自己責任と高校生
ドアをノックなしで開ければ、盾伊がいた。
「やあ。久しぶり、でもないか」
辞めたばかりのバイト先の、代表者。
今日はデスクワークをしていなかった。休憩中なのか、出前らしいラーメンをすすっている。大量のチャーシューが麺の上に花のように重ね置かれ、古綿色のメンマとゆで卵とが添えられていた。ごくありふれた醤油チャーシュー麺だ。
盾伊とは、顔を合わせづらいどころの話ではない。参太にとっては(顔を出してごめんなさい)という思いさえある。
辞めますといったその後日、こうしてまた舞い戻っている。バカか、と自分にも言いたくなってくる。
とはいえ美人研究員からの指示は、ここで終わりだ。盾伊に挨拶しろ、としか言われていない。その先の指示はない。故に、参太の仕事はこれで終わりになる。
ここで帰ってもよかった。
だが。
参太には、参太の目的があった。
昨日までは二度と会うつもりはなかったが、しかし強制的に彼と会うことになった。そうなった以上はやはり、言うべきことがある。
「聖剣を、返してください」
透やハルに言われた。自分が聖剣を盾伊に渡さなければ、こんなことにはならなかったと。
すでに事態を引き起こしてしまった以上、彼らに謝っても仕方がない。
それはわかっている。
だが、できる限りのことはしたい。いや、しなければならない。罪滅ぼしなどできるとは思えないが、参太は後悔したくなかった。
「昨日の今日だぞ? まったく、最近の学生というやつは」
盾伊は「はあぁ」とわざと大きくため息をつくと、
「しかしもう無理だよ。もう、遅い」
ラーメンをすくっていた箸とレンゲをナプキンの上に音を立てずに置き、盾伊は眼鏡の奥の眼光を剥いた。
「聖剣はすでにセットさせてもらっている。あのエイリアンシップの中にね」
「エイリアンシップ?」
言いつつ思い出す。バイトの初日、何もない宇宙空間に連れて行かれた時のことだ。参太が聖剣をかざした瞬間、まるで犬のようにやってきた巨大な宇宙船。
「あれはメゾン・アストロを操作することができる機能を有している。いわばコントローラーだ。聖剣をセットすることで、その持ち主の意志に応じる仕組みになっているようだ」
エイリアンシップのなかには復活した管理人がいるはずだったが、参太はそれを言わないことにする。管理人は事態を静観しているのだ、まだ隠れていたいタイミングなのだろう。そう察した参太は、あくまでエイリアンシップの話だけに応じた。
「持ち主って……聖剣は俺のものですよ」
「違うな。あれはもともと、管理人さんから盗んだものだろう? 正式な手続きによって引き継がれたとでも言うのかな?」
「いや、」
「なら。なら、あの持ち主は管理人ということになる。が、彼はもうこの世界にはいない。君が殺してくれたからね」
盾伊はそこで口の端を軽くつり上げた。嘲笑しているのか。
「持ち主はいまはいない。故に、所有者にその使用権がある。君はそれを手放し、私の元から去った。私の要求をのんでくれた。それが契約というやつだ。契約は一度結ばれれば、反故にすることは許されない」
盾伊は、話は終わり、というようにレンゲと箸をそれぞれ持ち上げる。
「私は君をメゾン・アストロという苦境から救い上げ、現実世界に生きる者としての権利を与えた。その証拠に、君の親御さんに連絡をとってしっかり家に上げてもらうようお願いまでしたんだよ。その感謝もせずに立ち去って、そしてまた現れたかと思えば。まったく」
舌打ちすると、最後まで言わずにラーメンをすすり始めた。
参太には返す言葉もない。まったくもって正論だった。
聖剣は盗んだもので、そもそも自分のものではなかった。にもかかわらず所有権を主張してきたが、バイトをすぐに辞める条件としてそれを差し出したのも、自分だった。
何もかも自分の行動があって、その結果ととして現在がある。
盾伊はそんな自分の行動に応じてくれた。応じるだけでなく、親にまで連絡してくれた。ずいぶん長く帰っていなかったにも関わらず母親が叱りもせず家に上げてくれたのは、盾伊の手回しと気遣いがあったからに他ならない。
感謝こそすれ、契約の反故まで主張する権利は自分にはない。
わかっていた。そんなことくらい……そう思っても、実際に彼から言われるとその言葉は深く心に落ちてくる。
言葉を返そうとして、何も思い浮かばない。何も言う権利はない。そう思えてならない。
しばらく参太は立ち往生した。
頭のなかは真っ白だった。何の言葉も浮かんでこない。
だが。
参太は帰ろうともしなかった。
そのまま黙って踵を返すのが自然だが、参太はそんな自然に逆らおうとしている。
何も言えないまま、しかし帰りもしないまま、そこに立ち尽くした。
(きついな、これは)
断崖絶壁の道の先でふんばっているような気分だ。一歩踏み込めば、ただでは済まないだろう。落ちてしまえば相当な痛みが待っている。引き返すべきだ。
しかし。
(俺には、俺の)
やるべきことが、ある。
メゾン・アストロを盾伊の好き勝手にさせるわけにはいかない。実際、住民が人形のように操られている、という事件が発生している。
人類の救済を一〇〇年前から夢見てきた管理人のためにも、そしていま人形のように操られているというOL風女子のためにも。何よりも、自分自身を救うためにも。
参太は一言、言い放つ。
「それでも、返してください。俺に!」
静かな部屋で、大きく息を吐いて叫んだ。
駄々っ子が大人に反抗するときの虚勢を盛った声に似ていたが、そんなことはどうでもいい。
参太は一歩踏み出し、盾伊の両目をのぞき込む。
盾伊は、口の端をもう一度つり上げて言い返した。
「開き直るか。なら、条件を提示しようじゃないか」
言いつつ、盾伊はパチンと指を鳴らした。
瞬間、部屋の壁が、床が、天井が、ドロドロに溶けていく。
メゾン・アストロと同じだ。現実世界の室内空間が変転し、宇宙空間に変貌していく。
星々の海が構成され、そうして盾伊の背後に巨大なエイリアンシップが現れた。
「この船に選んでもらうとしよう」
盾伊はそうして有無を言わせぬまま、くるりと体を翻しエイリアンシップに向かう。
(こんなことまで……でもいまは、従うしかない、か)
参太は盾伊の背中についていく。
その裏で、美人研究員が復讐の時を待っていたことは、参太はもう忘れていた。




