死と刀と高校生
管理人はその一部始終を見ていた。
蘇ったばかりの、思うように動けない体で。
「何故だ……何故、救われない」
救ったはずなのに、救われていない。
一〇〇年前に救った少女が、エイリアンになってしまった記憶が脳裏に横切った。
武田零華が、死んだ。メゾン・アストロの住人となってしまったが為に。
「私が悪いというのか……私が、彼女を救ったが為に」
銃弾に撃ち抜かれる零華の死体を見ながら、管理人は両膝を地面につけ、絶望した。
「なんだ、これ」
両手についた鮮血は、OL風女子のものだった。
参太はやけに鮮やかなその命の色彩に目を見開くばかりだった。
「やっと……やっと、自由になれた」
足下でうずくまる彼女が呟いて、やっと参太は我にかえる。
「ちょっと!」
参太は盾伊のことなど構わず、しゃがみこんで彼女の顔をのぞき込む。
「いま、手当を」
言いながら包帯も消毒液も何もないことに気づく。参太はハンカチを取り出すが、しかしOL風女子の手がハンカチをもつ参太の手をおさえた。
「大丈夫。もう、助からない。だから、お願い。その聖剣で私を斬って」
「え?」
思わず聞き返した。理解できない。
OL風女子はそっと笑った。不安がる子どもをあやす旅立ち前の母親のように、その暖かな右手を参太の頬にあてて、
「苦しい。楽にして。痛いのは嫌だから。殺して」
彼女の背中からは血が止めどなく流れて、血だまりができていた。
参太はパニックに陥るが、しかし彼女が助からないだろうことは確かに理解してもいた。銃弾が肉にめり込んで抜くこともできず、ただ痛みを彼女に与えているだけだ。
それでも笑っている彼女の精神力が強いのだ。しかし、もう限界なのだろう。
限界を感じている人間を、痛みから解き放つには殺してあげるしかなかった。頭では理解していた。
「でも、俺は、俺は」
あなたが好き。
そう言いたかった。しかし言えなかった。そんな状況ではないと思って、ためらわれた。
「そう」
OL風女子は手を伸ばし、床に落ちている漆黒の日本刀を掴もうとする。距離があって届かず、体をにじり寄らせた。
「痛ぃ」
床に体を這わせるのさえ痛いのだろう、苦悶の声をもらしながら、彼女は自害の道具を必死に取りに行こうとする。
参太は絶句した。
(死にたがってるなら……それが俺の、するべきこと、なのか)
手当はできない。止血なんてできるはずもない。彼女を連れて逃げるのも手だが、しかし銃を構える盾伊が目の前にいる。
盾伊はいつもと変わらない微笑を浮かべていた。
冷静に銃をこちらに向けている。逃げれば撃たれる。いや、いまも狙いを定めているだろう。暗黒の銃口は、いまは参太に向けられている。
「次は君も、同じにしてやるさ」
盾伊が宣告する。本当にいつもと変わらない、軽い口調で。
参太のなかで、気持ちの糸が切れた。
怒りが落ちた。
参太はスキルを発現、全身を鎧に変える。直後、銃声が響いたが弾丸は跳ね返って壁に衝突、計器板をひとつ破壊したがそれだけだった。参太の鎧には傷一つついていない。
「化け物が」
盾伊は侮蔑するように呟きつつ、弾丸を撃ち込みつづける。効かないとわかって発砲しつづけるのは、挑発か。あるいは、参太が化け物であることを重ねて主張しているつもりなのか。
「あんたにとっては、化け物でも」
参太は弾丸がぶつかってくるのも構わず、何も動かず、ただ言い放つ。
「俺は、俺なんだよ」
この局面を打開するには、盾伊を殺すしかない。その後、脱出して彼女を運び出す。
「お願いだから、保ってくれよ……」
参太は彼女に告げると、彼女が取ろうとしていた漆黒の日本刀を拾って武器にする。
そのまま日本刀で盾伊に斬りかかった。
唯一の武器である銃が効かない以上、盾伊には為す術もない。
弾切れになってむなしい空撃ちの音を響かせるまま、盾伊は目の前に迫る刃をじっとみつめた。
「止むを得まいな」
ただそう呟くと、盾伊の頭は日本刀の刃を受けて切り裂かれた。
血が噴き出し、操縦室を汚す。
彼の死体は倒れ、血の海を新たにつくった。
参太は日本刀を捨て、彼女を抱きかかえようとする。
(早く早く! ここから出て!)
逸る気持ちを抑えてつとめて冷静であろうとし、苦悶の表情を浮かべる彼女を掴もうとした、その時。
盾伊の死体から、奇妙な音が響く。
『P! P! P!』
あのポケベルの音だ。
旧世紀の遺物と言われた通信機がいま、鳴り響く。
「構ってられるかよ」
参太はいまだ血が流れる彼女をそっと抱き寄せようとして、背後から重い一撃を喰らった。
「が!」
鈍痛がする。
振り返ってみれば、そこには盾伊がいた。
「!」
盾伊の死体は、ある。頭が砕けて脳漿が飛び出ている。
にもかかわらず。
「私も君を笑えない、ということだ」
盾伊は自嘲気味に笑えば、その右手に握った一振りの剣――純白の刃に、異界の子竜が絡みついているエイリアン・セイバーを振り下ろしてくる。
「く!」
その剣には見覚えがある。虹色のエイリアンがもっていたものと酷似していた。であれば、その刃は参太の鎧さえ切り裂く威力がある。
参太はもう一度聖剣から虹の刃を引き出すと、白い刃を受け止める。
虹の刃が波打った。対する白い刃はきらりと輝いて微塵も震えない。
エイリアンの技術で鋳造された白い刃を握り込み、盾伊は静かにささやいた。
「この力を使った以上、私も化け物というわけだ」
盾伊の体が、徐々に、肌色から灰色に変わっていく。
口が割け、瞳が消える。肌はぬめりを帯び、人間というよりかは爬虫類のような質感に見えた。
エイリアンだ。
灰色のエイリアンが純白の剣で聖剣を払う。
強大な力に押され、参太ははね飛ばされた。
OL風女子の隣に転がった参太は、しかし彼女の顔をのぞき込んでうめく。
「死んで、る……」
もう彼女の顔は目を開いたまま、動いていない。瞳に光が宿っていなかった。
「目を反らすな」
盾伊が追撃の刃を向けてくる。
立ち上がることさえできず、中腰のまま聖剣を構えて受け止めた。
「私をこの姿にさせたからな。生かしては帰さんよ」
人でなくなったそのエイリアンは、しかし突如、その顔を変容させる。
大きく口の裂けた形から、眼鏡をかけた人間の形へ。
首から上だけを盾伊の顔に変えたエイリアンは、盾伊の目で参太を睨んだ。
「このような姿を晒すのは、私だけでいいのだから」
「ふざけんなよ」
参太は歯を食いしばり、聖剣を握る。




