空き巣高校生、失恋する
参太はブラックホールに吸い寄せられていく絶望を味わいながら、それとは反対側に別の宇宙が開かれたのを見る。
かつてハルが生み出した四つの太陽をシャルロットがひとつに結合させた。巨大な力を湛えた人智を超えた大きさの恒星。それがブラックホールと反対側に出現したことで、参太は一時、強大な引力の均衡点に入ってどちらにも吸い寄せられない奇跡を体験する。
「ハル?」
太陽の近くでハルとシャルロットが戦闘を繰り広げている。といってもハルが一方的にシャルロットを殴り、羽交い締めにしているだけだったのだが。
(女って、怖え)
そう思う一方、一緒にブラックホールに吸い寄せられそうになっていたピンクの熊のぬいぐるみ型スマートスピーカーも小さい体をプルプル動かして参太の隣にやってくる。
「まずいな……皇女様が負けてしまう」
ぬいぐるみはぼそりと呟くと、参太に向かって敬礼のポーズをとった。
「今回はどうやら、お前たちの勝ちのようだな。こちらとしてはお前さんをブラックホールのえさにしてやろうと思ったのだが。まさかブラックホールをわざと開かせた後、宇宙同士を結合させることが真の狙いだったとは」
「ん?」
参太は理解できずに首をかしげるが、ぬいぐるみはそんな参太に構っていられないという風に敬礼を解くと、
「さらばだ、若者よ。お前さんの人生に、幸あれ!」
ぬいぐるみはそうしてブラックホールと太陽の間となる部分を探して、引力に振り回されないよう宇宙を渡っていく。もともと小さいその体が見えなくなるのもそう時間がかからなかった。
「なんだ、あいつ」
参太は首をかしげつつ、しかし重力均衡点が崩れているのを自覚した。体がまたブラックホールの方へと引っ張られつつあるのだ。
「わわわわわ! クソ! どうすりゃいいんだよ」
慌てふためき体をじたばたさせるがどうにもならない。
そんな中、目の端に金髪の美人が流れていくのを見た。
「そんな、ワタシが、負けるだなんて……!」
下着姿の美人で、一瞬欲情しかけた参太だったが、その顔に見覚えがあった。
シャルロットだ。
「ハハハハハ!」
そして聞こえるハルの高笑い。
ここは「7-G」号室のはずだが、なぜ「2-A」号室にいるはずの彼女たちがここにいるのか?
参太には理解できないことだったが、しかしシャルロットの顔は泣いていなかったか。
そしてシャルロットは泣きながら、ブラックホールの方へと体を流している。
「おいおいおい! おい! あんた!」
参太はシャルロットに声をかけたがどうにもならない。
ハルは高笑いしてこちらを見下しており、助けるつもりはないようだった。
「ハル! これがお前の計画だったのか!」
「そう。あたしの邪魔したあんたと、あたしの成果を横取りしようとした女! それを一緒に処分しつつ成果も取り返せるなんて、一石三鳥じゃない」
「そうか。わかったよ!」
「理解が早くて助かるわ。じゃあね、小汚い空き巣高校生さん」
ハルは言い捨てて消えた。宇宙から脱出したのだろう。
参太も体をじたばたさせてハルが消えた場所まで行こうとするが、体はブラックホールの方へと吸い寄せられていく。
「くそ……ここまでだってのか」
「きゃあああああ!」
シャルロットの体がブラックホールに飲み込まれて消えた。壮絶な絶叫が無音の宇宙に木霊する。
無人の荒野より冷たい暗黒の宇宙。反対側にあったはずの太陽もいつの間にかなくなっており、つまりここは「7-G」号室に戻ったというわけだ。
しかしそんなことはどうでもいい。
「次は俺の番、か」
参太は漠然と覚悟する。
最初からハルとは友だちでもなんでもなかった。むしろ空き巣に入られた被害者で、空き巣に入った加害者は自分。裁く者と裁かれるべき者、復讐者と罪人。それが参太のハルの関係だった。
