完遂の絶望と高校生
青い刃が空間を疾走する。
盾伊はそれを防ぐべく白刃を思い切り押して虹の刃をはね除けると、青刃を防御した。
「宇宙剣に聖剣。君は壮絶な戦闘能力を有している」
嘲笑ともとれる褒め言葉。
戦場には不釣り合いな落ち着いた声音だった。それが笑顔から放たれる。参太にはそんな盾伊の心の奥が、まったく読み取れなかった。
青刃を防いだ盾伊は、さらに押し戻し、白刃を振り下ろす。
参太は半歩退いて避けるが、避けた先に盾伊のキックが炸裂する。それを聖剣で払おうとするも、
「おっと」
盾伊は身を翻して跳躍。参太から距離をとることで刃先から避けた。
いっこうに捉えられない、盾伊。こちらの動きが見切られているのは明らかだった。
もどかしい気持ちが、ふつふつと胸にわき起こる。
しかし。
状況は突然、変容する。
参太は我が目を疑った。
「なんだ……虹のエイリアンが、二体?」
虹のエイリアンの姿をした盾伊のその背後に、彼とまったく同じ姿をしたエイリアンがひとり、立っていた。
「まったくもう。私のこと、忘れてたでしょ?」
女性の声が響く。
「ここまで引きつけてくれて、ありがとう。復讐はいま成就するわ」
参太はどこからともなく響くその声――元研究員だという、眼鏡の美人教師の声をききながら、盾伊が虹のエイリアンに羽交い締めにされるのを見た。
「これは……」
「お久しぶりね、主任」
盾伊は抵抗するが、しかし虹のエイリアンの力は強かった。全身を固定された盾伊はやがて動かなくなる。まるで十字架にはりつけられた罪人のように。
そこまで待って、あの女性が入室してきた。
入り口から靴音が響き、ブラウスの上から白衣を纏った冷徹な視線を放つその女性。
汎神高校に雇われている眼鏡の美人非常勤講師。その実体は、盾伊に復讐を誓ったかつての部下。
「ほう、笹井くんか。突然辞めたかと思えば、また来るとはな。まったく、どいつもこいつも、最近の若者というやつは」
盾伊はそう言いつつ、先ほどまでの笑みはもう消えていた。その表情に余裕はない。
「あれほどエイリアンを嫌っていたのに、いまはもうすっかり、貴方自身がエイリアンだわ。主任、因果応報って言葉、知ってます?」
「私とて、エイリアンの力を使うことは本意ではない。しかし他人をこんな姿にするわけにもいかなかった。故に、私が私を改造するしかなかった。それだけのことだ」
「エイリアンは侵略者だって言っておいて。結局、私の言うとおりじゃないですか主任。エイリアンは良い道具になります。こんな風に」
彼女は指をパチンと鳴らすと、すでに下僕に成り下がっているのか、虹色のエイリアンが腕の力を強める。
全身を圧迫され、盾伊は思わずうめいた。
「くっ!」
「いい顔です、主任」
美人教師――笹井は言いつつ、参太に視線を向ける。
「そして参太くん。タイミングを見ようと思って観察してたけど、全然ダメね」
「まさかずっと、見てたんですか」
参太は高解像スコープから怒りの赤い輝きを表示させたが、笹井はそんなことには構わず、
「主任の不死は、スキルじゃないわ。単に、魂を移動してるだけ」
「黙れ!」
盾伊はそこで初めて声を荒げた。が、彼女が指を弾けばまた虹のエイリアンに締め上げられる。
「が!」
「エイリアンの精神を消滅させ、そこに人の心を移植する。まさにエイリアンの体を人が乗っ取ってしまおうという技術。もともと私が発案したものだったけど。貴方が没にしたはずなのに、どうしていま、その貴方が使ってるんでしょうねえ!」
女主人が下僕に鞭を打つように、虹色のエイリアンが彼女の意志に呼応して盾伊を突き飛ばす。
床に打ち付けられた盾伊は、しかし直後、またエイリアンに捕縛されていた。
「いま楽にしてあげます、主任。その体に眠る魂を、目覚めさせて、ね」
「や、やめろ……」
盾伊の声はそこで震えた。
彼女は白衣のポケットからひとつ、注射器を取り出した。短い針の取り付けられた、即座に注射できる簡易的なものだ。
「私たち、よく研究してましたね。エイリアンの死体をつかって、解剖して。その隅々まで、知り尽くそうとした」
彼女はゆっくりと盾伊に近づくと、一気に注射針を突き立てる。
注入した。
その内部に溜まった透明な薬剤を。
「やめろ、やめろ、やめてくれ!」
叫ぶ盾伊の様子を満足そうに眺めつつ、彼女はそこではじめて笑顔になった。
「さよなら、主任。どうぞエイリアンになってください」
「ああああああ!」
盾伊は両手で頭を抑えた。人間のものだった頭はエイリアンのものになり。
彼女の言葉のとおり、瞬間、盾伊の精神が宿っていたエイリアンの、肉体に秘められていた魂が覚醒する。
盾伊の心を押しやって、それは永き封印から解き放たれた。
「アアアアアア! ヤット、ヤット、自由二!」
封印から目覚めたエイリアンは、もう盾伊ではなくなっていた。
それは単なる虹色のエイリアン。
「じゃあ、あとよろしく。参太くん」
「は?」
「私じゃあアレは倒せない。少し気絶させてもらえるかしら? もしくは動きを止めてもらえるだけでいいわ。そうすれば、魂を眠らせる薬を打つから。手駒がひとつ、また増えるのはいいことよ」
「なんで俺がやらなきゃいけないんですか」
「やらなきゃ、私たち全員ここで死ぬわよ?」
「そんな……!」
言ってるそばから、虹のエイリアンが襲いかかってくる。
「蛮族! 許サン、絶対二!」
「くそ!」
盾伊だった虹のエイリアンは白刃を振り下ろしてくる。参太がそれを聖剣で仕方なく防御すると、彼女の下僕となっていたもう一体の虹のエイリアンが彼女を守護するべく前に立つ。
「やっちゃって」
彼女は他人事のように命令し、下僕を使うつもりはないらしい。
その命令を聞くつもりは参太にはないが、しかし襲い来るエイリアンは倒さなければ、確かに彼女の言うとおり、死ぬのは自分だった。
「くそったれ!」
参太は叫ぶと、青い刃を敵の体に差し込んだ。
サファイアの輝きがひときわ強まり、虹のエイリアンは動きを止める。
「殺しちゃったの。まあ、仕方ないわね」
彼女の落胆した声が響いた。盾伊の死体の山が築かれているその部屋に、またひとつ、新たな死体が追加される。
ここに盾伊は死んだ。その心を、消滅させられて。
参太は変身を解除すると、両膝を地につけてその場にくずおれた。
充満する血のにおいに嘔吐感がこみあげてくる。
その手で行った殺戮の事実。それが死体の山となって参太の目の前に迫っていた。
メゾン・アストロを護るために殺した。そのはずだったのに。
「俺は、なんのために……殺したんだ」
いま一度、自問する。参太は答えることができなかった。
その裏で、もうひとり絶望に沈む者がいた。
管理人である。
彼はすべてを傍観していた。怒りにその両手を震わせて。




