二重の命と高校生
彼女の茶色がかった髪も、参太が好きだったあの顔ももう失われていた。
人に比べれば大きく裂けた口に、ぬめりのある肌。瞳はなく、しかしそれでいて外部の状況を完璧に把握している不可思議な生命体。
しかし彼女は、参太の知っている彼女だった。
「私は最底辺の大学を卒業した、バカな女の子だった」
彼女自身、エイリアン化したことに気づいているのだろうか。その口調は堂々としていて、彼女の誇り高い人間性をはっきりと表している。
まるで聖女が民衆に語りかけているかのように。
「だから使い物にならなくて。上司の豚みたいな男に体を迫られて……断ったから、干されたわ。“かわいさで上に取り入る以外、あんた何もできないんじゃないの。お誘いなんて千載一遇の機会じゃん、あんたにとっては。ソレ断って大丈夫だったの?”。同僚の女の子から、そう言われたこともあったりね」
それはごくありふれた人生なのかも知れない。だが、参太は聞いた。それはこの世界中に限りなく存在する凡俗な話であると同時に、彼女だけにしか語れない物語だった。少なくとも、参太の知りうる限り、このように人生を開け広げて語るような人間は彼女だけだったから。
(俺にはこんな風に堂々と話す勇気なんて、ないな)
自嘲気味に参太は耳を傾ける。
「会社を辞めるにも、もう誰も私の言うことを聞いてくれる人なんていなかった。辞めたいって一言さえ、誰にも聞いてもらえないまま……私は本当に独りになって。前にも後ろにも、どこにも行けなくなったから、死のうとしたの。でも、そのとき奇跡が起こったわ」
彼女は天を仰いで、眩しそうに話した。
「いまでもはっきりと覚えてる。広い宇宙に、突然ダイブした。線路に体を投げたはずだったのに、星がたくさん光ってる宇宙に出た。管理人さんと二人で星を眺めて。あの人は言ってくれた。何も考えなくていい、って。ただ自分の生きたいように日々を過ごせって」
嘘も誇張も入り込む余地はない。それは彼女の語る事実で、管理人が彼女を救ったという現実だった。
「線路に投げたはずの体は、その時にもう死んでいたのかも知れない。私はあなたの言うように、もうその時には、エイリアンになってしまっていたのかも知れない」
彼女はそして、己がエイリアン化していることに気づいているのか、いないのか。盾伊をまっすぐ見て、最後に言い放つ。
「でも、そんなことはどうでもいいでしょ。本当に、どうだっていいよ。人がエイリアンになるとか、ならないとか。だって私は、管理人さんに命を拾ってもらって、言葉をもらって。生きる力をもらったわ。ハルちゃんや、シャルちゃん、司ちゃんも。妹みたいな後輩もできて、争う仲だったけど、でも楽しくパーティーしたこともあった。かけがえのない、記憶ができた。戦うのは辛かったけど、でも、それでも、あの時私が望むように電車にひかれて死んでいたら、得られなかったもの」
盾伊は相変わらず眉をひそめていた。
「だからあなたが管理人さんのことをどう言おうが、メゾン・アストロは人をエイリアンにする機械なんかじゃない。私を、私たち住民を、救ってくれた古里なの。それをあなたの好きになんか、させない」
言いつつ、彼女はすでに立っているだけで精一杯だった。彼女の全身は小刻みに震えており、足はもう体重を支える力を失っているかのようだ。もう限界なのか。
「その言葉、しっかりと聞いた。住民のひとり、最強の戦闘能力を有する女――だが、いまの自分の姿を、鏡でみてどう思う?」
盾伊は言い終えた彼女に残虐な現実を突きつける。
彼女は答えられなかった。
人間である彼女は、エイリアンの体をやはり不気味なものだと思ってしまう。
「それが答えだよ。いくら、どんなに幸福に救われようと。その姿である限り、この社会から弾かれてしまう。それは偽りの救いなんだよ、エイリアンの力を使っても、それは紛い物に頼っているに過ぎない。だからボロが出る、このように」
盾伊はもう一度、自分の顔をエイリアンの姿にしてみせた。人間でなくなった俺をみろ、とでも言うように、盾伊はあえてエイリアンの顔を彼女に向ける。
「どうだ、女。自分の美貌も等しく、このように醜い顔になる。エイリアンに特徴的な裂けた口、気持ち悪くぬめった肌になる。これでも救われたといえるのか。もし救われたのであれば、いますぐその姿のまま現実社会に帰ってみるといい。せいぜい怖がられて殺されるか捕獲されるかのどちらかだ」
「そんなこと、私は……」
「己を救えるのは、己だけだ。人を救えるのは、人だけだ。私たちは自ら、進まねばならない。外からの救済など、救済にはあたらない。すべて侵略行為だ。私たちはそれをすべて排除しなければならない。真の救済の道を、私たちの足で踏み出すために。故に、私はここで、メゾン・アストロを破壊する」
