリーに喜ぶ女子のようだった。
参太は呆れて物もいえない。
(全部、死体なんだぞ。その意味わかってんのかよ)
参太にはわかる、その手で殺したからこそ。それら遺骸はひとつひとつ、言葉を発し。意志をもち、生きていた。
盾伊の顔が、その言葉が脳裏に蘇る。
(俺は結局あの人に、勝てないままだったな)
別に盾伊をしのんでいるわけではない。心底、死んでよかったと思っている。OL風女子を、彼女を操り人形にして、結果、人でなくしてしまったのだから。恨みしかない。彼の死をしのぶ理由などどこにもない。
しかしその一方で。
参太は苦い気持ちをかみしめていた。恨みしかないからこそ、己自身の手で、凌駕しなければならなかったのではないか。
あいつが間違っていたことを、あいつの主張したことがけして許すべきものではなかったということを、自分自身があいつに伝えなければならなかったのではないか。己の実力をもって、あいつを超えて伝えなければならなかった。
(クソ……クソが!)
参太は立ち上がると、一言。
「じゃあ俺は、俺の仕事に戻ります」
参太は聖剣を握り、モニター前のコントロールユニットに視線を映す。
盾伊は言っていた、聖剣の持ち主の意志に応じてこの船は動く、と。
そしてこの船はメゾン・アストロの全機能を遠隔操作で扱うことができた。
盾伊から聖剣を勝ち取った今、メゾン・アストロの全権は参太が握っている。
装置に聖剣を突き刺し、まずはエイリアン化をとめるべく住民のスキルにリミッターをかけねばならない。
(エイリアン化なんてもう、たくさんだ)
思いを胸に、参太は行く。
そのはずだったのに。
「ちょっと待ってよ、参太くん」
言葉がやはり、参太の背中に突き刺さった。
無視しようとも思ったが、しかし相手はエイリアンをひとつ下僕にしているのだ。逆らえば殺されるだろう。
「何ですか」
舌打ちしたいのを堪えて、向き直る。笹井と向き合った参太は鋭く睨んだ。
「怖い顔しないでよ。私たち、仲間でしょ?」
仲間。
親友ならいたし、クラスメイトもいた。恋人はわからない。仲間は、いないしいたこともない。
仲間とは何か参太にはわからなかったが、しかし参太は断言した。
「仲間? そんなわけ、ないでしょう」
反吐が出る。
「俺が戦ってるのを黙って見てて、それで、良い頃合いになったら出てきて。ふざけないでくださいよ、ほんと」
いいつつ、仲間ときいて透や司、ハルやシャルロットのことを思い浮かべる。友だちでも何でもないが、仲間と言われればしっくりくる気がした。
目の前できらきら輝くほどの美しい笑顔を浮かべる彼女は、やはり仲間などでは断じてない。
「仲間だったら、助けてくださいよ」
「ふふ、そういうところがまだまだ、子どもなんだよ」
笹井は参太を鼻で笑う。参太が眉をひそめたのも構わず、彼女もまた断言した。
「ビジネスなんてそんなもの。助け合う関係が仲間なんじゃないわ。互いに利益を与え合うのが、仲間というもの。もっとバイトしなさい、そうすればわかるわ」
「互いに?」
参太は首をかしげるまでもなく反問する。
「あんたは俺に、何の利益を?」
「ほら。絶対絶命の状況を助けてあげたじゃない。何度でも蘇る盾伊の力がトリックだって、あなたは見破ることができなかった」
彼女は動じない。
参太は反論できず、押し黙る。
その言葉の通りだった。殺し尽くして盾伊を何度でも切り裂くつもりだった。彼の力がスキルなのだとばかり思っていた。見破るだけの力や知識もなかったし、その意志もなかったのだ。
しかし反論できなくとも、参太はけして笹井を睨む視線を外すことはなかった。
「意固地なのも、子どもの証拠だよ。さて、仲間としてお願いがあるんだけどさ、いい?」
あくまで話を前に進めようとする笹井を見て、参太は嫌な予感をぬぐえない。
(いつもそうだよ、俺の言葉なんて無視しようとしやがって)
全員、そうだった。盾伊もそうだったし、この笹井もそうだ。こちらの都合なんて聞いてくれない。いつもいつも、相手の都合ばかり押しつけられる。そんなくそったれな人生を、打ち破りたかった。
だから参太は、聖剣を握り、それを装置に突き刺そうとする。
(やってられるか)
彼女に背を向け、黙って装置の前に。青い刀を片手に握ったまま、聖剣を下に向けて突き刺そうとした。
突き刺そうとして、その手が止まる。
「く……!」
虹色のエイリアンが、彼女の下僕が、参太の手首をつかんで離さない。
「ダメだよ、黙って事を前に進めては」
彼女は女教師が生徒を注意する仕草そのままに、腕をつかまれている参太に言った。
「先生が、お仕置きするよ?」
ふふ、と笑った彼女に対し、下僕は強烈な握力で参太の手首をしめつける。
「つっ!」
思わず聖剣を離した。
虹色の刃が床に落ちて突き刺さる。
「聖剣探索ノ任。此処二、完遂ス」
不意に、虹色のエイリアンが呟いた。
彼はずっとこの時を待っていた。
人間の女に心を消され、操り人形にされようと。彼の肉体に秘められたもうひとつの魂は、彼の任務をけして忘れなかった。
聖剣の探索と発見。それこそが、エイリアンたちの悲願であり、救いだった。
「なに?」
笹井が違和感をおぼえた。下僕としたはずのエイリアンが突如、コントロールから外れていた。
「そんな」
それが彼女の最期の言葉となる。
虹色の刃が、彼女の首を吹き飛ばしていたからだ。
生首がひとつ、床に転がった。
遺された体からは血は噴き出なかった。瞬時に傷口の血液が熱で焼き尽くされ、体中の水分が吹き飛んでいた。
ひからびた彼女の肉体が、風に消える。文字通り木っ端微塵となってこの世界から消失した。
聖剣を手にした虹色のエイリアンが参太に向けて、言葉を放つ。
「蛮族ノ英雄ヨ。話ハ聞イテイル。久シイな」
聖剣の持ち主として生み出された、虹色の英雄。
彼は参太に一礼して、まるで旧友に再会したかのように、笑顔をむけていた。
もっとも参太にしてみればエイリアンの笑顔など、単に大きく裂けた口が引きつっているだけの、恐怖にしかならないものだったが。