参太にもそれはわかっていたし、ハルと同盟したのも罪滅ぼしだった。そもそもハルに首を絞められたあの日に失われたかも知れない命だ。だったらこいつにくれてやる……そう思ってさえいた。
「肥だめに戻るくらいなら、こっちの方がいいのか」
空き巣をしていたのも毎日がクソみたいなものだったからに他ならない。
肥だめのような腐った毎日を過ごすくらいなら、空き巣で誰かにまた迷惑をかけるくらいなら。
いっそ目の前のブラックホールに吸い込まれてしまった方がいいのかも知れない。
参太はぼんやりとそう思い、じたばた動くのもやめた。
抗うのをやめたとき、参太の体はまっすぐブラックホールへと流れていった。
宇宙のゴミが漂流するように、参太の体はそのまま暗黒へと飲み込まれていく。
「話はあとできくわ。とりあえずいまは、救われて」
「ん?」
参太は不可思議な声が脳裏に木霊するのをきいた。きいた、というより頭のなかでその情報を受け取ったとでもいうような、テレパシーが存在するならこんな感じだろう、というような声だった。
ついに頭がおかしくなったのだろうか。
参太が己に首をかしげた、その瞬間。
ブラックホールが広がっていたはずの目の前の景色に、白銀の鎧をまとう巨人が立ちふさがっていた。
「ぶつかる!」
鎧の表面には剣山のように鋭い突起がところどころに備え付けられており、このまま行けばそこに突き刺さること間違いなし。
「いやまだブラックホールの方がいいだろ!」
痛みを味わって死ぬのは勘弁してもらいたい。
涙さえ出てきそうなほど恐怖に支配された、その刹那。
いきなり巨大な手が横合いから緩慢に振られ、参太の体をふわりと包み込む。やさしくおにぎりをその手で握るように、白銀の巨人は参太をとらえた。
「なんだ!」
参太は驚きのあまり大声で叫ぶが、そのときにはすでに宇宙空間が崩壊していくのも見た。
空間が変質しているのだ。暗闇が溶けてぐるぐると渦になる。
同時に巨人の姿もぼろぼろと崩れ、周囲の渦巻きのような景色に同化した。
気づけば参太はアパートの一室、その通路の上にいた。
ピンクの地に水玉模様のかわいらしい壁紙が見えた瞬間、ここがあのシャルロットの部屋だとわかった。
「戻った、のか」
参太ははっと息をついて、恐怖で全身が震えたままなのも構わず、外に出ようとする。
「ちょっと。お礼もなし?」
不意に背後から呼び止められた。
「ん?」
後ろを振り返ると、黒髪ショートヘアのOL風女子が立っていた。
その顔には見覚えたあった。
「あんたは、あの時の」
「そう。あなたの空き巣被害にあったOL」
空き巣を発見しておきながら、通報しない変わった女。その上、ハルの首締めから救ってもくれた。
そして今日、またブラックホールから救ってくれたのだろう。
「俺は死んでもいいって、思った」
参太はぼやくように言う。
「だからお礼は言わない」
「そう」
女性はふっと微笑をうかべた。
「声が震えてなかったら、私もそれに納得したかもね」
女性は参太と向かい合う。
「お願い。もうこのアパートには関わらないで。これ以上、人が死ぬのを私はみたくない」
懇願というよりかは宣誓というほどその言葉は力強かった。
それから参太は女性に付き添われるまま外に出て、家に帰った。
ベッドに体を放り出す。
(ああ。死ぬかと思った)
他人の死の瞬間を生まれて初めて見た。シャルロットの金髪がブラックホールに消えていった瞬間は、思い出すたびに寒気がする。
そしてハルだ。
「俺は結局、馬鹿だったんだな」
参太はひとつため息をついた。
くそったれな毎日のなかで、彼女と一緒にいられることが楽しいと、そう感じる自分もいたのではないか……参太は振り返ってそう思う。
(欲情、してなかったはずなのにな)
参太はまたため息をついて、頬の端から涙を流した。