反論できないまま、彼女は顔をうつむける。
エイリアンの姿になった二人が、言い争っている。参太はそれを見て、舌打ちした。
彼女の言葉も事実なら、盾伊の見方も間違いではない。参太には両方を間違いだと言うことはできなかったし、かといってどちらの言葉にも賛同できるわけではなかった。
「あんたの言葉は、間違いじゃない」
参太は盾伊に向かって、言った。
「でも、あんたはただ否定しているだけだ。管理人さんのやったことを、後ろから、失敗してるところを指摘してるだけだ。あんた自身はまだ、何もやっちゃいない」
「ほう」
盾伊はそこで彼女から参太へ、視線を移す。エイリアンに瞳はないが、その顔が“言ってみろ”と挑戦的な色を湛えているように、参太には見えた。
生唾を飲み下して、度胸をかき集めるように息を吸って、参太はつづける。
「あんたは何をしたんだ? 管理人の、あの人の足跡を追って、研究して。それだけだろ。結局あんたは、あの人の後ろについているだけだ。何もしてない奴が、先に行く奴の足を引っ張ってるだけだ」
言い過ぎたか、と参太は言った後に後悔したが、かまわなかった。
盾伊の言葉は間違いではない。確かに管理人は人を救う過程として、人をエイリアンにしている。メゾン・アストロの住民であった彼女がいまエイリアンになってしまっている以上、ハルもシャルロットも、あの透や司も、そして参太自身さえ、知らない間に実はエイリアンになっているのかも知れない。いや、確実にそうなのだろう。
だが、それは欠点の一部を指摘しているに過ぎない。
参太は知っている。住民たちが毎日戦うばかりの生活を送っている一方で、普通の人間として生活してもいる、その側面を。
「メゾン・アストロは確かに、汚いアパートで。異常な奴らが集まってる。俺も殺されかけて、心底狂った連中だと思うよ。でも、それでも、あいつらは生活してるんだ。あいつらなりに、幸せに」
参太は知っている。ハルとシャルロットが仲良く話したり、透と司とが日々支え合いながら生きているのを。いま目の前にいる彼女だって、ハルやシャルロットに頼りにされていた。
奇妙な住民たちで、頭のネジが外れているとしか思えないほど、戦いに慣れている。それでも、住民たちには住民たちなりの生活があった。
それを一方的に破壊できる正義が、誰にあるのか。
「あんたに何の権利があるんだよ。あいつらの生活を壊す大義名分が、どこまであるんだよ。そりゃ、エイリアン化は止めなきゃいけない。メゾン・アストロが人をエイリアンにしている事実をいま知ったから、新しい住民ができるのも、止めなきゃいけない。でも、全部をぶち壊す必要はないだろう」
歯切れの悪い結論だと、参太は自分でもそう思う。でも、現状維持が一番いいという場合もある。いまのままで良いと、そう認めることが最善の時もある。
盾伊は、フッ、と息を吐くと。
エイリアンの顔から人間の顔に戻して言葉を返した。
「子どものくせに老人のようなことを言う。だが、現実はそうそう甘くない」
盾伊は参太を見下して言うと、視線は固定して告げた。
「この女はすでに、死んだ。いや、正確には女の心が死んだ、というべきか。参太くん、君はエイリアンの性質を理解しているかね」
「どういう意味だ?」
「なに、見るがいい、今の彼女を」
突然言われて、その内容が理解できない。参太は盾伊に言われたように彼女を見ると、エイリアンになってしまった彼女は、顔をうつむけたままそこに突っ立っていた。まるで立ったまま死んだかのように、精気を失っている。
「死ん、だ、のか」
「いや、そうではない」
「え?」
精気を失った彼女は、突然びくん、と蠢いた。電気ショックで出し抜けに蘇生が成功したかのように、彼女、いやそのエイリアンは血が流れているのも構わず、言い放った。
「ココは、どこカ。地球でハないナ」
人間の言葉を流暢に話していた先ほどまでの彼女はもういない。いま目の前にいるのは、完全にエイリアンと化してしまった、外敵だった。
「エイリアンは、脳と肉体にそれぞれ異なる魂をもっている。脳が機能している間は肉体の魂は沈黙しているが、脳の魂が昇天した瞬間、肉体に宿った魂が目を覚ます。それが奴らエイリアンの優れた特性だ。命が二つあるというわけだよ」
盾伊はそう断言し、彼女の服を着たエイリアンを睨む。
エイリアンは周りを見回し、
「貴様ラ蛮族ヲ払い、ひとまズは外に出ルとしよウ」
言い放ち、両腕を虚空に伸ばし、直後、虚空に開いた時空の穴――ワームホールに手を入れ、双剣を握る。
「そんな、武器召喚……?」
「ああ。確かにあれは彼女だ。能力だけを引き継いでいる」
人がエイリアンになるという現実。
参太は絶句しつつも、戦闘態勢に入った目の前のエイリアンに向かって、どうしようもなく聖剣を構える。




