剣の試練と高校生
盾伊がエイリアンシップに近づけばそれだけでハッチが開いていく。
ビルなみの高さをもつ巨大な船の鉄扉が開いていく景色は、さながら王の入城といった風情だった。
参太はどこか、胸が苦しい。
(聖剣の持ち主はもう、盾伊だってことか)
その現実を飲み込まなくてはならない。
そして、そんな現実は覆さなくてはならない。
苦しさと決意とをふたたび胸に宿した参太は、いまは盾伊についていく。
船内は相変わらず無機物と有機物とが混ざりあった奇妙なもので、タイルの敷き詰められた床には細い触手がところどころ絡まっている。
重力があるおかげでそれを踏んでいかなくてはならず、参太にとっては二度目の来訪ではあるが絶対に慣れる気がしなかった。
(気持ちわりいよ、やっぱり)
帰りたくもなってくるが、そこは抑える。
通路を行き、船内の操縦室へと移動した。
操縦室とはいえ、そこにはコンピュータもなければ、メーターがついている計器板も何もない。ただ宇宙を見渡せる窓と、外周を映し出すモニターがいくつも展開されているだけだった。そこにひとつ、窓の手前に聖剣が差し込まれている装置がある。
さながら聖剣の刺さった石の台だ。
バイトを辞めたときはペンの状態で渡したはずだったが、盾伊の手によるものなのか、いまはすっかり刃を展開した剣の姿になっている。
聖剣の刃先が正方形の大理石然とした装置に差し込まれており、その装置から電気信号らしい光の線が明滅して疾走、床に流れ込んでいた。
盾伊がにやりと笑うと、聖剣の柄に手をかける。
「かつて英雄は、この聖剣を抜くことができるかどうかで、試されたという」
そう呟けば、盾伊は柄を握り込んでそっと、聖剣を持ち上げる。
軽々と装置から引き抜かれた聖剣は、虹の輝きを放つその光刃を惜しげなくさらけだした。
「聖剣は持ち主にのみ、抜くことができる。そういうわけだよ」
盾伊は聖剣を装置に戻すと、参太を手招きした。
「やってみるといい。君が聖剣の持ち主だと言うのであれば、これを抜くことができるはずだ。そうだろう?」
英雄の試練。
どこかの物語でまったく同じ話を読んだような気がする。ごくありふれた物語。軽く読むことのできる伝説だ。しかし参太はいざ自分の立場に置かれてみると、圧倒的な重圧を感じていた。
(俺に、抜けるのか)
誰が見てもはっきりとわかる、客観的なテスト方式と言える。
抜ければ、また盾伊は次の策をぶつけてくるだろうが、抜けなければここで終わりだ。
絶対に抜けるという保証はどこにもない。なにせ聖剣はかつて自分が盗んだものなのだから。
他人のものを手に入れただけで、それが果たして本当に自分のものになっているのだろうか。
わからなかった。
(でも、やるしかないんだよな)
もとより、ここで退くわけにもいかない。
そもそも盾伊にたてつくことだって、正統な根拠などどこにもなかった。実際、盾伊の言葉に参太は反論できなかったのだから。
(必要なのは、正論じゃないんだよ……)
心のなかで、盾伊に対して言いたい言葉を呟いてみる。思い浮かべてみる。現実では言えないけれど、せめて心の中では反逆してみる。
(あんたは間違ってる。間違ったことをしている。どんな正論だってそれは弁護できなんだよ!)
