利害関係、高校生
住民を遠隔操作できる力が、アパート全体に張り巡らされているのだろう。
敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、参太は全身にビリッと電気が走るようなショックを感じた。
「っつ!」
静電気にふれたかのようだ。
思わず、参太は後ずさる。
「マジだよな、これ」
透たちが説明したことは信じたくなかったが、どうやら現実での出来事らしい。
「はあっ」
大きくため息をつく。これでは管理人室に行くこともできないし、蘇った管理人に会いに行くこともできない。
重い腰をあげてはみたものの、一瞬で手詰まりだ。
「さて、と」
参太は落ち着いて自宅に帰ると、自転車にまたがった。
時間は午後の五時半。
「まだいるか、あの先生」
先生というか大学生のような、あの美人教師。眼鏡のよく似合う小顔を思い浮かべると、参太は汎神高等学校へと急いだ。
メゾン・アストロに入ることができないのであれば、外からアクセスする必要がある。それを可能にする勢力は盾伊を中心とする光の街だが、そのバイトは辞めたばかりだ。もうあそこに入ることはできないし、参太としても戻りたくはなかった。辞めたばかりのバイト先に電話をかけるようなものだ、実に気だるい。
参太は気だるいことが大嫌いだった。
だから友だちも作らないし、部活もしない。テスト勉強もがんばらない。くそったれ。
「よしっと!」
ペダルをこいで高校の鳥居をくぐり、駐輪場へ。
そのまま玄関をくぐらずグラウンドに足を向ける。マラソンのように走り込み、グラウンドの隅に立つプレハブ小屋の前に立つ。
窓はあるがブラインドに覆い隠され、秘密のベールに包まれたその小屋は新しく、やけに小綺麗に見えた。
ドアノブに手をかけ、回す。
鍵は、かかっていない。
「やあ。待っていたよ」
美人教師がやはりブラウス一枚のラフな格好で、椅子に座ってグラスに注いだアイスカフェオレを飲んでいた。艶のある唇についた灰色の液体をなめ取ると、眼鏡の上を蛍光灯の閃光が走り、その視線は隠れる。
「協力してくれる気になった?」
「復讐には、疑問を思いますけど」
「ますけど?」
ふふ、と美人教師は小首をかしげて息をはく。まるで弟の口調をまねて笑う意地悪な姉のように。
「……盾伊を排除する必要がでてきました。なので、その点では協力します」
「利害の一致、ってやつか。いいね、キミ。ぼうっとしてる草食系男子に見えて、よく考えてる」
美人教師はアイスカフェオレを飲み干してしまうと、空のグラスをデスクにカタンと置くと、
「それじゃあもう、今日、始めるね?」
「お願いします」
参太は頭を下げた。
メゾン・アストロの現状を打開するには、聖剣を握っている盾伊を討つしかない。光の街に直接乗り込みたくはない以上、この女を頼るしかなかった。
(めんどくさいけど……やるしかないな)
参太は頭を上げると、棺のような檻に収められてしまったかつての強敵――虹色のエイリアンを見つめる。
彼女はエイリアンを敵ではなく、下僕だと言った。
それがいったいどういうことか。
参太は視線をエイリアンから美人教師に移す。
彼女は笑っていた。
「私の最初にして最高の手駒、このレインボー・コードをもってして、あいつの息の根を止めてあげるわ」
彼女はやや顎を引いて、不敵な笑みを浮かべた。眼鏡の表面に走っていた蛍光灯の閃光が外れ、彼女の爛々と輝く瞳を参太に見せる。
参太は心底、彼女の笑顔に背筋が凍る思いだった。
(復讐する直前だってのに……どうして、そんな風に笑えるんだよ)
わからなかった。憎くてたまらない相手に会いに行くだけでも気だるいというのに、さらに復讐するとなれば嫌悪感しかないのが普通なのではないか。参太はそう思う。
だからこそ参太には彼女の笑顔が理解不能で、恐ろしかった。
理解不能なものが、想定外の事態を引き起こす。まさしく彼女はテロリストだ。笑顔のテロリストなど、狂人以外の何ものでもない。
(またとんでもないことに、なるかもな)
参太は嫌な予感を抱いたが、しかし、彼女に頼るしか道はない。
両手の指を一度、リラックスするべく解きほぐしてから、また握る。
「どこに行くんですか」
参太は恐怖と寒気でうまく動かない口を動かし、のどから言葉を絞り出す。
彼女はまったく笑顔を崩さないまま告げる。
「この部屋から、光の街の疑似宇宙空間に移動するわ。いまバイパスをつないでる途中だから、ちょっと待ってね」
星のでるようなウィンクをされた。
参太はどくんと胸が高鳴ったがさっと視線を反らす。
美人教師と偽った、かつての主任研究員と。
過去、世界を救った英雄だった高校生。
その共闘が世界をふたたび混乱に陥れることなど、参太にはまだ知る由もない。




