暗黒の果てに、高校生
美人教師は壁にかけてあった白衣を身につける。
(これが本当の姿ってか?)
美人教師あらため美人研究員は、笑顔をけした。怜悧な視線を遠慮なく、それが自然体なのだと言わんばかりに周囲に垂れ流す。
それも彼女の本当の表情なのかどうかは、参太にはわからなかった。
「それじゃあ、先にドアだけ開けて。そうしたら宇宙空間が見えるはずだから、まっすぐ出口に進んでいって」
「出口?」
いきなり言われても、参太はただ首をかしげるだけだ。
「たぶんキミもバイトで行ったことがあると思うけど。宇宙ハッキング装置、あのドーム状の」
「あそこに出るんですか?」
光の街にある、メゾン・アストロの宇宙空間とつながっている施設のことか。ドーム状の巨大な建物にも関わらず、中に入ればただドアがひとつあるだけ、という奇妙な構造が特徴的だった。
「そう。ドアを破ってそのまま外に出れば、あの街に侵入することができるわ。そのまま盾伊のいる主任研究室に移動、彼にあいさつして欲しい」
「え?」
単純な嫌悪感が胸に落ちた。
辞めたバイトの店長に挨拶に行けというのか。それも不法侵入を犯して。
ただでさえ肩身の狭い自分が、さらに肩身が狭くなって犯罪者になってしまう。
「ちょっとそれは」
「キミにしかできないの」
美人研究員は眉根を寄せ、冷たい視線で参太の瞳を貫いた。
彼女の目的は、復讐。そこに甘さなど入る余地もない。
そんな態度で心を射ぬかれることに、参太はしかし慣れてしまっていた。
ハル、シャルロット、そしてOL風美女、透。盾伊にだってそうだ。何かを任され、実行してきた。道具にされ、利用されてきた。それが嫌だったはずなのに、またこうして自ら利用されにいこうとしている。
覚悟を決めて? 彼女にそう目で言われているような気がした。
参太は己を自嘲するべく首を横にふってため息をつくと、
「わかりましたよ」
いつもの曖昧な微笑で、しかし脳裏にあの老婆の姿を思い浮かべ、次に管理人を思い出す。最初に救った人間がエイリアンになってしまった、その反省から造られたメゾン・アストロ。一〇〇年の努力のもとに生み出された人類救済の砦だ。
それを、エイリアンは敵だと勝手に決めつける盾伊の思想ひとつで破壊させるわけにはいかない。参太自身もまた、利用されたなかでの過程とはいえ、スキルをこの身に宿して救われたこともあった。
見過ごすには、あまりに悔やまれる。
「そこまで言われたら、やるしかないでしょ」
参太は肩をすくめてドアに向き直る。
一瞬だけ美人研究員の瞳に暖かさが蘇った気がしたが、そんなことはどうでもいい。
(宇宙空間に、空き巣に行くのか。俺は)
空き巣高校生としての身分を超えた犯罪をいま、行おうとしている。
恐ろしいと思う一方、どこかわくわくしている自分もいる。
くそったれな現実のなかで、ギリギリのラインを攻めていくのが面白くて、だから空き巣はやめられなかった。
空き巣の感触とまったく同じゾクゾクした鼓動を感じながら、参太はプレハブ小屋のドアに手をかける。
しっかり掴むと、ガチャりと回した。
手前に引けば、目の前に無限の星空が広がっている。
本来であれば高校のグラウンドがあるはずだったが、しかしこの現象はメゾン・アストロで体験済みだ。
最初にメゾン・アストロに空き巣に入った時のこと、あのOL風女子の部屋に侵入して帰ろうとしたときもまったく同じ現象が起こった。
そのOL風女子もまた、盾伊に遠隔操作されているという。
(俺にできることがあるなら、か)
参太はネットで“社畜”という言葉を知ったが、いままさに自分はそうなろうとしているのではないか?
そう思わないでもないが、しかし彼女のために、という想いもやはり消しきれなかった。結局そこに戻ってくる。あのOL風女子の声が、表情が、結局は忘れられないのだ。
利用されて、殺されかけてもなお。メゾン・アストロを救うために美人研究員の復讐に荷担しようと思ったが、そんなことは後付けの理由に過ぎないのかも知れない。
ただ単に、OL風美女が欲しいだけなのだろう。あるいはハルやシャルロットか。彼女たちに褒めてもらいたいだけの可能性もある。
(俺は、バカだな)
再び自嘲すると、参太は意を決して宇宙空間に飛び込んだ。
ドアノブから手を離し、地面を蹴る。
宇宙空間でありながら呼吸が可能で宇宙線もない、人類の生存に適した不可思議な星の海が参太を飲み込んだ。
重力がなく地面もない。何も掴まるところがないこの世界に飛び込んだ参太は、そのまま落ちていく。
(出口は、どこだ)
向かうべき場所がなければただ落ちていく。目指すべき場所はどこだ。
参太はなかば恐怖感に駆られた。
(このままじゃ、彷徨うことになる……)
宇宙という虚無の荒野を永遠に漂流することだけは避けたい。何もできないまま、死ぬまで終わらない旅をつづけるなんてごめんだ。
手足を振り回して体の向きを変え、駒のように回転して三六〇度、周囲を観察し、見えなければ上昇。さらに周囲を観察していく。
上昇するにはつま先をばたつかせる。水中とまったく同じ要領だ。
「よし!」
そうしてはるか先に、白い光の長方形がふわりと立ちのぼっている。ドアの形とまったく同じだ。
見つけた。
たった一つの出口をみとめた参太は、まっすぐそこに向かっていく。
無限の虚無のなかを抜け出して、白い光の長方形に体をぶつけた。
直後、参太は現実世界に転移していた。
ドアの前に立っている。あのドームにワープできたのだ。
「行くか」
己を奮い立たせるために呟くと、参太はドームから出て光の街を行く。
純白のコンクリートの歩道に、宙に浮かんで走る車。白い漆喰のビルとまったく同じ色の白衣を着た男女の研究員が、ブレザーを着ている一介の高校生である参太に奇異の視線を注いだ。
「こんにちはー」
小声で挨拶すると、参太は周囲の視線など構わず走り出す。
目指すは研究棟、主任研究室。
「盾伊さん……そこにいろよ」
主任研究室に盾伊がいることを願いながら、参太は全力疾走で光の街を駆けぬけた。