念じて、聖剣を握った。
瞬間、聖剣の柄が反応する。ぶるりと震えた。
「ダメか!」
参太は聖剣から手を離す。拒絶されるのが怖かった。試練に敗北したという現実を認めるのが怖かった。
聖剣の柄はまるで参太の手を払うかのように大きく震えると、その刃を瞬時に消滅させる。
柄は縮んで収束、コンパクトなペンの姿に変身した。
聖剣から、ペンへ。
ペンは剣よりも強し――聖剣は所有者の望む形へとひとりでに姿を変える。
「ほう」
盾伊は眉根を寄せつつも、しかし感心したように嘆息した。
参太の掌に、虹のペンが握られている。
所有者はどちらか? 試練の結果もたらされた現実を認める必要があるのは、参太ではなく盾伊の方だった。
盾伊は聖剣を引き抜くことができたが、しかしそれだけだ。
対して参太は引き抜くことに加え、望む形へと自動的に姿を変えさせている。まるで真の所有者に媚びるかのように。
「はは、これは見事」
パンパンパン、と乾いた拍手が室内に響き渡る。
盾伊はあわせて五回両手を打ったが、しかしその目は参太をにらみつけたままだった。
聖剣が装置から外されたことで、装置から放射される電流は消失。
指令を送る役割をしていた装置が沈黙してしまったいま、エイリアンシップは再びコントロールを失っていた。
『試練による所有者を確認』
操縦室に、どこからともなくAI音声によるアナウンスが流れた。
『直ちに聖剣をセットしてください。セットしない場合、一分後にオートモードに切り替えます。繰り返します、聖剣をセットしてください。セットしない場合……』
アナウンスが響くなか、盾伊が告げる。
「どうやら管理人は、君を正統な後継者と考えたらしい。おめでとう、聖剣は君のものだ」
盾伊は言いつつ、参太に一歩ずつ近寄ってくる。
(なんだよ、怖えな)
参太は正直、怖かった。徐々に距離をつめてくる盾伊に対して、思わず後ずさってしまう。
盾伊が近づくたび、後ろに下がる。
不意に、参太の背中に壁があたった。これ以上下がることはできない。
参太はそこで盾伊の顔をのぞき見た。その両目は、やはりこちらを睨んでいた。
「しかし聖剣とは何か、考えたことがあるかね」
それは問いかけの形ではあったが、しかし答えがわからないから聞いたのでは当然なかった。
盾伊は参太の答えなど待たず、静かに言葉を継ぐ。
「聖剣とは、侵略者の証だ。エイリアンの英雄が持つ装備品を手にした、侵略の象徴なのだよ」
カツン、と乾いた靴の音が鳴る。
盾伊は目の前にいた。参太よりも頭ひとつ高い彼は、こちらを見下していた。憎しみのこもった両目で。
「それを地球人である君が引き継ぐということはどういうことか、考えたことがあるか? ないだろう。しかし現実はいつも、残酷なものだよ」
盾伊は参太の襟を掴み、圧倒的な力で参太の体を持ち上げる。
参太は全身をじたばた動かして逃れようとするが、体を持ち上げられた上に壁に押しつけられている。体はすでに固定されてしまっていた。
「君は聖剣を手にした瞬間から、侵略者の英雄……我らの反逆者となった!」
高らかに宣言し、盾伊は火のでるほどに鋭い瞳で参太を睨むと、思い切り参太の体を壁に叩きつける。
「くはっ!」
思わず体の奥底から息が出た。背中に鈍痛が走り、呼吸もできない。
(こんなところで、)
床に腰をぬかした参太を追撃するべく盾伊はもう一度襟首を掴もうとするが、参太は瞬時に全身を鎧にしていた。
(殺されてたまるか!)
銀の光沢を放つ、白銀の戦士。
スキル“兵器化”による自己改造。
「暴力は、ダメだろうが」
参太は襟首をつかもうとする盾伊の動きを高解像スコープで捉えると、反発エネルギー関節を仕込んだ全身を素早く駆動、一瞬で盾伊の背中に回った。
「もはや人間ではないな、そのスピードは」
怒りから侮蔑へ口調を変えて、盾伊は参太を見ずに言葉を放つ。
「人間でないなら、殺人罪も適用されまい」
盾伊はスーツジャケットの懐に手を差し込んだ。
参太は手の平の虹のペンを兵器化し、聖剣に変える。虹色の光刃が伸び、一振りの聖剣が顕現した。
一触即発。戦闘は始まろうとしている。




